外苑茶房

神宮外苑エリアの空気を共有し、早稲田スポーツを勝手に応援するブログです。

バレンタイン監督の目線

2008-11-25 20:17:56 | 大学野球
週刊金融財政事情に、千葉ロッテのバレンタイン監督が毎週コラムを書いていらっしゃいます。

今週は『ファンは、チームが勝つことしか望んでいないのか』と題して、野球ビジネスの在り方を論じています。

バレンタイン監督曰く、多くの野球関係者が、ファンは勝つことしか望んでいないという。
しかし、それが本当ならば、優勝チームであってもメニューの4割が美味しくないと宣言しているレストランのようなもので、倒産必至だ。
勝ち試合をボーナスと考えて、それ以外の何かをファンが求める方法で提供しない限り、野球ビジネスは成立しないと。

この意見に、私は大賛成です。
バレンタイン監督のような目線で各球団が努力を重ねてきた結果が現在のパ・リーグ人気につながっていると、私は確信します。

また、バレンタイン監督は、日米の野球ファンの違いを、このように指摘します。
『日本のファンは試合に参加し、プレーを引き出そうとする』
『アメリカのファンは、試合を見物し、プレーに反応するだけだ』

英語の原文が分からないので、微妙なニュアンスが掴み切れませんが、これも同感です。

このような日本のファン気質、心意気を野球関係者に理解していただかないと、野球ファンの拡大・定着はおぼつきません。



それでは、この視点を大学野球に当てはめたら、どうなるのか。

1970年代までの成功体験だけに依存していては、愛する六大学野球も確実に先細りしてしまうと思うのです。

伝統を大切に受け継ぎながら、次の世代の野球ファンに六大学野球を活力溢れる姿で引き継いでゆくには、どうすべきなのか。

先ほどから、地酒をチビチビと呑みながら考えているのですが、どうも考えがまとまりません。
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クリーム、チェイス、そしてシカゴ

2008-11-25 18:03:23 | 音楽
皆様、
たくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。(長文になるので、独立したトピックにします)
それにしても、皆さんとの共通の話題がどこに転がっているのか、本当に分からないものです。
(*^_^*)


さて、ロッキーさんの世代がクリームを聴くなんて、なかなか渋いですね。
エリック・クラプトン(g)、ジャック・ブルース(b)、ジンジャー・ベイカー(ds)の三人組であるクリームの活動時期は、Y1966-Y1968の僅か3年間ほど。
しかし、高度な技術でインプロビゼーション(即興演奏)を繰り広げるスタイルは、当時の日本のロック好きに圧倒的に支持されていました。
その証拠に、彼らが解散して3年経過した1971年、高校生となった私がどこの高校の文化祭に行っても、「クロスロード」や「スプーンフル」を、クラプトンになりきって恍惚の表情で弾くギタ-・プレーヤーが一人や二人、必ず存在していました。

同じ時代の名ギタリストであるジミー・ペイジやジェフ・ベックと比べると、エリック・クラプトンが早弾きをしないプレースタイルなので、高校生たちでも比較的コピーしやすかったことも、その大きな要因だと思いますが。

聴衆も、大抵の曲のクラプトンのソロ・パートを暗唱できるぐらい、みんなクリームのLPを聴きこんでいました。
ただ、当時のポリドールのLPのカッティング技術があまり良くなくて、ベースラインが聴き取りにくかったのが、私には辛い思い出です。

なお、私の大好きだったベースのジャック・ブルースは、クリーム解散後には、マイルス・デイビスのバンドでハービー・ハンコック、ロン・カーターと強力なリズム・セクションを形成していた天才ドラマー・トニー・ウィリアムスと一緒に「ライフタイム」というジャズロック・グループを結成して、その後も活躍しました。


チェイスは、トランペット4本のブラス・セクションを擁するブラスロック・グループで、シャープで切れの良いサウンドが売り物でした。
リーダーのビル・チェイスがジャズのビッグバンド出身だったため、ジャズの手法を踏襲したホーン・アレンジがいかしていて、私も大好きなバンドでした。
しかし、大ヒットを飛ばしたと思ったら、まもなく飛行機事故でビル・チェイスが他界してしまって、バンドは解散。残念な結末でした。


シカゴは、BS&Tと同じジョージ・ガルシオという名プロデューサーにより世に送り出されたブラスロック・バンド。
BS&Tよりも、ポップでストレートなロックを演奏して、幅広くファンから支持されました。

私が最も好きだった曲は、YTさんも挙げられている「イントロダクション」。
シカゴの曲の中ではジャズっぽいアレンジだったので、今でも一番のお気に入りです。
メンバーの中では、ジム・パンコウというトロンボーン奏者が巧くて好きでした。
そしてギターのテリー・キャス。
ワウワウを深く効かせたギター・サウンドが強烈でした。

当時、ギターのエフェクターは、ワウワウとファズぐらいしか無い時代。
そして、高校生が買うことのできるワウワウやファズは機能が陳腐で、あまり深みのある効果が出せませんでした。
ですから、テリー・キャスの音を聴いては、当時のギター小僧たちは「あんな音を出せたらなあ」とボヤいておりました。

なお、BS&Tを脱退したランディ・ブレッカー(tp)は、弟のマイケル・ブレッカー(ts)、そしてビリー・コブハム(ds)と、ドリームスというジャズロック・バンドを結成し、グイグイと頭角を現してきました。


このジャズ・ロックの時代から、クロス・オーバー、そしてフュージョンへと、音楽シーンは移っていきます。
その起爆装置となったプレーヤーたちが、様々なジャンルから交流を始めたのが、このジャズ・ロックの時代だったんだなぁと、このトピックを書いていて改めて思いました。
Comments (4)
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