白鑞金’s 湖庵 アルコール・薬物依存/慢性うつ病

二代目タマとともに琵琶湖畔で暮らす。 アルコール・薬物依存症者。慢性うつ病者。日記・コラム。

Blog21・横断性としてのアルベルチーヌと「すきま風」に<共鳴・共振>する<私>/なぜシーレは「反=因襲的瞬間という特権性」から「退行」したのか

2023年02月12日 | 日記・エッセイ・コラム

アルベルチーヌが<私>を待つ部屋について。家に到着した時、「下から見あげたこの光の縞模様」と説明される。幽閉されているアルベルチーヌ。いつも<私>の身体に紐づけられていて離れてくれなくなってしまっったアルベルチーヌ。<監禁する>とはそういうことでもある。熟視すればするほど逆に向こう側からますます熟視し返してくる。しかし<私>とアルベルチーヌとの境界は<未知の女>という言葉で決定的に仕切られている。鏡の効果。鏡像の側へ簒奪された<私>。<私>はアルベルチーヌなのだろうか。アルベルチーヌの側が<私>なのだろうか。アルベルチーヌは監禁された「宝物」であると同時に「その宝物と引き換えに、私はおのが自由と孤独と思考とを捨て去っていた」。

 

「下から見あげたこの光の縞模様、他人にはただそれだけのものに見えただろうこの縞模様に、私が極端なほどの実体性、充実感、堅牢性を付与したのは、その背後の宝物というべきもの、他人には想いも寄らない宝物、私がひそかに隠していて、そこからこの光の横縞が出てくる宝物に、もちろん私があらゆる意味をこめていたからであるが、だがその宝物と引き換えに、私はおのが自由と孤独と思考とを捨て去っていたのだ。もしあの上の部屋にアルベルチーヌがいなかったら、また私の望みが快楽を得ることだけであったなら、私はもしかしたらヴェネツィアで、それが無理ならせめて夜のパリの片隅で、未知の女たちにその快楽を求めに行っただろうし、その女たちの生活のなかにはいりこもうとしたことだろう。ところが愛撫の時がやって来た今、私がしなければならないのは旅に出ることではなく、いや、外出することでさえなく、家に帰ることだった」(プルースト「失われた時を求めて11・第五篇・二・P.322」岩波文庫 二〇一七年)

 

単純に見ただけではあたかもフロイトのいう「ほれこみ」状態へ陥ったのかと錯覚してしまう。

 

「ほれこみの現象の中で、最初からわれわれの注意をひいたのは性的な過大評価という現象である。つまりそれは、愛の対象にたいしてある程度批判力を失ってしまって、その対象のすべての性質を、愛していない人物やあるいはその対象を愛していなかった時期に比べて、より高く評価するという事実である。感覚的な追求の抑圧、ないしその制御が少しでも効果があると、対象はその精神的な長所のために、感覚的にも愛されているというような錯覚が起こるが、事実はその反対で、感覚的な魅力がその対象にそんな長所をあたえたのかもしれないのである。

 

この場合、判断をあやまらせるものは《理想化》の努力である。もしそうだとすると、理論的な見とおしがつけやすくなる。われわれは対象が自分の自我と同じように扱われているために、ほれこみの状態では自己愛的リビドーが大量に対象にそそがれることを認めている。愛の選択の多くの場合に、その対象は自分が到達できない自我理想の代役をしていることさえあるのである。対象が愛されるのは、自分の自我のために獲得しようとつとめた完全さのためであって、この迂り路をへて自分から自己愛の満足のために、この完全さを得たいと願っていたのである。

 

性的な過大評価とほれこみがさらにすすむと、上記の解釈はますますはっきりしてくる。直接の性的満足をめざす追求は完全に押しこめられるが、それは、たとえば若者の熱狂的な愛にいつも見られるものである。そして、自我はますます無欲で、つつましくなり、対象はますます立派に、高貴なものになる。最後には、対象は自我の自己犠牲が、当然の結果として起こってくる。いわば対象が自我を食いつくしたのである。謙遜と自己愛の制限と自己の損傷、これらの特徴は、どんな場合のほれこみにもつきものなので、極端な場合にも、もっぱらこの特徴がつよめられ、感覚的な要求は後退してしまうために、ただそれだけが支配するようになる。

 

不幸な、満たされぬ愛の場合とくにそのようになりやすい。というのは、性的満足のたびごとに性的な過大評価は、いつも減じてゆくからである。対象にたいする自我の『献身』と同時にーーーもはやそれは、抽象的理念にたいする昇華された献身と区別されえないがーーー自我理想によって方向づけられていた機能は完全に働かなくなる。自我理想の機能が行使するはずの批判は沈黙し、対象がなすこと欲することは、すべて正当で非難の余地がないものになる。良心は、対象の利益になる一切のものごとには全然適用されなくなる。そのために、愛に目がくらんだ者は犯罪をおかしても悔いをのこさない。このような事態は、すべて、あますところなく次の公式に要約される。すなわち、《対象は自我理想のかわりになったと》」(フロイト「集団心理学と自我の分析」『フロイト著作集6・P.228~229』人文書院 一九七〇年)

 

