白鑞金’s 湖庵 アルコール・薬物依存/慢性うつ病

二代目タマとともに琵琶湖畔で暮らす。 アルコール・薬物依存症者。慢性うつ病者。日記・コラム。

Blog21(番外編)・アルコール依存症並びに遷延性(慢性)鬱病のリハビリについて235

2023年02月07日 | 日記・エッセイ・コラム

アルコール依存症並びに遷延性(慢性)鬱病のリハビリについて。ブログ作成のほかに何か取り組んでいるかという質問に関します。

 

散歩。午後の部。薄曇りから分厚い曇り空へ。風は穏やかでした。

 

雪ですっかり実を落としました。例年通り新しい芽をもう見せています。

 

「名称:“ナンテン”」(2023.2.7)

 

花開いてから一ヶ月以上経ちました。底冷えにも強いバラ種。

 

「名称:“プリンセス・オブ・インフィニティ”」(2023.2.7)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.7)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.7)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.7)

 

午後四時五十分を回りました。

 

「名称:“山並み”」(2023.2.7)

 

 

何事もなかったかのような夕暮れです。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.7)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.7)

 

「名称:“湖西道路高架下”」(2023.2.7)

 

二〇二三年二月七日撮影。

 

参考になれば幸いです。また、散歩中に出会う方々には大変感謝している次第です。ありがとうございます。

 


Blog21・モレルの二重化/シーレの皮剥ぎ作業に伴う見ることの徹底とその劫苦

2023年02月07日 | 日記・エッセイ・コラム

ヴェルデュラン夫人は怒りのあまりシャルリュスにまつわる悪評ばかりをモレルへ伝える。モレルは象形文字と化す。「驚きを装うと同時に恥じらいを隠さざるをえなかった」。

 

「しかし驚きを装うと同時に恥じらいを隠さざるをえなかったモレルは、ベートーヴェンのソナタ全曲を一気に弾き終えたときよりもずっと真っ赤になり、汗びっしょりで、その目にはボンの巨匠ですら引き出しえなかったほどの涙があふれている」(プルースト「失われた時を求めて11・第五篇・二・P.276」岩波文庫 二〇一七年)

 

モレルの二重化というべき分裂-変化。なぜ二つの動作を同時に折り重ねることができるのか。

 

「私はと私をとはつねに二つの異なった人格である」(ニーチェ「生成の無垢・下・一六四・P.99」ちくま学芸文庫 一九九四年)

 

しかしなぜ常に多元性でしかあり得ない人間が、様々な変容を繰り返しながらもたった<一人の人間>として取り扱われるようになったのか。

 

「どうして、私たちが私たちのより弱い傾向性を犠牲にして私たちのより強い傾向性を満足させるということが起こるのか?それ自体では、もし私たちが一つの統一であるとすれば、こうした分裂はありえないことだろう。事実上は私たちは一つの多元性なのであって、《この多元性が一つの統一を妄想したのだ》。『実体』、『同等性』、『持続』というおのれの強制形式をもってする欺瞞手段としての知性ーーーこの知性がまず多元性を忘れようとしたのだ」(ニーチェ「生成の無垢・下・一一六・P.86」ちくま学芸文庫 一九九四年)

 

ゆえにここで再び身振りへの問いが<共鳴/共振>する。

 

「このような大叔母の祖母への仕打ちといい、祖母が祖父の手から蒸留酒のグラスをとりあげようとして懇願しても甲斐がなく、のっけから諦める無力な対応といい、それらは大人になれば見慣れた光景で、ふつうなら笑ってすませたり、迷うことなく喜んでいじめる側についたりして、これはいじめではないと自分を納得させるだけのことである。だがそのときの私は、とても恐ろしくなり、大叔母をひっぱたいてやりたい気持だった。とはいえその後は『バチルド!早く止めに来ないと、旦那さんがコニャックを召し上がっちゃいますよ!』という声が聞こえると、卑怯なところだけはすでに大人だった私は、苦痛や不正を目の当たりにした大人がだれしもするようにした。つまり、それを見ないふりをしたのである」(プルースト「失われた時を求めて1・第一篇・一・一・一・P.42~43」岩波文庫 二〇一〇年)

 

