滝乃川学園 チャペル横の鐘突き堂の十字架 修理してもらいたい
存在不安に陥りそうなことを、何度も申し上げて、申し訳ありません。臨床心理士としては、失格かもしれません。ヤブ臨床心理士とでも申し上げておきます。ヤブ、ヤボと思えるところに、タカラがあるのですがね...。
バーナード・ショーのような、潜在的に創造性の豊な人は、自ら定めた支払い猶予期間に、自分の仕事の基盤を作ってしまいます。支払い猶予期間は、そういう人は、友達にも、セックスにも(受苦的にも?)、最後に重要なことですが、栄養の点でも、たいてい飢えているのが普通です。それは、はびこっている雑草を根こそぎにし、自分自身の心の庭の成長のために、道を開けるためなのです。雑草が根こそぎにすると、庭ができるのです、多くの場合はね。しかし、大事な時に、自分の賜物のために特別な滋養物とやりとりをする人もいますね。バーナード・ショーにとって、賜物とは、もちろん文学です。彼は職業選択の夢をたくさん見たのに、「こと文学に関する限り、私は夢を全く見ませんでしたね。それはちょうど、アヒルが泳ぎの夢を見ないのと同じです。」
「心の庭」といっても、ピンとこない人がいるかもしれませんね。「心のふるさと」といったほうがわかりやすいかも知れません。それは、自分を取り戻す、落ち着ける時間です。「故郷」です。姜尚中氏の言葉を使えば、「パトリ」です。自分を取り戻して、「自分は、本当のところ、何を願っているのか?」の問に繰り返し問い返し、自分の生きる向き(オリエンテーション orientation 見当識)を整える場・時間です。
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