フロイトが「判断をあやまらせるものは《理想化》の努力である」とか「愛に目がくらんだ者は犯罪をおかしても悔いをのこさない。このような事態は、すべて、あますところなく次の公式に要約される。すなわち、《対象は自我理想のかわりになったと》」とかの言葉で名指しているのは二つ。(1)宗教教団と(2)軍隊とである。あるいは<宗教的軍隊・軍事的信仰・カルト主義的ナショナリズム>というべきか、ナチスドイツは、フロイトによるこの指摘を、(1)(2)ともにごた混ぜにしつつほとんどそのまま地で行ったタイプなのかも知れない。

 

ところがプルーストの場合、いかにもありそうなその種の読解はひとまず置いて、あえて逸れてみる。文章はこう続いている。

 

「しかも家に帰るのは、自分の思考に外から栄養を与えてくれる他人と別れ、ひとりきりになって少なくともその栄養を否応なく自分自身のうちに求めるためではなく、それどころかヴェルデュラン家にいたとき以上に孤独でなくなるためであって、いまや私を迎えてくれる人に自分の人格を隅々まで譲り渡してしまい、いっときたりとも自分のことに想いを馳せる暇もなく、相手が私のそばにいるからには、相手のことも考える必要がなくなるのだ。それゆえ私は、最後にもう一度目をあげて、はいってゆこうとしている部屋の窓を外から見やったとき、その光の鉄格子のなかへいまや自分自身が閉じこめられるのを見る想いがしたうえ、その鉄格子の黄金色の頑丈な柵は、わが身を永遠の隷属状態に置くために私がみずから鍛造したものである気がした」(プルースト「失われた時を求めて11・第五篇・二・P.322~323」岩波文庫 二〇一七年)

 

アルベルチーヌを「隷属状態」に置くこと。ずっと前に果たされている。

 

「アルベルチーヌの隷属状態のおかげで、私はそんな女たちから苦しめられることがなくなり、女たちは美の世界へ復帰したのだ。心に嫉妬を突きさす毒針を失って無害になったその女たちを、私は思うがままに賛美し、まなざしで愛撫しているわけで、いつかもっと親密に愛撫することもできるかもしれない。アルベルチーヌを閉じこめると同時に、私はさまざまな散歩道や舞踏会や劇場で羽ばたくこれら玉虫色の翼をことごとく世界へ返したわけで、アルベルチーヌがもはやその誘惑に屈するはずがない以上、そうした翼がふたたび私の心を誘発するのだ。それらの翼こそ世界の美をつくっているのだ。それはかつてアルベルチーヌの美をつくり出していたものである。私がかつてアルベルチーヌに目を奪われたのは、相手を神秘の鳥とみなしたからで、ついで皆の欲望をそそって誰かのものになっているやもしれぬ浜辺の大女優とみなしたからにほかならない。ある夕方、どこから来たのかも定かでないカモメの群れのような娘の一団にとり巻かれて堤防のうえをゆっくり歩いてくるのを見かけた、そんな鳥であったアルベルチーヌも、ひとたびわが家の籠の鳥と化すと、ほかの人のものになる可能性をいっさい喪失するとともに、あらゆる生彩を喪失してしまった。かくしてアルベルチーヌはすこしずつその美しさを失ったのである。私の嫉妬はたしかに想像上の楽しみの減退とはべつの道をたどりはしたが、それでも浜辺の輝きにつつまれたアルベルチーヌをふたたび目にするためには、アルベルチーヌが私を抜きにしてほかの女性や青年から話しかけられているすがたが想像される昔日のような散歩を必要とした。しかし、そんなふうにほかの人たちの欲望の対象となってアルベルチーヌが私の目にふたたび不意に美しさをとりもどす飛躍がこれまで何度もあったとはいえ、私はアルベルチーヌがわが家に滞在していた時期をふたつに分けることができた。アルベルチーヌが日増しに衰えてゆくとはいえいまだに浜辺の玉虫色にかがやく女優であった最初の時期と、灰色の囚われの女となり、冴えない自分自身と化して、生彩をとり戻してやるには私が過去を想い出すときの稲妻のような光が必要になった第二の時期である。アルベルチーヌが私にとってなんの興味も惹かなくなってからでも、ときにふと昔のひとときの想い出がよみがえることがあった。それは私がまだアルベルチーヌと面識がなかったころ浜辺で、私とは犬猿の仲であったある婦人、いまの私にはアルベルチーヌと関係をもっていたことがほとんど確実に思われるその婦人のそばにいたアルベルチーヌが、私を横柄に見つめながらはじけるように笑ったことだ。まわりには滑らかな青い海がさざめいていた。浜辺の日射しのなかで、友人の娘たちに囲まれたアルベルチーヌはとび抜けて美しかった。くだんの婦人が心酔しているかけがえのない出色の娘が、あのいつもの大海原を背景に、私をそんなふうに侮辱したのだ。その侮辱がとり消せなくなったのは、当の婦人がもしかするとバルベックへ戻ってきて、光あふれ波音さざめく浜辺にアルベルチーヌがいないことに気づいたかもしれないが、その娘がいまや私と暮らしていて私だけのものになっていることは知らなかったからだ。広く青い大海原、その娘へと向かいつぎにべつの娘たちへと向かった婦人の愛情の忘却、それらはアルベルチーヌから受けた侮辱を前に崩れ去って、まばゆく壊れない宝石箱のなかにいその侮辱だけが閉じこめられた。すると私の心は、その婦人にたいする憎悪に駆られた。アルベルチーヌにたいする憎悪も同様であったが、こちらの憎悪には、ちやほやされた美しい娘、すばらしい髪を備え、浜辺で大笑いして私を侮辱した娘への賞賛の気持も混じっていた。このような侮辱、嫉妬、当初の欲望や輝かしい背景の想い出が、アルベルチーヌにふたたび昔の美しさと価値を付与したのである。こんなふうにアルベルチーヌのそばで感じるいささか重苦しい倦怠と、輝かしいイメージと哀惜の念にみちた身震いするほどの欲望とが交互にあらわれたのは、アルベルチーヌが私の部屋でそばにいるかと思えば、ふたたび自由を与えられ、私の記憶のなかの堤防のうえで例の陽気な浜辺の衣装をまとって海鳴りの楽奏に合わせて振る舞うからで、あるときはそうした環境から抜け出し、私のものとなって、さしたる価値もなくなり、あるときはその環境へ舞い戻り、私の知るよしもない過去のなかへ逃れて、恋人である例の婦人のそばで、波のしぶきや太陽のまばゆさに劣らず私を侮辱する、そんなアルベルチーヌは、浜辺に戻されるかと思えば私の部屋に入れられ、いわば水陸両棲の恋の対象だったのである」(プルースト「失われた時を求めて10・第五篇・一・P.386~389」岩波文庫 二〇一六年)

