怒れる中年

あなたは怒ることを忘れていませんか?  ①なんで借金しなければ勉強できないの! ②働きたいのに預ける保育園が無い、えっ!

白岩義民③ 藤沢周平著『長門守の陰謀』 に見る白岩一揆 

2009年07月29日 | 白岩義民

 人気の高い藤沢周平の小説に、白岩一揆の話が出てきます。

 このことは、旧白岩郷関係者の中でも、まだまだ一部の人にしか注目されていないようです。まして全国では、ほとんど注目されていないでしょう。藤沢周平氏自身が、白岩一揆に、どれほどの関心を持っていたかも定かではありません。

 しかし、氏の庄内酒井家をテーマとする小説の多くで、白岩一揆が背景として重要な役割を担っているのではないでしょうか。

 この『長門守の陰謀』という小編でも、長門守の次のような回想の一節があります。

 「ふん、馬鹿どもが! 

 回想はいつものように、自分を追い出した白岩の百姓たちに対する呪詛から始まる。・・・江戸に長門守を訴え、同時に国元では一揆勢数百人が城を襲う騒動となった。城方ではこの一揆勢との戦いで、家老が首を討ち取られるという醜態を演じて、天下の注目を浴びた。・・・幕府は長門守の多年にわたる失政を咎めて、領地を没収してしまった・・・」

 氏の時代小説に登場する海坂藩の藩内抗争、その黒幕のモデルがこの長門守ではないかと言われています。

 白岩一揆の因(もと)となった酒井長門守忠重の過酷なまでの政治、そして、白岩郷民の生命を捧げてまで闘わざるを得なかった苦しみの数々。これらを頭の片隅におきつつ、藤沢小説の世界を楽しまれてはいかがでしょうか。

 また一味違ってくるのではないでしょうか?

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肉を盗んだ“ジャン・ヴァルジャン”?

2009年07月26日 | 日記・エッセイ・コラム

 最近、暗い記事が多い。その中でも、ときどき、こんな記事が気になります。

 あなたは、どう思いますか?

 2009年6月17日の「山形新聞」の社会面、「窃盗の疑いで女を逮捕」と題して、「窃盗の疑いで天童市久野本2丁目、無職〇〇〇(80)を逮捕した。逮捕容疑は・・・の食料品店で、肉やシラタキなど9点(1600円相当)を盗んだ疑い。・・・」と載っていました。

 「〇〇〇」は実名なんですよ!

 この容疑だけで、実名入りで報道するのが当たり前なのでしょうか?

 常習犯とかなら別かもしれませんが、80才のお年寄りが肉やシラタキを盗んだとして、この事実に直面して、あなたは、この「犯罪者」を憎みますか?

 それとも、こんな「犯罪」が起きる今日の世の中を憎みますか?

 少なくとも、もし、この容疑が事実だとしても、常習犯でないのなら、実名での報道は控えるべきではないでしょうか。実名で報道されたら、この女性は社会的に抹殺されてしまうのではないですか? もっともっと報道されるべき大きな“悪”が放置されていないでしょうか? 公共性の高い報道機関に、形式的な公平性ではなく、実質的に公平な報道を求めたい。

 2009年7月18日の山形新聞にも、「菓子パンなど万引きの容疑で逮捕」と実名で報道されていました。

 これらの記事に、フランスの作家ヴィクトル・ユーゴーの一本のパンを盗んだジャン・ヴァルジャンの話から始まる『レ・ミゼラブル』を思い出しました。

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みなさん、ブログはいつ書いているんですか?

2009年07月26日 | 日記・エッセイ・コラム

 今は、夜中の3時、こんな時間でないとブログを書けない。ここ最近は、体力が落ちたのか、気力がダウンしたのか、なかなか書けなかった。仕事関係のホームページもあり、ついついブログが10日も開いてしまいました。

 みなさんは、いつ、ブログを書いているんですか?

 ブログって、こんなに大変だったの? ぎゃふん、です。

 でも、始めた以上は続けるぞー。気が向いた人は、ときどき見て下さい。ご意見もいただけると、なお、嬉しいですね。

 まずは、ちょっと自分の気分を書いてみました。

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わが家のエコは「エコタンク」

2009年07月15日 | 日記・エッセイ・コラム

 (この1週間ほど、夏風邪にやられ、ご無沙汰してしまいました。)

 「エコ」ばやりの昨今、まだ使えるのに車や電気製品を買い替えたら「エコ」だって。「うーん、そうかねえ。太郎君のやることはよく分からん。」

 そこで、自分のエコは何だろう…と考えてみました。そしたら、ちょっと古典的ですが、ありました。わが家のエコは田舎暮らし向き。ちょっと紹介します。 

Photo

 この写真の赤く丸いのが、わが家のエコです。雨水を貯めるタンクです。

 深さは3m、直径が1.15mです。屋根の雨水を貯めて、夏場は庭や植え木の水撒きに、冬場はポンプで屋根に汲み上げ、屋根の消雪に使います。

 結構、役に立っています。夏場は水道代の節約にもなりますから、エコとの一石二鳥です。

 10年ほど前、家を建てた時に作りました。工事費は約50万円でした。今なら二の足を踏むでしょうが、家を建てる時は「50万くらいなら…」と思っちゃうんです。

 地球を守るためなら、無理してでも作ってよかったと思います。みんなが少しずつエコを考えていかないと、子どもたちやその子どもたちが苦しむことになるんですからね…。

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浅田次郎著『五郎治殿御始末』を読む

2009年07月01日 | 日記・エッセイ・コラム

 浅田次郎氏の表題の本を一気に読みました。

 一気と言っても、眠る前の5~30分。寝床の中で、ひっくり返って本を読む。これだと、いつでも眠れます。「あ、もうだめだ」となったら、ひもを引っ張って電気を消す。すぐ朝になっている…。

 こんな風にして、浅田氏に失礼ながら、あっと言う間に読み終えました。

 浅田氏の本は、これまで、ほとんど読んだことがなかったのですが、息子に勧められて幕末の「新撰組」物を読んでから、「うーん、なかなかだなあ」などと読むようになった次第。

 今回のこの本は、幕府の崩壊から明治新政府への変遷の中で、翻弄される武士の群像とでもいうものを描いています。

 考えさせられるのは、一人ひとりの主人公たちの善良さや努力をあざ笑うかのように軋んでいく歴史の歯車…、あるいは、急激な変革を見ることができずに死にいたる士族の一人ひとり…。

 例えば西郷を中心とした西南戦争、見ようによっては、時の政権にとって「好ましい戦争」だったのではと考えさせられました。双方の側から、侍たちが死に急いだかのようです。それは、侍の時代を終息させる絶好の機会だったのではないでしょうか。

 この本の背表紙には「江戸から明治へ、侍たちは如何にして己の始末をつけ、時代の垣根を乗り越えたか・・・」とありました。

 うーん、今も似たようなことが起きていないか…、よーく考えて生きていかなければ、と思いました。

 知り合いの腕のいい大工さんたちが、郵便局や運転代行のアルバイトで生活しています。この現状は、歴史の歯車から振り落とされた侍たちが人力車を引いて口をすすいだ明治の初頭と、どう違うのでしょうか?

 そして、矛盾は西南戦争、日清戦争、日露戦争…によって「解決」されていった?!

 あなたには、歯車の軋む音が聞こえませんか?

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