阿賀野市ブログ応援隊

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瀬織津姫(せおりつひめ)の神社、新潟市秋葉区

2021年07月01日 | 史跡など

 

新潟県には瀬織津姫(せおりつひめ)を祀っている神社が11あります(HP調べ)。瀬織津姫は、瀧の神・河の神でもあります。新潟市秋葉区にある佐久那殿神社は、社殿を持たず、滝や周囲が「神社」を構成していると思われます。

この白玉の滝は、佐久那殿神社の中にあり「雄滝」と呼ばれています。1枚目の滝は入り口にあり「雌滝」と呼ばれているようです。滝の形状から想像してください。雄滝の高さは15m。雌滝の高さは7m。 ここは、順徳天皇の時代(1210~1221年)、山伏の修行の地でもありました。

 

この滝は秋葉区にある「中野邸美術館」「石油の世界館」のすぐ近くにあります。道は、大通りから入ると車1台がやっと通行できる狭い道を通って行きます。滝の近くには駐車場とトイレが整備されています。 3度行きましたが、いつも若いカップルに会います。ここはパワースポットだけでなく、デートスポットでもあるようです。

 

下の写真。左側は上の図面の右側から撮影(五泉市方向から撮影)。右側の写真は左写真の中央部分を拡大。「白玉の滝」の看板が建っています。ここから左に曲がって約900m先です。

 

社殿が無いと書きましたが、比較的新しい祠が白玉の滝の近くにあります。祠の入り口扉の上には、龍の彫り物があります。ちょっと雰囲気のある場所です。関心のあり方は、参拝してください。 

  令和3年(2021年)1月15日の日潟日報の記事から 山伏の修行の場だったとされる新潟市秋葉区にある白玉の滝で1月14日、恒例の滝打たれが行われた。これは阿賀野市の市民グループ「健魂」が2004年から毎年行っており、今年の参加者は男女23名。白装束に身を包み34歳~63歳の男女が気合を入れ、雪道を通って滝つぼに入った。午前10時の気温は1度。水温は3度。今冬の大雪の後に雨が降ったため、15mの落差がある滝の水量は例年より多かった。1分間の滝打たれでは、寒さで体を赤くしながら両手を突き合わせ、文言を唱えて心を清めたそうです。※令和4年は22名が参加。新型コロナウイルスの感染予防で4人ごとに時間を区切って挑戦。

雑誌「ムー」2021年6月号に瀬織津姫の興味深い特集が載っています(15ページ)

   

アマテラス 伊勢内宮・荒祭宮 アニメ映画「君の名は。」にも瀬織津姫の関係が・・・

   

  白玉の滝に近い秋葉区朝日にある(有)涌井商店さんが左写真のような酒を販売しています。

吟醸酒で720ml 贈答用ケース入りで2,005円。酒は、上越酒造(株)さんが製造しています。インターネットでも買えます。美味です。「白玉の滝」ファンが多いのですね。

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瀬織津姫(せおりつひめ)の神社、阿賀野市

2021年07月01日 | 史跡など

 

阿賀野市六野瀬にある 瀬寄社(せきしゃ)

瀬織津姫(せおりつひめ)は、大祓詞に登場する神。祓戸四神の一柱で災厄抜除の女神。祓神や水神として知られるが、滝の神・河の神でもある。阿賀野市宮下の旦飯野神社の神主さんの祝詞(のりと)にも「瀬織津姫」という言葉が出てきます。古事記や日本書記には記されない神名です。 「瀬織津姫」でHPを検索すると興味深い話が載っています。 瀬織津姫は、天照大神と浅からぬ関係があります。 「瀬織津姫」という歌(CD)もあります。 上の写真は、2014年8月31日に撮影。

この神社に行くには、(上の写真)新潟市方面から国道49号を走り、「上六の瀬」のバス停を赤い矢印方向に左に曲がります。

阿賀野市 六野瀬集落を過ぎると、上の写真のような景色になります(2019年9月19日撮影) 道路の奥に神社があります。

上の写真、中央に鳥居が建っています。

(上の写真)神社の入り口。この写真の上半分に丸い光の円が3個写っています。これは「オーブ」でなくカメラレンズのフレア。

オーブでないけれど、なんとなく神社っぽいので載せました。

 