 

この長いセンテンスで語られていること。それはアルベルチーヌの横断性についてだ。「アルベルチーヌは、浜辺に戻されるかと思えば私の部屋に入れられ、いわば水陸両棲の恋の対象だった」とあるように。またそのような状況下で<私>が見るアルベルチーヌは「植物」にも「音楽」にも<なる>。生成変化を生きる。

 

「なにかを取りにゆく口実を設けていっとき部屋を出て、そのあいだアルベルチーヌを私のベッドに横にならせておいた。戻ってみるとアルベルチーヌはもう眠っていて、私が目の当たりにしたのは、本人が完全に正面を向くとそうなるべつの女性であった。といってもアルベルチーヌはたちまちその個性を変えてしまう。私がそのそばに横になって、ふたたび横顔を見るからだ。私がその手をとったり肩や頬のうえに私の手を置いたりするのも自由自在で、アルベルチーヌはあいかわらず眠っている。その顔をかかえて乱暴に向きを変え、その顔を私の唇に押しあてたり、その両腕を私の首に巻きつけたりしても相も変わらず眠っているさまは、まるで止まらずに時を刻みつづける時計のようでも、どんな姿勢をとらせても生きつづける動物のようでも、どんな支柱を与えてもそこに蔓(つる)を伸ばしつづける蔓性植物マルバアサガオのようでもあった。私が手を触れると、そのたびに寝息だけが変化する。まるでアルベルチーヌ自身が一つの楽器で、演奏する私がその弦のひとつひとつから異なる音をひき出して楽器にさまざまな転調を奏でさせているかのようである。私の嫉妬は鎮まってゆく。その規則正しい寝息がはっきり示しているように、アルベルチーヌがただ息をする存在以外のなにものでもなくなったように感じられるからである。この寝息をつうじて表現されているのは純粋に生理的な機能であって、この機能は、さらさらと流れるだけで、ことばの厚みも沈黙の厚みを持たず、いかなる悪も知らないがゆえに、人間から出てきたというよりも葦(あし)のうつろな茎から出てきた息吹というべきか、それに耳を傾けているとアルベルチーヌが肉体的のみならず精神的にもあらゆるものから守られていると感じる私にとっては、文字どおり天国の息吹であって、まさに天使たちの汚れなき歌声であった。とはいえふと私は、この寝息のなかには、記憶がもたらす多くの人間の名前が奏でられているのかもしれないと思った。この音楽にときに人間の声が加わることもあったからである」(プルースト「失われた時を求めて10・第五篇・一・P.243~244」岩波文庫 二〇一六年)

 

横断的であるばかりか何ものにでも変身可能なのだ。「その鉄格子の黄金色の頑丈な柵」とあるけれどもその中にいるのは逆に<私>だ。かといってアルベルチーヌは解放されたわけでは決してない。何が起こっているのだろう。

 

「ヴェルデュラン家にいたとき以上に孤独でなくなるためであって、いまや私を迎えてくれる人に自分の人格を隅々まで譲り渡してしまい、いっときたりとも自分のことに想いを馳せる暇もなく、相手が私のそばにいるからには、相手のことも考える必要がなくなる」。

 

アルベルチーヌと同一化するわけでもまたない。限りなく薄くそぞろに漂うばかりの<私>という存在。<私>はアルベルチーヌにまとわりつきつつその身体をすうっと吹き抜ける「すきま風」のようだ。

 

