アプリケージョン・ソフトウエアには、便利さと不便さが入り混じっている。
第1号のバージョンから完璧なものはありえないから、何度か改造が進められる。
開発者が良かれと思ってした改造が、せっかく覚えた操作方法が変わってしまい、ユーザーにとっては迷惑千万なこともしばしばある。
アプリケージョン・ソフトウエアにそなわった個性をつかみきったとき、便利さの実感は急に高まる。
便利さはユーザーが直接体感しなければわからないから、使ってみずに評判だけ聞いていても、便利さどころか、不便さも味わえない。
たとえば Excel には、計算が達者とか表が一瞬にグラフになるとか、あるいは隣の部屋においてある数表を参照しながら、こちらの部屋で作業をするのに似たシート間のデータのやりとりができるなど、ほかのソフトウエアにない便利さをもっている。
しかし、計算の必要のない表や、見ても情報の役をしないグラフもあるから、便利さがそのまま何かの役に立つわけではない。
どんな便利さも、便利屋が御用聞きにやってくるわけではない。
注文が先、お届けは後なのである。便利さは、お中元お歳暮のように向こうからはやってこない。
ソフトウエアの便利さを見つけるには、注文の多いユーザーになること、それが第一歩であるような気がする。
他人の味わった便利さは、TVのもの食い番組と同じで、見たり聞いたりしているだけでは美味くも何ともないものなのだ。