東京大学大学院の田原史起教授が書かれた「『草の根の中国』東京大学出版会」は、中華人民共和国の基盤である、中国の農村の今を教えてくれる名著であります。
中国の農村といえば、我々はすぐに「貧困」と思いがちですが、さにあらず。確かに北京や上海の都市部で贅沢な暮らしをしている人々と比べれば、貧富の格差は著しいということになりますが、中国の農村に暮らす人々は、都市部の人間の暮らしなど全く関心がないそうで、むしろ気にしているのが、農村に点在している各集落間の格差に敏感とのこと。
中国の農村では、血縁関係が大切にされており、密接な血縁関係がある人々が集まって一つの集落を作るそうです。その血縁集落というのは、男系の血縁集落であり、それぞれの集落間では、女性が嫁に行くことで交流が保たれるという図式。日本の古い山間の集落に似た世界が、中国では今でも各地で息づいているということのようです。
この血縁による集落では、毛沢東以来の高齢農民たちが、自分たちの食糧確保ための農地を大事に耕し続けており、土地を捨てることは絶対にしません。むしろ、この濃密な血縁コミュニティを何よりも大切にしているそうです。そして、若者たちは、現金収入を得るために都市部へ出稼ぎに出ます。ただし、そのまま都市部へ移住するのではなく、必ず出身地の集落に戻ってきて、家を建てたり、子供の教育費を送ったりと、集落との関係を維持し続けるとのこと。ここが日本と異なるところ。
ちなみに、都市部への出稼ぎによって得た現金収入によって、農村部での生活水準は予想以上に様変わりを見せているようです。例えば、移動手段。まず人気になったのが自転車ですが、これは1995年にピークを迎えて、替わりにバイクが急増しました。それも2014年がピークで、そのあとには乗用車が急速に伸びています。
また携帯電話は、ほぼ全土に普及しており、カラーTVも、2011年にはほぼ普及したとのこと。ちなみに、洗濯機・冷蔵庫は持ってて当たり前ですが、今でも伸びているのがエアコン。これは、かなり贅沢な住宅(4階建ての鉄筋住宅等)を、兄弟が共同で建てる事案が増えてきたことにより、部屋数の増加とともに、エアコンの数も増えているようです。
以上のように、農村部では、都市部との格差を気にすることなく、むしろ農村内の集落間の格差を意識しながら、出稼ぎで稼いだ現金収入を元に、乗用車を買ったり、近代的な家を建てたり、電化製品を揃えたりで、少しづつ「中間層」への登りつつある状況のようです。あくまでゆっくりではありますが、豊かさが広がるのを実感しながら、生活に満足している状況が見えてきます。この農村部の状況が、習近平政権にとっては最大の支持基盤になっているとのこと。
ちなみに、農村部では『中国共産党に関する関心』は殆どないようです。これもビックリなのですが、彼らにとっては、平和が続いて、かつユックリではあっても、豊かさが広がることが実感できる今の時代を、濃い血縁集落の中で密なコミュニティさえ維持できれば、十分に満足ということなのでしょう。
本当は、北京や上海で安い最低賃金で働かされている出稼ぎの状況を、少しでも改善できれば、農村部の中間層化のスピードが加速して、中国のGDP改善に大きく寄与できると思うのですが、そういうことに対して、農村部の人々も、また中央の共産党幹部も、あまり関心がないようです。
これもまたリアルな中国の実態なのでしょう。この本は大変勉強になりました。