「私としては、夫妻から指摘される美しいものには心を動かされず、わけのわからぬおぼろげな回想に陶然としていたのだ。ときに私は、その名から想像していたものが目の前の実物には見出せないと言って、私の幻滅を夫妻に打ち明けたこともある。ここはもっと田舎だと思っていたと言って、カンブルメール夫人を憤慨させもした。それにひきかえ戸口からはいってくるすきま風にはふと立ちどまり、その匂いを嗅いで陶然とした。『すきま風がお好きなんですね』と夫妻は私に言った」(プルースト「失われた時を求めて9・第四篇・二・二・二・P.217~218」岩波文庫 二〇一五年)

 

報告者<私>はただ単なる報告者であるばかりでなく報告者としての条件を常に分かち与えられている、或る種の<共鳴・共振>を生きる。その場にいることもあり、なおかつ、いないこともある、というような<すきま風>に似ている。不意に、どこにいるのか曖昧この上ない位置決定不可能性としてしか感じ取れなくなる。だが確かに<共鳴・共振>する報告者ではある。<私>は「すきま風」に<共鳴・共振>する。<私>は遠く、もっと遠く、それでもなお<共鳴・共振>する。ただひたすらーーー。

 

そしてまた「エゴン・シーレ特集」。シーレ作品という<共鳴・共振>の「特権性」はもはや複製可能・反復可能な残骸としてしかあり得ないということについて。阿部真弓はシーレの絵画の履歴書に対し、一九一二年<動く大気の中の秋の樹木>を筆頭とした「抽象的傾向」を推し進めることができたにもかかわらず、なぜそうしなかったのかと問う。「反=因襲的瞬間」という「特権性」。そこに位置することができた。なのになぜ、これもまたフロイトの匂いをまとった言葉ではあるのだが、晩年の作品群は逆に「退行」ではないだろうか。問われている事情はこうだ。

 

「けっして反復できないはずの、反=因襲的瞬間の絵画。だが、そのイメージは複製可能である。絵もまた、紙に刷られることで、鞄(かばん)につめて持ちはこぶことができるようになった。詩のように」(阿部真弓「絵画の反=因襲的瞬間」『ユリイカ・2023・02・P.86』青土社 二〇二三年)

 

この点について、現代社会の「消費対象としての文化」を問う形で、ホルクハイマー=アドルノはいう。二箇所。

 

(1)「ことさらに『美しき心』などを強調するのは、社会が自ら創り出した苦しみを自認する場合のやり口なのだ。誰だって現体制のうちでは、もはや自分自身を救うことはできないのを知っている。そしてそのことをイデオロギーは考慮に入れておかねばならない。そういう苦しみをその場しのぎの友愛のヴェールをかけて気軽に糊塗したりするどころか、それを雄々しく直視し、からくも平静を保ちつつ認めることに文化産業は自らの企業の誇りをかけているのだ。覚悟を決めようとするパトスは、否応なく覚悟を決めさせる世界を正当化する。人生とはしょせんこういうものだ。きびしくはあるが、だからこそ素晴らしくも健康なものなのだ。この手の欺瞞は悲劇の前でもたじろぎはしない。全体社会がその成員たちの苦しみを廃棄するどころか、それを登録し設計したりするのと同じように、大衆文化は悲劇を取り扱う。だから性懲りもなく芸術を盗用するのだ。大衆文化は、純粋な娯楽ものが自前では調達できないが、それでいて世相を正確に映しとるという原則にいくらかでも忠実であろうとすれば、どうしても欠くことのできない悲劇的な内容を提供するものなのだ。悲劇もすでに勘定に入れられ肯定された世界の要素にされてしまえば、それは世界に祝福の鐘を鳴らすものとなる。そういう悲劇ものは、じつは人がシニカルにいかにも残念そうに真理とはしょせんこういうものだと勝手に思い込んでいるだけなのに、〔お前は〕真理を充分に直視していないという非難から彼を守ってくれる。悲劇ものは検閲済みの幸福の味家なさを興味深いものにし、興味深さを手軽なものにする。悲劇ものは、文化的によりよき日々を見たことのある消費者には、長らく打ち捨てられていた『深さ』の代用品を、常連の客には、体裁をつくろうためには身につけなければならない教養の屑を提供する。それはすべての人に対して、厳として真正の人の運命(さだめ)というものもまだありうるのであり、その仮借ない叙述は人当たりのいいものではないという慰めを与えてくれる。すき間なく閉じこめられた現実の生(ダーザイン)、今日ではイデオロギーがその二重化にやっきとなっているのだが、それがますます根本的にどうにもならない苦しみによってふさがれるにつれて、それはますます壮大で輝かしく力強い力を発揮するようになる。現実の生が運命という相貌をおびてくる。悲劇はかつては神話的な脅威に対する希望なき抵抗のうちにその逆説的意義を持っていたのだが、今やそれは同調しない者は滅ぼされるというレベルへと水平化される。悲劇的運命は『当然の罰』へ移行する。悲劇的運命を『当然の罰』へ変えることが、昔から市民的美学の憧れの的だったのだ。大衆文化のモラルは、一昔前の少年読物のモラルの廉価版である」(ホルクハイマー=アドルノ「啓蒙の弁証法・P.309~311」岩波文庫 二〇〇七年)

 