プルーストによる<暴露>。「見ないふり」という身振りの問題。「エゴン・シーレ特集」から。小澤京子はいう。「自画像は、しばしば鏡像的なナルシシズムと結びつけられるが、しかし同時に、自分から自分を引き剥がす営みでもある」。

 

「自画像を描いた画家は多いが、二重化されたのはシーレくらいであろう。自画像は、しばしば鏡像的なナルシシズムと結びつけられるが、しかし同時に、自分から自分を引き剥がす営みでもある。見る・描く主体から見られる・描かれる客体としての、実在からイメージとしての自己を引き剥がし、画布のうえに定着させる。シーレは、それをさらに分裂させる。あるいはイメージからもう一つのイメージを引き剥がす。ここでは二段階の皮剥ぎが行われている」(小澤京子「皮剥ぎとしての描画、あるいは見ることの劫苦」『ユリイカ・2023・02・P.174』青土社 二〇二三年)

 

まず<自分から自分を引き剥がす営み>に打ち込むことは可能だと言われている。引き剥がすことができるのはなぜか。あらかじめ<理想像としての鏡像>と身体-価値内容との間が永遠に仕切られているからだ。境界線は仕切られ切断されているのだが、なおかつ境界線が曖昧なのはどうしてか。切断という動作が常にべつのものとの接続の反復でもあるからだ。事情がそうである限り、どのような方法を持ち込んだとしても見えないものは見えない。曖昧に終わる。終わりなき同一化への欲望と挫折。だから反復されるのは逆に差異化の運動ばかりでしかない。

 

「シーレは皮剥ぎの画家ではあるが、それは科学者としての眼差し、解剖学者の観察眼ではない。嗜虐者としてのサディズムの発露でもない。ただ徹底的に見て、そして画布のうえに再現前させるために、彼は眼で、絵筆で、対象の皮を剥ぐのである。甘美なエロティシズムでも、相手をただ対象へと貶めるだけのサディズムでもなく、そこにあるのは、対象を眼の指で見て、鉛筆や絵筆で皮を剥ぎ画布へ移し替えるという作業の要請する、苦行のような眼差しの徹底である」(小澤京子「皮剥ぎとしての描画、あるいは見ることの劫苦」『ユリイカ・2023・02・P.175』青土社 二〇二三年)

 

小澤京子は「対象を眼の指で見て、鉛筆や絵筆で皮を剥ぎ画布へ移し替えるという作業」。強調される「苦行のような眼差しの徹底」。

 

「シーレは苦痛に煩悶する身体、受苦の身体を描いた。画中の人物たちの顔貌の、とりわけ見開かれた眼の強烈さに注目するならば、彼ら自身もまた見られることによる受苦と、見ることへの偏執に憑かれているように見える。眼差しの主客は転倒する。今度は画家も観者も、等しく見ることの苦しみに晒されるであろう」(小澤京子「皮剥ぎとしての描画、あるいは見ることの劫苦」『ユリイカ・2023・02・P.175』青土社 二〇二三年)

 

何があったのか。「眼差しの主客は転倒する」。なぜそうなるのか。

 

「私はと私をとはつねに二つの異なった人格である」(ニーチェ「生成の無垢・下・一六四・P.99」ちくま学芸文庫 一九九四年)

 

小澤京子のいう「今度は画家も観者も、等しく見ることの苦しみに晒される」。見なかったことにできない苦痛。同時にこの問い(起こったことを、なかったことにできるのか?)は、眼前に居座り続けるほかない問いとしてぐんぐん引き延ばされて付いてくる。その都度、繰り返し取り組むことを要請する。だがどうしてこの種の問いは再度、再々度、再々々度ーーー、と出現して止まないのだろう。

 

「主観的なものと客観的なものの対立は最初からあるわけではない。それは思考が、一度知覚されたものを再生によって表象界にふたたび登場させる能力を得、一方客体がもはや外部に存在する必要がなくなるということによって始めて生ずるのである。したがって現実吟味の目的は一にも二にも、表象されているものに照応する一つの客体を、現実的知覚の中に見出すということではなくて、それを《再発見》し、それがまだ存在していることを確認するということなのである」(フロイト「否定」『フロイト著作集3・P.360』人文書院 一九六九年)

 

あからさまに覆い隠されたものとその劇的回帰。否定という身振りに必ず伴う「一度は見た」という事実上の<取り消し不可能性>。ますます拡張されていく批評空間。

 

