明日の葉っぱ(8×8)=69

思いつくまま 気のむくまま書いてます。

氷の世界 井上陽水

2020-02-27 20:37:00 | 僕の音楽日記
1973年に発売されて
ミリオンのセールスを記録する
凄まじいアルバムだった。

「氷の世界」で一躍
スターダムにのしあがり
吉田拓郎と井上陽水という二大巨頭
並び立つ構図となった。

動…の吉田拓郎
静…の井上陽水
といった対比であったが
本質的に
井上陽水という人は
掴み所がなく
宇宙人のような
普通人には理解が及ばない
世界観を秘めているようだった。
それを
才能という括りで片付けるには
あまりにも乱暴な
考えで
井上陽水さんを理解するのに…
理解しようとすること自体に
無理がある、
そんな気がしてならない。

いわば外人のアーティストのような
通訳のいる
そんな感じにも思えたりもする
直接的に理解することが
困難で難解で…

いったい、
何を考えているのか?
と理解を深めようとすればする程
迷宮に入る
井上陽水ワールド

♪窓の外にはりんご売り
声を枯らしてりんご売り
きっと誰かが
ふざけてりんご売りの真似を
しているだけなんだろ

りんご売りってなんだ?
行商のりんご売りのことから出だし
始まるこの歌は
なぜだか
目につくもの
思い浮かぶことを
口にして
歌につづってるとしか
思えない

りんご売りの事を言ったと思ったら

♪僕のテレビは寒さで画期的な色になり
とても醜いあの娘をグッと魅力的な娘にしてすぐ消えた

と偏見、女性蔑視的
醜いあの娘
というフレーズ。
ちょっと頂けないなぁと思う。

♪今年の寒さは記録的なもの
凍えてしまうよ
毎日 吹雪、吹雪
氷の世界

と、今日あたり
久々に冬らしい冬で寒く
氷の世界的な
感じにピッタリ。

あまりの寒さで思考回路もシャットダウンして、
誤作動を起こした様を
歌っているかのような
陽水コンピュータ

いったいこの歌はメッセージソングなのか
love songなのか?

井上陽水のいうジャンルができた
事だけは
理解できたのだが…

このアルバムは
アレンジャーに
元モップスの星勝さんがほとんど
担当している
モップスは
拓郎さんの
「たどり着いたらいつも雨降り」をcoverしてるし、
和製ロックバンドとして
活躍したモップスから
陽水へと
この流れが
単なるフォークブーム
ムーブメントから
来るニューミュージックへの
足掛かりとしての序章へ突入
していった感じ。

いわば井上陽水さんあたりが
75年以降
ニューミュージックシーンを牽引
し始めたような
感じがしてならない。

時代的ターニングポイントになる
アルバム、レコードがあるとするならまさしく
井上陽水の
氷の世界は
それに匹敵するであろう
名盤としてあげられるだろう。

だから…
「氷の世界」を理解しようとする
その事がもう、野暮な事であって
もっといえば
井上陽水を理解するということが
無謀なことかもしれない。

ブラックホールのような
強力な求心力で
人々を井上陽水ワールドへ
引き込む。
何故かその魅力にとりつかれる

なにが?って言われても
ピンとこないことも
井上陽水さんの
魅力のひとつ。
もはやその懐に
取り込まれているのに
気がつかないでいる。





オサナイ ナクサナイ キオク

2020-02-27 06:49:00 | 散文 詩 

遠い昔僕の幼い頃は

愛想がよく誰からも声をかけられ

「可愛い坊ちゃんだね〜」

と言われていた。

そして誰にでも

ついていってしまう

無防備、無警戒な僕だった。よくぞ

誘拐されなかったと


すぐいなくなり、

誰にでもほいほいと

ついていってしまう

そんな可愛い僕ちゃんを

いつもうちの親は探し回るのが

日課だったようだ。


目を離すと家にいない。

探し回ると

四軒先のおばさんの家で

お菓子を食べてた。

買い物に行って目を離した隙に

知らないお姉さんといっしょに

おもちゃを見てたとか

とにかくじっとしてなかった

子供だった。

ある意味おおらかな時代

また、地域とか優しさで

子供だった僕は

守られてきたことを

思い出し実感する。


ある日

怪獣映画「ガメラ対ギャオス」

を観に連れて行ってくれた父

映画の帰りは

港に停泊中の客船に

乗る事ができた

そこからの眺めを見ていた。


初めて飲んだジュースが

瓶のファンタグレープ

小さな手で瓶のジュースを握りしめ

葡萄色の着色料から透けて見える

船からの景色を

幼い僕は覚えたての

言葉を喋りながら

父親に船からの景色を教えていた。


数少ない娯楽の中

精一杯の時間の中

父と子の触れ合う時間は

人生の中では数少なく

唯一未だにしっかりと覚えている

幼い日のキオク

遠い遠い日のキオク


大切に大切に

育ててくれた

記憶

セピア色の写真の中に

映る

幼い僕はたくさんの

おもちゃに囲まれて

ていたり、

母親におんぶされたり

テレビを真剣に見ていたり

色々の場面を写真におさめて

くれていた父。

自分のルーツを辿って、

まっさらな気持ちになる

僕は

愛されてきたのだなぁ


どこかに

他人の子供なんじゃないか?

橋の下で拾われた記録が写真に

残ってないか?

など思いながら昔の写真を見ていた

時期もあった。


モノクロ写真は父親がたくさん

記録してくれた

愛情の証 愛情の印

遠い日のキオク