教団「二次元愛」

リアルワールドに見切りをつけ、二次元に生きる男の生き様 (ニコニコでは「てとろでP」)

クトゥルー神話風シンデレラ

2009-12-15 00:04:27 | オタネタ全般
(これは7年くらい前にクトゥルー神話の文体だけマネて書いてみたシンデレラです。)



ガラスの靴の呪縛


この物語をあの忌まわしい辺境の港町へ引き取られた全ての人にささげる・・・


 マサチューセッツ州ニューベリイポートから不快な赤潮の臭いのするおんぼろバスに数時間ゆさぶられたところにその港町はあった。かつてシンデレラもこのバスに乗り、遠い親戚の家へもらわれていったのだ。周囲の誰もがうわさをしている。あんな忌まわしいところへ行くものじゃない、ああ、シンデレラは神に見放されたのだ、と。
 シンデレラはその良識ある者ならば誰しも避けようとする港町の中央部、腐朽の進み今にも倒壊しそうな宿屋にほど近い、つたが幾重にもはりつくレンガぶきの薄暗い建物に住んでいた。その窓には、蛾の幼虫の体液を思わせるようなうす黄緑色の液体でこすりあげたかのように透明さを欠いており、入り口のドアには人間とも両生類とも見分けのつかぬような、どこか冒涜的な雰囲気をかもし出す奇形生物の浮き彫りが施してあった。
 この日の光のほとんど通らぬ鬱々とした建物のなか、シンデレラは黙々と床を今にもちぎれそうなぞうきんで拭いていた。床掃除だけではない、炊事、洗濯、そのほかすべての家事はシンデレラひとりが行っていた。シンデレラの遠戚にあたる、血のつながらない母と二人の姉は、家の全ての仕事をこのもらってきたシンデレラに押し付けあぐらをかいていたのだ。
「シンデレラ、ドレスのなおしが済んでないじゃない、このグズ。」
 上の姉が、昔シンデレラがお父様にもらったドレスを片手にがなりたてて前に立ちふさがった。姉の目は大きく見開きシンデレラを凝視した。その瞬き1つしない丸く開いた眼球はどこか魚じみた印象を与えており、そして焦点のあわない並行に凝視する濁った視線は、まるで腐った深海魚の霊魂に乗っ取られたかのようだった。体はいつも必要以上に痩せており、カロリーを奪われ失調気味となった肌には全く潤いが無く、皮膚の上層部がはがれかけているところもあり、ふれた者はトカゲに触られたかのように思わず手を潜めてしまうようなそんな風体だった。

「あんた、あたしがパーティーに間に合わなければいいなんて思ってるんじゃないでしょうね。」
 そう言って上の姉はぞうきんを洗っていた汚水を満載するバケツを蹴り飛ばした。床のぞうきんの上に手をつき四つんばいになっていたシンデレラは避けるまもなく汚れた水をかぶるしか他に道は無かった。
 今日はこの港町を支える名家の息子の一人が結婚相手を探すのが名目だと公然と噂されるパーティーが行われる日だった。そのためにいつもの労働にも増してパーティーの準備をせねばならず、このところ寝る間もないほどのいそがしさだった。シンデレラはドレスのなおしをさせるなら、こんなふうに仕事を増やさないでほしいわ、と思いつつも、汚水をかぶったまま下を向きながら無言でぞうきんを使って広がった水をかき集めはじめた。夏だというものの雲の多く薄暗い暗天が常なこの地方では水はあまりにも冷たかった。そこへ、後ろから床を油粘土か何かで引きずるようなゆっくりとした気持ちの悪い足音が次第に近づいていき、ついにすぐ後ろまで迫り寄った。
「またなの、シンデレラ。もうグズなんだから。さっさとあたしのパーティー用の靴を出してきなさい。」
 それは下の姉だった。上の姉が少し慌てたように早口で弁明する。
「シンデレラがまたバケツの水をこぼしたのよ。この子ったら床掃除もろくにできないダメな子なのよ。」
 下の姉はシンデレラを一瞥していた。下の姉は上の姉とは対照的で、幅の広い服からはみ出た肉の一部はおぞましいほどぶよぶよしており、まるで巨大な蛆虫が剥き出しでさらされているような、そんな印象を禁じえない。体中からは蛙を鍋に入れた煮汁のような僅かにおうど色に変色した汗が常に滴りつづけ異臭を発し、その口元には食べ残しのチョコレートがまるで汚物のようにこびりついており、口からは今にも腐汁が垂れ流れてきそうな勢いだった。
「お姉様もうしわけありません。すぐに片付けて直しますのでどうかごかんべんを。」
 シンデレラは姉がパーティーに間に合わなければいいなどとは思ったことも無かった。シンデレラはこう思っていた。何も考えずにただ黙々と日々の言われた仕事を続けるしかない、昨日も、今日も、明日も、来週も、来年もずっと。私はもらいっ子、私は何も望んではいけないの、私はいつか死ぬまでこのままずっと働いているのよ。こんな事はいつもあるじゃないの、こんな事は何でもない事なのよ。そう言い聞かせていつも働いていた。
 シンデレラも幼い頃―――幸せだった頃、私はいつかお城の王子様につれられて幸せにくらすのよ、と考えた事も無いではなかった。もう顔もうる覚えとなってしまった実の父におぶられて教会にお祈りに行った思い出、今となっては、自分にそんな頃があったのも信じられないくらい、懐かしく思えて仕方がなかった。だがシンデレラには解っていた、もうこんな日々は2度と来ないのだと。

