駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

仕事を続けられるのは

2019年03月13日 | 小験

          

 

 自分は医療にしか従事したことはなく、他の職種のことはよく分からないが、長く医師であり続けるのは容易ではないと感じている。外科医に比べれば内科医は十年ほど長く第一線に従事できるが それでも六十半ばからは最新の知識を保つのが難しくなる。医療の進歩というのは分野によって差があり、遅々として予後の改善しない疾患から不治の病が治るまで進歩した病気まで様々だが、全体としては随分進歩しており医師免許を手にした四十七年前とは隔世の感がある。

 そうして今でも何とか現役で仕事が出来ている訳だが、振り返ると卒後五、六年に身に付いたものが大きいと感じる。三十年四十年経っても学びと進歩はあるのだが、何と言っても研修医の頃身に付いたものが土台と核となっている。今ならパワハラとされかねない叱声も、あの頃は当然で何度か頭ごなしに注意されたことがある。落ち込み辛い思いはしたが、自分が至らないわけで恨むようなことはなかった。叱っても外からはかばってくれたし、時には褒めても呉れ、苛めではないと感じたからだろう。勿論、苛めのような扱いや依怙贔屓を目にしたが、それは何時の時代にもあることだ。今の時代にそれが特別酷いということはないような気がする。

 今の自分が特別優れているとは思わないが、八名の雇用を生み出し十分な患者数で仕事が続けられているのは、若かった頃の指導や経験のお陰と感じる。スキーのジャンプも実は空中に出てからよりも滑って飛び出すところが肝腎なのだろうと想像する。

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