(左上)左の鳥居をくぐり、写真奥に進みます。 (右上)まっすぐ進むと、こんな景色。樹木が多いです。

(上の写真) 写真奥が瀬織津姫(せおりつひめ)の神社。 「瀬寄社 せきしゃ」という名前で。2019年9月19日撮影。

祭神は、水神などで知られる瀬織津姫(せおりつひめ)と記されています。

 

新潟県には「瀬織津姫」を祀っている神社が11社あります。山北町・秋葉区・佐渡市・加茂市(2社)・川口町・柏崎市・妙高市(2社)・上越市、そしてこの写真の、阿賀野市の六野瀬集落にあります。集落はずれの東南約300mにあります。 2023年11月4日追記・弥彦神社横の祓戸神社にも祀っています(この欄の末尾に画像・案内図を添付)。

 「瀬寄社」と書かれた看板

(上の写真) 中央に瀬寄社が建っています。敷地には樹木が多いです。

  

神社の入り口と敷地内にある「他の神様たち」です(左上の写真、鳥居の奥にある小屋の中が右上の写真)。

  ← 写真奥が六野瀬集落。2014年8月31日に撮影。2014年に撮影した写真と2019年9月19日に撮影した写真を使用し、再投稿しました。

 ←  瀬寄社への案内図。

上図の黒色の数字は、このブログに投稿した写真の順番の数字。「2」は、上から2番目の写真撮影場所です。

瀬寄社の創立年は不詳で宝暦年間と弘化年間に火災に遭い再建された。 この神社の東側、用水路を挟んだ細山丘陵の麓の山林に「古宮 ふるみや」と呼ばれる地があり、かつては そこが所在地だったそうです。   宝暦(ほうれき)は、1750年~1764年。1745年に将軍・徳川吉宗が隠居しています。 弘化(こうか)は、1844年~1847年。1842年に滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」が完成しています。

本・越後の伝説「角川書店 昭和54年(1979年)12月20日発行」に、この瀬寄社が載っています。 文面は「(旧安田町)保田の近くに六野瀬集落がある。この集落はもと阿賀野川の沿岸にあり(六野瀬地区には今でも阿賀野川の旧河道「昔の川の流路」の跡とみられる地形が残っている)、洪水のたびに家屋や田畑が流されて住民が苦しんだ。万策尽きた人々は、鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊に助けを求めたところ、人柱を川底に埋めて工事せよと御託宣があった。そこで村人は五泉(市)から、おはきという遊女を買ってきて川底に埋め、人柱にして工事を行った。すると一夜で川の流れが変わり、六野瀬集落は安全地帯になった。 おはきの霊は、村の瀬寄社に祀られてある」と書かれています。 広報あがの「平成28年(2016年)9月号」には、おはきの件以来、治水工事がよくはかどり、洪水に悩まされることもなくなった。近在の人々は、競ってそこに住むようになり、村を見下ろす細山に「おせき」の霊を祭って感謝をささげるために社を造った。これが瀬寄社の始まり・・と書いています。

又、瀬寄社のいわれにはこの他に、阿賀野川の土手が決壊した時、大蛇が出現し、崩れ行く土手に蛇体を横たえてせきとなり、村を守ってくれたその大蛇を祭ったとする説。 天正のころ、この地の長で治水に貢献した「関大夫 せきだゆう」という人物を祭ったという説もある。

どちらにしても、この地区は水害で困り、河の神である瀬織津姫を祀る神社を創建したのかもしれません。 この話を知って参拝するのも良いと思います。

  おはきという遊女を買って川底に埋めた話、「日本の伝説41 越後の伝説、昭和54年(1979年)

12月20日発行 角川書店」でも紹介されています。

本の地図に、赤い矢印の先「瀬寄神社」と表記されています。

  「キャレル」2021年12月号に、この瀬寄社(せきしゃ)が、新潟県の神社・阿賀野市欄に紹介されています。お読みください。

雑誌「ムー」2021年6月号に、瀬織津姫の興味深い話が特集されています(15ページ)

 

アニメ映画「君の名は。」にも瀬織津姫の関係が・・・ アマテラスの関係 伊勢内宮・荒祭宮・・・・

   

 

2023年11月1日、コメント(1)を頂きました。弥彦神社の脇にも瀬織津姫を祀っている祓戸(はらいど)神社がある・・と教えていただきました。ありがとうございました。手元に今年の7月に撮影した祓戸神社の画像があるので、投稿します。

 赤い矢印先が「祓戸神社」。昔、弥彦の本街道入り口となっていた場所にあるそうです。

 

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