儀式化のおける筋立てを作る要素と「僕は悪い子」
遊びの中、子どもが大事な問いを出し、大人が「共に意味付け」をしてくれるのを待っている。前回の翻訳箇所で、エリクソンはそういうことも教えてくれていましたね。 今日は、Toys a...
人って、「ダメ」だとか、「悪い子ね」と言われすぎると、逆に受け付けないですよね。「こんにゃろ」「うるせー」などと反発してしまうからかもしれません。反対に、心から許されると、「ごめんなさい」「僕悪かった」と心から反省しやすいです。遊びの中で、子どもが「僕悪い子」を遊ぶとき、やはりそれは、「許してね」というお祈りのようなものだと、私は常々感じています。
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