(2)「若い女の子がお義理でデートを約束してはそれを済ませるやり方、電話口での〔よそ行きの〕口のきき方とぐっとくだけた場でのおしゃべりの仕方、会話にあたっての言葉の選び方、いやさらに、落ち目になった深層心理学の整序概念によってすっかり区分けされた全内面生活を含めて、それらすべてが証示しているのは、自分自身を、情動の内部に至るまで文化産業が提供するモデルに見合った効率的装置に仕立てようとする試みなのだ。人々のもっとも親密な反応さえも自分自身に対して完全に物象化しているために、もはや人間に固有なものという理念は極端に抽象的な形でしか生き残っていない。パーソナリティとは、彼らにとっては、ほとんど白く輝く歯以外の、腋の下の汗や感情の動きからの自由以外の、何ものをも意味しない。これこそ文化産業における広告の勝利であり、同時に〔その正体が〕透けて見える文化商品に対する、消費者たちの強制されたミメーシスなのだ」(ホルクハイマー=アドルノ「啓蒙の弁証法・P.338」岩波文庫 二〇〇七年)

 

さらに阿部真弓から引こう。

 

「およそ無味乾燥な機械的複製のプロセスと、感情的要素をかぎりなく排したアプロプリエーションと、あらたな命名と署名とをとおして、救いがたいほどのナルシシズムの表象さえもが、無化されてしまいうる。反=因襲的瞬間という特権性は、コピーの反復のなかに、雲散霧消する。あらゆる型破りなイメージは、複製可能なイメージとして、ありふれたものと化す」(阿部真弓「絵画の反=因襲的瞬間」『ユリイカ・2023・02・P.87』青土社 二〇二三年)

 

ニーチェはいつもその危険性について敏感に反応している。

 

「《機械文化への反作用》。ーーーそれ自体は最高の思索力の所産であるにもかかわらず、機械は、それを操作する人たちに対しては、ほとんど彼らの低級な、無思想な力しか活動せしめない。その際に機械は、そうでなければ眠ったままであったはずのおよそ大量の力を解放せしめる。そしてこれは確かに真実である。しかし機械は、向上や改善への、また芸術家となることへの刺戟を与えることは《しない》。機械は、《活動的》にし、また《画一的》にする、ーーーしかしこれは長いあいだには、ひとつの反作用を、つまり魂の絶望的な退屈を生む。魂は、機械を通して、変化の多い怠惰を渇望することを学ぶのである」(ニーチェ「人間的、あまりに人間的2・第二部・二二〇・P.434」ちくま学芸文庫 一九九四年)

 

そしてドゥルーズはいう。

 

「現在の資本主義は過剰生産の資本主義である。もはや原料を買いつけたり、完成品を売ったりするのではなく、完成品を買ったり、部品を組み立てたりするのである。いまの資本主義が売ろうとしているのはサービスであり、買おうとしているのは株式なのだ。これはもはや生産をめざす資本主義ではなく、製品を、つまり販売や市場をめざす資本主義なのである。だから現在の資本主義は本質的に分散性であり、またそうであればこそ、工場が企業に席をあけわたしたのである。家族も学校も軍隊も工場も、それが国家でも民間の有力者でもかまわないなら、とにかくひとりの所有者だけで成り立つ同じひとつの企業が、歪曲と変換を受けつける数字化した形象にあらわれるようになるのだ。芸術ですら、閉鎖環境をはなれて銀行がとりしきる開かれた回路に組み込まれてしまった。市場の獲得は管理の確保によっておこなわれ、規律の形成はもはや有効ではなくなった。コストの低減というよりも相場の決定によって、生産の専門化よりも製品の加工によって、市場が獲得されるようになったのだ。そこでは汚職が新たな力を獲得する。販売部が企業の中枢ないしは企業の『魂』になったからである。私たちは、企業には魂があると聞かされているが、これほど恐ろしいニュースはほかにない。いまやマーケティングが社会管理の道具となり、破廉恥な支配者層を産み出す。規律が長期間持続し、無限で、非連続のものだったのにたいし、管理は短期の展望しかもたず、回転が速いと同時に、もう一方では連続的で際限のないものになっている。人間は監禁される人間であることをやめ、借金を背負う人間となった。しかし資本主義が、人類の四分の三は極度の貧困にあるという状態を、みずからの常数として保存しておいたということも、やはり否定しようのない事実なのである。借金させるには貧しすぎ、監禁するには人数が多すぎる貧民。管理が直面せざるをえない問題は、境界線の消散ばかりではない。スラム街のゲットーの人口爆発もまた、切迫した問題なのである」(ドゥルーズ「記号と事件・政治・追伸ー管理社会について・P.363~364」河出文庫 二〇〇七年)

 

もはや「米中」問題というだけでは全然済まされない問い。放置しておいていいのだろうか。

 


Blog21(番外編)・アルコール依存症並びに遷延性(慢性)鬱病のリハビリについて246

2023年02月12日 | 日記・エッセイ・コラム

アルコール依存症並びに遷延性(慢性)鬱病のリハビリについて。ブログ作成のほかに何か取り組んでいるかという質問に関します。

 