 やがて、2人の姉と母は曲がりなりにも良く見せようとひびが入るほどの化粧を施し、中身より遥かに高価な服を着飾ってパーティーに出かけていった。化粧とドレスを作ってくれた人々に申し訳無いほどの見栄えだった。
 シンデレラは3人を見送り見えなくなってから玄関のドアに鍵をかけると、力尽きドアに背をつきその場にへたり込んでしまった。はぁ、とため息が出た。シンデレラはここしばらく味わった事のないほどの幸福感に満足して、しばらくその場で天を仰いで目を閉じた。
 ギィィン、ギィィン、と町中に呪いをかけるように響き渡る不快な鐘の音でシンデレラは目を覚ました。シンデレラはふと気がつくと、あたりはもう薄暗くなりかけていた。どうやら玄関に座り込んでうとうとしてしまったようだった。シンデレラは思い出した。この鐘は、今日、マーシュ家で行われるパーティーの始まりが迫っていることを知らせる合図だった事を思い出した。それは、今は亡き父とよく通った教会の澄んだ鐘の音とは似ても似つかない歪んだ酷く耳障りのする音色で、地獄の第一層で宴が始まるかのようなどこか背徳的な響きを秘めていた。まるでこの町に恐ろしい悪魔の降臨の儀式が行われるのを暗示するかのように・・・。
 シンデレラはいつも寝床にしている離れの納屋でフトンをかぶって寝ようと思いたち立ち上がった時、ゴツッ、ゴツッ、と玄関を叩く音がした。
「シンデレラはおらんかね。」
 玄関をまたいだ向こう側にいるその声の主は答えた。ひどく抑揚のない低いへばりついた声で、ズィンディーラとも聞こえるような聞き取りにくい人間離れしていたものだった。シンデレラが本能的に危険を感じ、忍び足で立ち去ろうとしたその時、金属のチェーンで作られた鍵が瞬く間に錆びついて腐れ落ち、それからゆっくりとドアが開いた。
「シンデレラ、逃げないでおくれ。さびしいじゃないかい。」
 そこには深深とフードをかぶった背の低い老人が立っていた。老人の持つランタンのおかげで顔は影になって全く見えなかったが、フードからのぞく異様にながい鷲のような鼻が異彩を放っていた。老人は一歩前へ踏み出した。
「シンデレラ、今日はパーティーじゃよ。」
 老人はくぐもった間延びした声で言った。シンデレラはフードの奥底にある赤黒い鈍い光を放つ両目に見つめられると、猛獣に睨まれた草食動物のように身動きができなくなってしまった。さらに老人は踏み込んだ。
「さあ、パーティーに行こうじゃないかい。」
 シンデレラは上ずった声で即座に拒絶した。
「あ、あたしにはドレスなんて無いし、第一、このぼろぼろの靴しかないのよ。そんな所にはいけるわけないじゃない。さっさと帰ってよ。」
 老人はごそごそと服の中をまさぐりながら答えた。
「ああ可哀想なシンデレラ。そんなことじゃないかと思っていたよ。表には畜生を隷従させた馬車もあるし、生きた蚕のさなぎを釜で煮て作った上等なドレスも用意してあるのじゃよ。ほらここに、あの王子様の好みに仕立て上げたガラスの靴を用意したから履いてみてごらん、きっとピッタリだから。」
 老人は懐からガラスの靴を取り出した。シンデレラが思わず顔をしかめてしまうようなそんな装飾が施してあった。その靴は全体的にはハイヒールのように見えなくも無かったが、その口にはナマコやタコの口を彷彿させるようなグロテスクな折り目が幾重にもつけられており、全体的にどこか女性器をおもわせる卑猥な印象を受けた。そして内部には亜生物の分泌物のような半透明の赤紫色のジェルが大量に付着しており、その靴をわたされただけで悪魔崇拝のイニシエーションを受けさされているような、良心の呵責を感じざるを得ないようなものであった。
 老人はいつのまにかシンデレラの目の前にいた。老人は溶接工の使うような硬くてごわついた手袋のような手でシンデレラの左腕をつかみ、シンデレラを表に誘おうと前に引きずり出した。その手には全くといっていいほどに生気がなく、蒸気機関で引きずり出されるように人間味の無い、判断を許さぬ手つきだった。もはや人の手ではなく、エイリアンのテクノロジーで作られた傀儡人形ではないかと思わせるほどに人類の正常な進化から遥かにかけ離れていた。
 老人はシンデレラを掴んだほうとは反対側の手で表を指差して言った。
「かぼちゃの馬車が待っておるじゃろ。さあ、あれにお乗り。」
 それを見たシンデレラは喉から声が搾り取られるほど悲鳴をあげた。そこにはエイのように巨大に膨れ上がった奇形かぼちゃの臓腑を引きずり出し、サバトのように悪魔的に飾り立てた馬車が待ち構えていた。引きずり出された臓腑に密集した白色の種子には蛆虫が群れを成して馬車に取り憑き、まるで全ての生命体の末路を思い起こさせるようだった。
 馬車を引く馬、それは馬と言えるしろものでは断じて無かった。馬には体毛と呼べるものは無く、吐き気をもよおすような暗い緑色のうろこのようなもので覆われていた。頭部は明かに馬の骨格としてではなく、横から万力ではさまれたように平らになっており、その横に蛙の卵を親指大に拡大したような粘性の強いぶよんとした眼がはめ込まれていた。泥水を注射したようにむくれた足の先にはひずめは無く人の手をねじって潰したような指が広がっており、その指と指の間には水かきのような赤く透明な膜がはっきりと見えた。
 もはやシンデレラは正気を保つのも不可能になりその場に倒れこんでしまった。だが、だれがこのシンデレラを責めることができよう。恐らく正常な道徳を身につけたものならば誰しもがそれに耐え得ることはできなかったに違いないのだ。