それにしても絵画はともかく、音楽について小澤京子はシューンベルクの名を並走させる。シェーンベルクではないのに。というのはワーグナーまで達したクラッシック音楽に対する意識的なアンチテーゼとしてシェーンベルクは対抗軸になり得たのであって、思わず知らずのうちにシーレの絵画が演じている<断続器>では全然ないからである。その点では、鈴木創士の上げるヴェーベルンの側を支持したいと思う。

 


Blog21・「卑怯なところだけはすでに大人だった私」という報告/先取りするシーレと遅すぎる世界の「消費財」としてしか「存在が《許されて》」こなかった「クィアな」もの

2023年02月07日 | 日記・エッセイ・コラム

プルーストの欲望。記号作用もまた欲望なしに起動しない。記号作用はいつも欲望の全方向性に突き動かされてきた。

 

「ある種の欲望は、ひとたび膨れあがらせてしまうと、ときに口元で抑えこんだとしても、その結果がどうなろうとあくまで満たされることを求めるものだ。あらわな肩をあまりにも長いこと見つめていると、それに接吻せずにはいられなくなり、鳥がヘビのうえに落ちるように唇はその肩のうえに落ちる。激しい空腹に襲われると、歯はケーキにかじりつかずにはいられない。意外な情報を仕入れた人は、それを口に出すのを我慢できず、相手の心に驚きや、混乱や、苦痛や、陽気さをひきおこさずにはいられない」(プルースト「失われた時を求めて11・第五篇・二・P.273~274」岩波文庫 二〇一七年)

 

欲望について、プルーストの身体へのこだわりは鮮明だ。だがその少し前に<私>はさっさと「ヴェルデュラン家から退散する」ことを考えている。

 

「子供のころコンブレーで、祖父がコニャックを勧められ、それを飲まないように祖母が懇願する空しい努力を見るに見かねて逃げ出したときと変わらず卑怯な私が、いまや考えることはただひとつ、シャルリュスの処刑が執行される前にヴェルデュラン家から退散することだった」(プルースト「失われた時を求めて11・第五篇・二・P.272」岩波文庫 二〇一七年)

 

にもかかわらず読者へ報告することができたのはなぜか。どちらの文章も報告者<私>によるからである。しかしなぜ「卑怯な私」なのか。次の一節に見られるように「卑怯なところだけはすでに大人だった私」と報告するしかないのだろうか。「失われた時を求めて」第一篇のほぼ冒頭部分。こうある。

 

「このような大叔母の祖母への仕打ちといい、祖母が祖父の手から蒸留酒のグラスをとりあげようとして懇願しても甲斐がなく、のっけから諦める無力な対応といい、それらは大人になれば見慣れた光景で、ふつうなら笑ってすませたり、迷うことなく喜んでいじめる側についたりして、これはいじめではないと自分を納得させるだけのことである。だがそのときの私は、とても恐ろしくなり、大叔母をひっぱたいてやりたい気持だった。とはいえその後は『バチルド!早く止めに来ないと、旦那さんがコニャックを召し上がっちゃいますよ!』という声が聞こえると、卑怯なところだけはすでに大人だった私は、苦痛や不正を目の当たりにした大人がだれしもするようにした。つまり、それを見ないふりをしたのである」(プルースト「失われた時を求めて1・第一篇・一・一・一・P.42~43」岩波文庫 二〇一〇年)

 

プルーストが言っていること。「迷うことなく喜んでいじめる側についたりして、これはいじめではないと自分を納得させる」=「苦痛や不正を目の当たりにした大人がだれしもする」=「見ないふり」。身振りに関わる。そこでーーー。

 

ユリイカ「エゴン・シーレ特集」。ただ単なる「身体論」とは異なる紛れもない<身体>は、そこで揺れ、うごめき、そこから呪詛と死とについて語りかけねば、気が収まりそうな気配一つ見せない。そもそも身体とはダイナミックな運動状態でしかありえない。一九一〇年作品《死んだ母》を見た岡田温司はいう。

 

「ここでも子どもはさながら胎児のように描かれているが、《聖家族》の胎児とは打って変わって、どこかふてぶてしい表情をしていて、まるで母体の死と引き換えに自分の命を得ているようにもみえる」(岡田温司「受肉するシーレ」『ユリイカ・2023・02・P.131』青土社 二〇二三年)