散歩。午後の部。いい天気です。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

午後四時三十分頃。湖岸の樹々の間からピッコロの音が聴こえてきます。ミュージカル「レ・ミゼラブル」の「民衆の歌」。合間々々にスケール練習が入ります。ちなみにギターの場合、スケール練習は結構好みでよくやります。もともと高校生の頃に聴いたグールドのバッハ「平均律クラヴィーア曲集」のファンだったからでしょうか。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

日の入時刻に近づきました。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

「名称:“日の入”」(2023.2.12)

 

「名称:“日の入”」(2023.2.12)

 

「名称:“日の入”」(2023.2.12)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

何事もなかったかのような夕暮れです。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

二〇二三年二月十二日撮影。

 

参考になれば幸いです。また、散歩中に出会う方々には大変感謝している次第です。ありがとうございます。

 


Blog21・「写真という最新の技術」へ接続されたアルベルチーヌ/シーレの「出会い損ない」とシーレ「との出会い損ない」

2023年02月12日 | 日記・エッセイ・コラム

ヴェルデュランが例に上げられる。人間の「性格」はいつも現在進行形的差異化の動きとしてしか捉えることはできないとプルーストはいう。「社会や情熱に劣らず変化する」と。

 

「性格もまた社会や情熱に劣らず変化するからで、性格のなかで最も変わらぬところを写真に撮ろうとしても、それはつぎつぎと相異なる様相を呈して(性格というのは静止できず動いてやまぬものであることを示して)、レンズは戸惑うばかりである」(プルースト「失われた時を求めて11・第五篇・二・P.312~313」岩波文庫 二〇一七年)

 

写真の参照は一箇所だけでなく所々に散見されるが、次の箇所は「写真という最新の技術」へ接続されたアルベルチーヌのイメージ。

 

「写真という最新の技術ーーーそれは、近くで見ると往々にして塔ほどに高いと思われた家並みをすべて大聖堂の下方に横たえたり、いくつもの史的建造物をまるで連隊の訓練のよういつぎつぎと縦隊や散開隊形や密集隊形にさせたり、さきほどはずいぶん離れていたピアツェッタの二本の円柱をぴったりくっつくほどい近づけたり、近くにあるサルーテ教会をかなたに遠ざけたり、蒼白くぼやけた背景のもと、広大な水平線を、ひとつの橋のアーチ内や、とある窓枠内や、前景に位置する溌剌(はつらつ)とした色合いの一本の木の葉叢(はむら)のあいだに収めたり、同じひとつの教会の背景としてつぎつぎと他のあらゆる教会のアーケードを配置したりする技法である。私からするとこの技法だけが、接吻と同じく、一定の外観をもつ一個の事物と信じていたものから、それと同一の多数のべつのものを出現させることができるのだ。いずれもある視点から生じたものだが、どの視点もいずれ劣らぬ正当性を備えているからである。とどのつまり、バルベックにおいてアルベルチーヌが私の目にしばしば違って見えたのと同じで、今や、ひとりの人間がわれわれとの多様な出会いにおいて見せる風姿や色合いの変化の速度を桁外れに早めることによって、私がそんな出会いのすべてを数秒のなかに収めては、その人の個性を多様化する現象を実験的に再創造しようとしたかのように、私の唇がアルベルチーヌの頬に達するまでの短い行程のあいだに、その人の秘めるあらゆる可能性がまるで容器からつぎつぎと取り出されたかのように、私には無数のアルベルチーヌが見えた。この娘は、いくつもの顔をもつひとりの女神よろしく、私が最後に見た娘に近づこうとすると、すぐまさべつの娘に変わってしまう」(プルースト「失われた時を求めて7・第三篇・三・二・二・P.61~63」岩波文庫 二〇一四年)

 

その都度の<切断>。切り取り。二度とない風景。これらを連結させてみる。するとその一つ一つがどれも自分の正当性を主張し出す。ボードレールが言っていることに近い。

 

「G氏も、自分自身の印象を忠実に翻訳しながら、本能的な精力をもって、ある対象の際(きわ)立った諸点や輝かしい諸点(劇的見地からして、際立ったり輝かしかったりし得る諸点)、あるいはその対象の主要な特徴を、時には、人間の記憶にとって有用な誇張をさえ加えて、描き込むのである。そして次には、観覧者の想像力が、このかくも専制的な記憶術の効果に服して、事物がG氏の精神にもたらした印象を明確に見てとることになる。ここで観覧者は、常に明瞭で人を酔わせる一つの翻訳の、さらに翻訳者であるわけだ。

 

外的な生のこうした《伝説風な》翻訳の活力を大いに増加させる一つの条件がある。G氏のデッサンする方法のことを言いたいのだ。彼は記憶によってデッサンし、モデルにたよらない、ただし、即座に大急ぎでノートをとり、主題の重要な線を捉えておく緊急の必要がある場合(たとえばクリミア戦争の場合)は別だが。事実、優れた真の素描家たちはみな、彼らの頭脳に書きこまれた影像(イマージュ)に基づいてデッサンするのであり、自然に基づいてするのではない。ラファエロやヴァトーやその他多くの人々の感嘆すべきクロッキーを楯にとって反対する人があれば、それはノートだ、なるほどいかにも綿密なものだが、純然たるノートだと、われわれは答えよう。真の芸術家がいよいよ作品の決定的な製作にとりかかった時、モデルは助けになるよりむしろ《邪魔》になるだろう。それどころか、ドーミエ氏やG氏のように長年来、彼らの記憶力を行使してこれを影像(イマージュ)で満すことに慣れてきた人々は、モデルを前にし、モデルにそなわる細部の複雑さを前にすると、自分の主要能力が乱され、麻痺したようになることさえ起るのだ。

