笑顔浴

優しい時間

2009年02月24日 | Weblog
トラブルが発生したときに・・・
「私は悪くないもん」と考えると
誰かのせいにして、犯人捜しをします。

あの人が~と云った、このシステムに問題がある
さらには政治や地域社会や時代のせいにして
どうしても自分の正しさにこだわろうとします。

そんな時は
「私は常に正しくあるべきだ」という価値観の紐で
心ががんじがらめに縛られているに違いありません。

しかも、
いったん私が正しくなかったと認めるや
独りで全ての責任を感じてしまいがち。
「やっぱり私は駄目なんだ」
「みんなで私を批判している」と
苦しむ姿を想像するのは 煮え湯を飲まされるほど、恐ろしい。

ところが・・・
「世の中、お互い様」と考えると
「要領の悪さ」も「不手際」も全部あわせて
関係した人の数で分割し
与えられた私の分け前だけを味わうことができます。
それなら、ほろ苦くても美味しいかもしれません。

ちょびっと自分の非力も感じられ
時々は失敗しても当たり前と考えられたら
紐が緩くなった証拠です。
自分を縛る紐がゆるむと、他人を縛る紐もゆるみます。


私の周囲には、
この紐を編んで袋にしているんじゃないか
と思えるほど、心が自由で束縛されない
とらわれの少ない方々がいらっしゃいます。

私も自分の価値観と価値観を組み合わせ
紐から布を織りましょう。


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