パレーシア、言いたいことを思い切り言うのが、とっても大事な時代になってしまいましたね。
クリュテムネストラの話は、“λεξω δε”(ギリシャ語)「私は話します」(1.1013)という言葉で始まります。そして、しばらく本当のことを話して、告白します「私はアゲナムノムを殺しました。それは、わたくしの娘のイフィゲネイアを生贄として殺した罰です」。こう話した後で、エレクトラは、シンメトリーな形で、答えて言います。“λεγοιμ αυ”(ギリシャ語)「私は話します」(1.1060)。しかし、このシンメトリーにも関わらず、この二つの言葉には、明らかな違いがあります。なぜなら、話の終わりの所で、クリュテムネストラはエレクトラを直接呼んで、次のように話します。「あなたがパレーシアを使うなら、悪いのは、あなたの父親を殺した私のわぅだ、ということを証明するために使いなさい」と。
クリュテムネストラ : …私は彼を殺したわ。私にできる唯一のことだった。彼の敵に助けを求めもしたわ。そう、私に何ができたっていうの? あなたのお父さんの友達は、誰一人、お父さんを殺す手助けをしてくれなかった。たがら、もし、私を言い負かすのが不安でも、いま私を言い負かせなさいよ。あなたの父親を殺したのは、正義に反することだって。
パレーシアは、ほんと、勇気を出して、正しいことをいうことです。論争になることを怖がらずに、話をするのです。対話が民主主義とすべての生産的活動の基なのですから。
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