 

するとその時、一つの決闘が、すべてを見ようとし何物も忘れまいとする意志と、総体の色やシルエット、輪郭のアラベスク模様を活溌に吸収する習慣のついている記憶の能力との間に、行われることになる。形態(フォルム)に対する完全な感覚をもってはいるが、記憶や想像力の方を特に行使することに慣れた芸術家は、この際、たくさんの細部の反乱に攻め立てられるような状態になる、なにしろ細部のすべてが、絶対的な平等に愛着をもった群衆さながらの熱狂をもって、正義の行われることを要求するのだから。いかなる正義も犯されてしまうのは必然の成り行きだ。あらゆる調和は破壊され、犠牲にされる。数多(あまた)の卑小なことどもが巨大な位置を占める。数多(あまた)のちっぽけな事どもが主人顔してのさばる」(ボードレール「記憶の芸術」『ボードレール批評2・P.174~176』ちくま学芸文庫 一九九九年)

 

だがアルベルチーヌのイメージ画像は脱中心化する諸商品の無限の系列のように次々と置き換えられていく。そのレベルではむしろ映画に近い。ベルクソンから。

 

「すべての人物に固有なすべての運動から、非人称的、抽象的で単純な運動、いわば《運動一般》を抽出してそれを映写機の中に置く。そして各々の特殊な運動の個別性を、この匿名の運動を人称的な態度と組み合わせることによって再構成するのである。以上が、映画のやり口であり、われわれの認識のやり口でもある。諸事物の内的な生成に貼りつく代わりに、われわれは諸事物の外に身を置いて、それらの生成を人工的に再構成する。われわれは、過ぎゆく持続のほぼ瞬間的な眺めを獲得するのだが、それらの眺めはこの実在を特徴づけるものなので、われわれは、認識の装置の底に位置する、抽象的で単調な眼に見えないある生成に沿ってそれらの眺めを繋いでやれば、この生成そのものの特徴的な点を模倣することになるだろう。知覚、知性による理解、言語は、一般にこのように進行する。生成を考えるにせよ、表現するにせよ、もしくはそれを知覚する場合でさえ、われわれは、ある種の内的な映画の装置を作動させること以外ほとんど何もしていない。それゆえ次のように言って以上を要約しよう。《われわれの通常の認識のメカニズムの本性は、映画的である》」(ベルクソン「創造的進化・第4章・P.387~388」ちくま学芸文庫 二〇一〇年)

 

だが問いかけてくるのはまだまだ絵画なのだ。「エゴン・シーレ特集」。編集部は或る箇所に「シーレの出会い損ない」という小見出しを付けた。その冒頭、神品芳夫はいう。

 

「シーレはそのような伝統の着衣を用いない」(神品芳夫「リルケがシーレを観たとしたら」『ユリイカ・2023・02・P.187』青土社 二〇二三年)

 

そしてまた、<用いるわけにはいかない>、という事情があるだろう。クリムトとシーレとはまるで違っている。弟子は師匠から自分で自分の身を切断した。切断と同時に見えた新空間。直面するには<力への意志>が必要だ。けれどもそれは「出会い損ない」の場でもある。直面せざるを得なかった生と性と死とで充満した場所。そこでシーレが目の当たりにした世界。ラカンの言葉がよく似合う。

 

「性欲動の終着点は死であることに驚くことはありません。生命体における性の現前は死へと結びついているのですから」(ラカン「精神分析の四基本概念・14・P.235」岩波書店 二〇〇〇年)

 

もっとも、ラカンはほとんど丸ごとフロイトの次の箇所を参照している。

 

「小児の精神生活の初期の活動や精神分析的治療の体験のさいに現われる反復強迫は、高度に衝動的な、そして快感原則に対立するところではデモーニッシュな性格を示している。小児の遊戯にさいして、われわれは、小児が、かつて強い印象を受けた体験を能動的に行なうことによって、たんに受身の体験のさいよりも、ずっと充分な程度に支配できるという理由で、不快な体験をも反復するということを理解できるように思う。事あたらしく反復するごとに、この目標となる支配が改善されるものと思われるが、快適な体験でも、小児は反復に倦むことを知らず、かたくなに同一の印象に固執するであろう。このような特性は後になってかならず消滅する。洒落も二度目に聞けばほとんど心にひびかないであろうし、芝居も二度目にはもはや最初に残したほどの印象には達しないであろう。のみならず成人は、非常に面白かった本をただちにもう一度読みかえす気にはなかなかなれないものである。常に目あたらしさが享楽の条件であろう。しかし、小児は見聞きした遊びや、お相手をしてもらった遊びを、大人が疲れきって拒絶するまで繰りかえし要求して倦むことがないであろう。またおもしろい話をして聞かせれば、小児は新しい話を聞くかわりに、繰りかえしその話を聞きたがって、頑固におなじままに反復することを求める。そして、話し手が間違えて喋ったり、なにか新味を出そうとして加えた変更さえも、ことごとく訂正するのである。しかもこの場合は、快感原則に矛盾してはいない。反復すること自身、つまり同一性を再発見すること自身が、快感の源になっていることは明白である。他方、分析される者にとっては、その幼児期の出来事を転移の中で反復する強迫が、《どんな場合にも》、快感原則の埒外に出ることは明らかである。患者はそのさい完全に幼児のようにふるまい、その原始期の体験の抑圧された記憶痕跡が、拘束された状態で存在しないこと、さらに二次過程の能力をある程度欠いていることを示すのである。この拘束されない一性質のために、昼の残滓に固執しながら、夢に現われる願望空想を形成する能力をもっているのである。おなじ反復強迫が、治療の終りに完全に医師からはなれようとするとき、実にしばしば治療上の障害として現われるのである。分析に慣れていない人の漠とした不安は、眠ったままにしておくほうがよいものを目覚まさせるのをはばかるためであるが、それは畢竟このデモーニッシュな強迫の登場をおそれるからであると推測される。

