エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

#偉大な気分 #チャンス到来

2021-05-02 05:29:40 | エリクソンの発達臨床心理
 
#お母さんの特性?

  #お化けだらけのニッポン #EMDR と #脳 ジュリアンの気持ちが安定するのはね    宇宙に対するお礼   今朝は、マハトマ・まど・みちおさんの言葉から......
 
「発達トラウマ障害 Enpedia」
 ① EnpediaをGoogle検索
 ② 「Enpedia内の検索」で「発達トラウマ障害」を検索
 の二段階の検索が必要です。
 (Google検索では、「発達トラウマ障害」は検索しにくい操作【おそくら、内閣府情報調査室の仕業、です】が施されています)    
をご参照ください。  

Toys and Reasons『おもちゃ と 賢慮』 ,第2章第3節「毎日礼拝」の件が終了。
 第4節「毎日礼拝の復権」も、終了。
 第Ⅲ部の2章目、「夢を映し出すスクリーン」は,日常生活のいまここにキリストの光があることから、陽気で楽しい歓びの中に新しい見通しが生まれまることを教えてくれました。

 今回は,p.143の、第2パラグラフから。
 今朝は、p.144の6行目から。
 


 コペルニクスに関する言葉もまた、クルクルですね。フロイトさんに従って、私どもも、科学が紛れもなく示す証拠から言って、太陽中心の見方は、私欲のない世の中の見方だと見做してきました。太陽中心の見方は、人間のいる地球は、眼に見える世界でも、中心ではない、と見る見方です。こういった理解は、世の中で人間は自己中心になるのが必要不可欠であることを指さしているように見えます。しかしながら,コペルニクスが発展させた理論は,新しく、神なき世にあっても、この神なき世でも少なくとも「心から歓ぶ」場にできるという直感があったんです。(訳注:コペルニクスの主著の)『天球の回転について De revolutionibus orbium coelestiumで、コペルニクスは太陽に、「全ての中心の王冠」を被せて、そこから「太陽が全てに光をもたらす」としました。古代の哲学者に従って、コペルニクスは、太陽を神としたんですが、その神は、眼に見えるだけでなく、「すべてを見通す」こともできる訳ですから、宇宙を司る力があるだけではなくて、(訳注:キリストの)両手いっぱいに想いを巡らしているんです。コペルニクスが広めた、地球と太陽と月が互いに気・いのちを分け合っている、というヴィジョン(魂から自由になる時、ヴィジョンを崇高な「原風景」と呼べるやもしれません)は地球に新しいいのちを宿すことになりました。聖職者の人達は、もちろん、コペルニクスが手に入れた宇宙の見立てを善しとしませんでしたね。ルターはコペルニクスの宇宙の見立てに対して、聖書に反すると雷を落としました。(訳注:旧約聖書のヨシュア記第10章12節で)「ヨシュアは『太陽よ、止まれ』と命令したんではないか? 命令しましたね、ですから、本当は太陽は動いていないと証明したんじゃないの? 証明しましたね」。でも、コペルニクスの宇宙の見通しの腑に落ちると、アインシュタインの言い分を思い出しますものね。アインシュタインの言い分とは、「偉大な科学者の根っこにある気分は、『礼拝、すなわち、聖書の神様のいのちと一体になり、生かされている実感が漲るのに似ていますし、大好きな人を想う気持ちにと似ています』」です。

 

 

 宇宙飛行士だった人が、牧師になって伝道する人生を歩むことになった話を聴いたことがあります。優秀な科学者だった宇宙飛行士と、宗教。相矛盾する様に見えるのに、不思議でしょ。

 でも、今日エリクソンが教えてくれている様に、アインシュタイン級の超一流の科学者だからこそ、科学では分からない世界に接近しているからこそ、創造は必ず神秘に触れるからこそ、聖書の神様のいのちに触れるチャンス、生かされている実感に漲るチャンスに恵まれるのだと、私は確信しています。

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