 気がついた時にはすでに移動中の馬車の中だった。目を覚ましたと同時にシンデレラは生物を長期にわたって放置したような腐臭に吐き気を感じた。あたり一面は毒々しい奇形かぼちゃの黄土色のぬらぬらした壁に覆われており、その触れた端から濁った腐汁が湧き出してきていた。シンデレラの服装は、まるで東洋の鬼の嫁入りを思わせるような破壊的で妖魔的な紅白のドレスに着替えられていた。足の先にはさきほどの卑猥な感じのする冷たい石英の靴がねっちょりと肌に付着していた。その靴は吸い付くようにシンデレラの足に吸着し、なにか見知らぬ男性に愛撫されているようで身震いがした。
 なんとか馬車を止めて引き返す手段は無いものかと、崖から飛び降りてでもこの恐ろしい馬車から降りて引き返そうと思い、外を見渡した時、ちょうど馬のような生物は歩みを止めた。シンデレラはここで降りなければどこへ連れて行かれるのかも解らないと思い、これから起こるに違いない想像の及びもつかない恐ろしい事に覚悟して、少しためらいつつ早口に十字を切ってから馬車を降りた。馬のようなものはシンデレラのほうへ振り向き、含み笑いのような鳴き声をあげて足早に引き上げていった。



(おわり。ストーリーを考えずに書き始めたためここで詰まってしまいました。)