 

しかし、本能的なものは、反復への強迫とどのように関係しているのであろうか?ここでわれわれは、ある一般的な、従来明らかに認識されなかったーーーあるいは少なくとも明確には強調されなかったーーー本能の特性、おそらくはすべての有機的生命一般の特性について、手がかりをつかんだという思いが浮かぶのを禁じえない。要するに、《本能とは生命ある有機体に内在する衝迫であって、以前のある状態を回復しようとするものであろう》。以前の状態とは、生物が外的な妨害力の影響のもとで、放棄せざるをえなかったものである」(フロイト「快感原則の彼岸」『フロイト著作集6・P.172』人文書院 一九七〇年)

 

性的欲望の発散は「小さな死」として語られてきた歴史がある。古代の共同体それぞれで多少の違いはあるにせよ、何らかの儀式/祭祀として機能してきたケースを含めれば、おそらく、それは人類最古から語られてきた否定しようのない歴史なのだ。

 

なぜリルケなのか。シーレと同時代人だということもある。しかしリルケとの接続はその言葉なしにあり得ない。

 

「しかし死を、全き死を、生の季節に踏(ふ)み入る《前に》かくも やわらかに内につつみ、しかも恨(うら)みの心をもたぬこと、そのことこそは言葉につくせぬことなのだ」(リルケ「ドゥイノの悲歌・第四・P.37」岩波文庫 一九五七年)

 

死は生まれる《前に》もう孕まれている。だがそのことを語ろうとしても「言葉につくせぬことなのだ」。だから絵画、わけてもシーレの絵画は生まれ、どんどん変化=差異化の動きを見せた。

 

ところでリルケの詩について。中井久夫とか木村敏とか日本の「知の巨匠たち」がそろってリルケの詩に触れている点は共通項として重要だろう。二箇所。

 

(1)「もとよりただならぬことである 地上の宿(やど)りをはや捨てて、学び覚えたばかりの世の慣習(ならわし)をもはや行なうこともなく、バラの花、さてはその他の希望(のぞみ)多いさまざまの物に、人の世の未来の意義をあたえぬことは。かぎりなくこまやかな配慮の手にいたわられることも もはやなく、おのが名さえも こわれ玩具(おもちゃ)のように捨て去ることは。この世の望みを望みつづけることも絶え、たがいにかかわりあい結びあっていた一切が、木の葉のように飛び散って行くのを見ることは」(リルケ「ドゥイノの悲歌・第一・P.12~13」岩波文庫 一九五七年)

 

(2)「いつのとき、いかなる場合にも観(み)る者であるわれわれは、すべてのものに向きあっていて、けっしてひろいかなたに出ることはない! それらはわれわれをいっぱいに満たす。われわれはそれらを整理する。それらは崩れる。ふたたびわれわれは整理する、と、われわれ自身が崩れ去る」(リルケ「ドゥイノの悲歌・第八・P.65」岩波文庫 一九五七年)

 

シーレの「出会い損ない」はあって当然というだけでなく今ではもっと多種多様な場所で、シーレ「との出会い損ない」が相続されつつある。それにしてもいろいろ出てくる。

 


Blog21(番外編)・アルコール依存症並びに遷延性(慢性)鬱病のリハビリについて245

2023年02月12日 | 日記・エッセイ・コラム

アルコール依存症並びに遷延性(慢性)鬱病のリハビリについて。ブログ作成のほかに何か取り組んでいるかという質問に関します。

 

散歩。今日の大津市の日の出前と日の出後の気象予報は晴れ。湿度は6時で90パーセントの予想。湖東方面も晴れ。鈴鹿峠は曇りのようです。

 

午前六時二十分頃に湖畔へ出ました。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

北方向を見てみましょう。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

今度は南方向。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

西方向。

 

「名称:“山並み”」(2023.2.12)

 

再び湖東方向。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

そろそろのようです。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

日が出ました。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.12)

 

二〇二三年二月十二日撮影。

 

参考になれば幸いです。また、散歩中に出会う方々には大変感謝している次第です。ありがとうございます。

 

The Hands of Grace, by Ishmael Reed

The Hands of Grace, by Ishmael Reed

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