 

<置き換え>装置の使用。新しい絵画や音楽はいつも同時代の人々から理解されにくいという困難を背負いつつ誕生する。シーレもそうだが、そうした<先取り>という態度に対し、多くの観客は言葉を失うか無関心を装うか、あるいはまるで全然わからない位置へ突き飛ばされてしまう。突き飛ばされた側は逆に突き飛ばした絵画や音楽の側を突き飛ばし返し地底深くへ葬ってしまう。だが葬り去ろうとすればするほど、置かれた条件が整えられるやただちに、この種の芸術は何度も繰り返し反復する。

 

「無意識のうちには、欲動活動から発する《反復強迫》の支配が認められる。これはおそらく諸欲動それ自身のもっとも奥深い性質に依存するものであって、快不快原則を超越してしまうほどに強いもので心的生活の若干の面に魔力的な性格を与えるものであるし、また、幼児の諸行為のうちにはまだきわめて明瞭に現われており、神経症患者の精神分析過程の一段階を支配している。そこで、われわれとしては、以上一切の推論からして、まさにこの内的反復強迫を思い出させうるものこそ無気味なものとして感ぜられると見ていいように思う」(フロイト「無気味なもの」『フロイト著作集3・P.344』人文書院 一九六九年)

 

今なぜ「シーレなのか」という問いには、戦争とパンデミックとが反復を起動させる諸条件を成している、と答えることができる。

 

ラカン「鏡像段階」については前回述べた。生まれたばかりの幼児は周囲を取り巻く<形象の側・言語の側>=<他者>から先に与えられ、なおかつその摂取へ欲望するため、価値内容の側はいつも後回しにされる。だからどれほど喚こうが叫ぼうが自分と自分自身とは永遠に一致することがない。理想像という<神話>との同一化は決して達成されない受苦にも似た終わりなきプロセス。だがラカン以前、岡田温司は「一九〇〇年も先駆けるように」として「使徒パウロ」の言葉を引いている。

 

「かつて使徒パウロは、ジャック・ラカンの『鏡像段階』を一九〇〇年も先駆けるように、こう述べていた。『わたしたちは、今は、鏡におぼろげに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔を合わせてみることになる』」(岡田温司「受肉するシーレ」『ユリイカ・2023・02・P.128』青土社 二〇二三年)

 

なるほどその通り。さらにシーレの場合<揺れ>がもっと激しいというより、例えば「男女ペア」を描いた絵画で、鏡は透き通っているのだが、性別は男女のいずれとも固定されず逆に次々入れ換わる。<光と水面>という極めてナルシスなもの、余りにもナルシスなものであるがゆえ、いつも流動性に取り憑かれており、一体何ものなのかという問いに対してもはや位置決定不可能性を宣告せずにはおかない。岡田温司は三島由紀夫にも言及している。

 

「画家は、聖人や予言者や隠遁者の姿に何度も自己を置き換えているのだ。たとえば、《聖セバスティアンとしての自画像》がそれである。ここで彼は、幾多の矢に射られ貫かれる名高い殉教の聖人にみずからをなぞらえるのだが、その惨めさは、たとえば同じ聖人に成り代わる三島由紀夫の写真(篠山紀信撮影)がみせる甘美な恍惚感とは好対照をなす」(岡田温司「受肉するシーレ」『ユリイカ・2023・02・P.126』青土社 二〇二三年)

 

従ってこの箇所はバタイユへ接続しないわけにはいかない。それはそれでいいのだろう。だがこの論文だけではシーレ得意の身体分断について何一つ言ったことにはならない。せいぜい「タブー」がどうしたこうしたという、いつものステレオタイプ(紋切型)が待ち受けているばかりだ。切り貼りに関する論考は小澤京子へ譲った形になっている。打ち続く<戦争とパンデミックと>の渦中が呼び出したシーレ。それは三島由紀夫の言葉をも同時に呼び出したことに間違いはない。紙数に限りがある中で岡田温司は三島とバタイユとに言及した。三島はいう。

 

(1)「『もしすぎし世が架空であり、今の世が現実であるならば、死したる者のため、何ゆえ陛下ただ御一人(ごいちにん)は、辛く苦しき架空を護らせ玉わざりしか』」(三島由紀夫「英霊の聲」『英霊の聲・P.69』河出文庫 二〇〇五年)

