「欠けたることもなし」と思っても、満たされないこと日本人が、忙しいのは、サービス残業のせいもありけれども、心理の立場で申し上げるならば、自分の心にある穴、空洞を見るのが嫌だからじゃぁないのかなぁ、と感じます。...
学校で一番大事な時間は、給食と休み時間です。お勉強じゃぁありません。
ブルース・ペリー教授の The boy who was raised as a dog の第11章、「癒しのやり取り」のp.238の 最期のパラグラフから。
こういったことのすべては、幼い子ども達の生態を尊重していました。特に、女の子に比べて成長が遅い男の子の生態を尊重していました。学校も、集中力の持続時間が短いことを子どもの特色だ、ということが分かっていたわけですね。しかも、子ども達にとっては、走ったり、遊んだりして、お互いにやり取りする仕方を学んだりする必要があることも、学校は分かっていたんですね。共著者のマイアさんの9歳になる甥御さんは、以前母親に対して、「誰が友達か分からない」と言ったといいます。その甥御さんの学校は、構造化しずぎで、お友達を作る時間もなかったのです。休み時間が全くなかったわけです。正気の沙汰とも思えません。子ども達の環境をご近所の子ども達と同じくらいに「豊かにする」ことを確かにしようとするあまりに、実際には、情緒的に、病んで不毛な人間にしてたことになりますね。1人の子どもの脳は、もっともっと、言葉と練習と計画された活動が必要です。すなわち、1人の子どもの脳は、大事にされたり、親しくしあったり、遊んだり、ぼうっとしたりする時間が必要なんですね。これさえ分かれば、親たちも、世間の風当たりに抵抗して、学校を、もっと賢い方向に作り直すことが出来たかもしれないのにね。
脳の発達には、いかに、遊びや、大事にされる体験が必要か、が分かります。
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