人の話を聴けないだけでなく、自分の意見だけを押し付ける人たち今日は顔シリーズにしてみました。宇沢弘文教授、アリストテレス、そして、わが安倍晋三首相です。この際ですから、「2人は哲学者で、1人はバカ」などとは申しません(...
「良い良心」ならいいのです。「悪い良心」が、親から子どもに受け継がれてしまうことほど、残酷なことはありません。
The lie cycle completed 『人生の巡り合わせ、完成版』の第4章、「自我と人品 : 結びの覚書」p92の、最初の引用の後から。
ご承知のように、ここで、フロイトは、ひとりびとりの超自我の中に、歴史的経過そのもののいくつかの側面があることを示しています。この心の装置は、私どもの心の生活を、「正しいこと」で抑圧するので、自我は、すくむ様な心の抑圧から、かなり自由になろうとして、超自我に対して、我を張らなくてはなりません。フロイトは、「唯物論史観」を短く批判して、次のように述べています、「唯物史観は、『政治的抑圧』を強調するけれども、それを『人間らしいいろんな価値』は、現代の経済的条件の産物であり、上部構造以外の何物でもない、と主張することによって、そうしている」ということです。
ここまでだと分かりにくいかもしれません。マルクスは、人間の諸価値は、経済的条件の産物とみますが、フロイトは、そんな生易しいものではない、と言いたいらしい。すなわち、無意識の産物でもある、と言いたらしい。
つまりそれは、
人間として「正しいこと」も、悪い良心の餌食になりやすい
ということです。
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