 

(2)「『そを架空、そをいつわりとはゆめ宣(のたま)わず、(たといみ心の裡深く、さなりと思(おぼ)すとも)』」(三島由紀夫「英霊の聲」『英霊の聲・P.70』河出文庫 二〇〇五年)

 

(3)「神のおんために死したる者らの霊を祭りて ただ斎(いつ)き、ただ祈りてましまさば、何ほどか尊かりしならん」(三島由紀夫「英霊の聲」『英霊の聲・P.70~71』河出文庫 二〇〇五年)

 

にもかかわらず三島といえば「ハラキリ」ばかり注目されてもう呆れ返ってしまう。「ハラキリ」はバタイユ「エロティシズム」理論の有効性の実践だった。それはとても奇妙な風景の転倒であり、ゆえに世界の注目をかっさらったとも言える。しかし問題はそうではなくて。

 

赤坂真理「東京プリズン」。主人公は思う。

 

「英霊たちは、天皇に殉じたことを、他ならぬ天皇に裏切られたと感じる存在たちである。そのことは私にも理解できる。しかし英霊たちは同時に、天皇の統治した国家と天皇の治世というべきものを『架空(フィクション)』と言っている。これは天皇を架空と言っているのか、およそ神話というものはフィクションであると言っているのか?」(赤坂真理「東京プリズン・最終章・P.462」河出文庫 二〇一四年)

 

なお、家族のあり方に関して不用意にも(あるいは決定的準備不足からか)<天皇制>(天皇とはまた違う意味での<制度>)に触れた日本の首相。伝統の濫発は逆に何ものをも伝統化<しない>という丸山眞男の言葉にもかかわらず。そしてさらに「クィアな」ものとは何なのか。一九九〇年代後半すでに大量の「同性愛文学」が生産され流通しただけでなく欧米では定着さえして久しい。二次元芸術という形式であってももうそこまで先取られていた。ところがそこでーーーまたしてもーーーいつもの逆説が生じた。近藤銀河はシーレ作品に一定の機能を認めつつこう述べている。

 

「そのエロティックさ、クィアな目線と体感による逸脱と快楽は、確かに尊重すべきものであるが、しかしエロティックであることには限界があるのではないか。非異性愛的なセクシャルな幻想による賭けは、それがセクシャルである点で性愛的な規範にとどまり続ける。クィアなものが性愛という同質性に絡めとられ、そのラディカルさ、あるいは政治的要求が、薄められてしまう。私の疑問とはこのことだ。そのセクシャルなパワーが消費の材料として、資本主義に包摂されていったのがこの十数年の光景だったのではないか。あるいは、セクシャルなパワーが誰にも消費できるものとして提供される限りにおいて、存在が《許されて》きた。そのような例は各種の性産業から物語を伴う作品に至るまで、枚挙にいとまが無い」(近藤銀河「震えるエゴン・シーレ」『ユリイカ・2023・02・P.113』青土社 二〇二三年)

 

ばんばん利潤を上げまくる「消費財」としてしか「存在が《許されて》」こなかった「クィアな」ものとその<力>。問いは今なお宙吊りされたままだ。

 

 


Blog21(番外編)・アルコール依存症並びに遷延性(慢性)鬱病のリハビリについて234

2023年02月07日 | 日記・エッセイ・コラム

アルコール依存症並びに遷延性(慢性)鬱病のリハビリについて。ブログ作成のほかに何か取り組んでいるかという質問に関します。

 

散歩。今日の大津市の日の出前と日の出後の気象予報は曇り。湿度は6時で94パーセントの予想。湖東方面も曇り。鈴鹿峠も曇りのようです。

 

午前六時二十分頃に湖畔へ出ました。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.7)

 

北方向を見てみましょう。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.7)

 

今度は南方向。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.7)

 

西方向。

 

「名称:“山並み”」(2023.2.7)

 

再び湖東方向。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.7)

 

日の出時刻を回りました。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.7)

 

日が覗きました。

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.7)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.7)

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.7)

 

 

「名称:“琵琶湖”」(2023.2.7)

 

二〇二三年二月七日撮影。

 

参考になれば幸いです。また、散歩中に出会う方々には大変感謝している次第です。ありがとうございます。