今日は、同じ集落の親戚で法事がありました。
実のところ、この一カ月は法事ラッシュでして、すでに今日で5軒目。
毎週と言っていいほど、法事だった次第。
ただ、今日のお宅は神道。
我が家を含め、ほとんどが仏教徒の中、珍しい方です。
当然、法事の進め方も違い、○回忌でなく○年祭となり、
長いお経や寺詣りも無い。
神主さんによる祝詞があげられ、焼香ではなく、榊を上げる。
その際に、拍手をするのだが、このような時には、大きくパンッパンと手を叩かない。
そんなこんなで、慣れないことが多く、周りの人のやり方をしっかりと研究することに。
そうしているうちに、私の順番が回ってきた。
しか~し、立てない。
そう、足がしびれてしまっている。
これは、いかん。と恥をかく前に、うまく順番を後に回して、一生懸命に足をさする。
いつもそうだが、しびれが切れると、このビンビン感が堪らない。
よくお坊さんや神主さんは、辛抱できるなぁ、と感心してしまう。
その後、無難にお参りを済ますと、次は、「大祓い(おおはらい)」。
これがまた、さっぱりうまく言えない。
ふりがなが付いている紙を頂くが、読み方や文言が難しく、舌が回らないのである。
これもまた、神主さんは、スラスラと進まれる。
私にとっては、早口言葉のようで、目で追うのに必死となる。
これが読める人は、きっとすごい人だと、いつも感心している。
と言っている間に、祭も終わり、食事へ。
これまた、困ったことに集落内に料理屋さんがあるため、どうしてもそこになる。
そのため、料理がいつも一緒。
ふたを開ける前に、どこに何が入っているかが、分かってしまっている。
当然、味もお馴染みのため、美味しいという感動が無いことに。
本当、贅沢な話である。
そして、いつものことだが、お造りを少々食べただけで、お銚子と杯を片手に、
席をあちこちと渡り歩く。
これもいつもながら、飲めもしないのにである。
結局、すきっ腹にお酒が入り、やがて気持ち悪くなってくる。
そして、終わって家に帰ると、今度はコップに水を片手にトイレへ閉じこもる羽目となる。
どうして、同じ結末なのかと、愚かな自分を責めるが、あとの祭り。
誠に、法事とは、恐ろしや・・・。
実のところ、この一カ月は法事ラッシュでして、すでに今日で5軒目。
毎週と言っていいほど、法事だった次第。
ただ、今日のお宅は神道。
我が家を含め、ほとんどが仏教徒の中、珍しい方です。
当然、法事の進め方も違い、○回忌でなく○年祭となり、
長いお経や寺詣りも無い。
神主さんによる祝詞があげられ、焼香ではなく、榊を上げる。
その際に、拍手をするのだが、このような時には、大きくパンッパンと手を叩かない。
そんなこんなで、慣れないことが多く、周りの人のやり方をしっかりと研究することに。
そうしているうちに、私の順番が回ってきた。
しか~し、立てない。
そう、足がしびれてしまっている。
これは、いかん。と恥をかく前に、うまく順番を後に回して、一生懸命に足をさする。
いつもそうだが、しびれが切れると、このビンビン感が堪らない。
よくお坊さんや神主さんは、辛抱できるなぁ、と感心してしまう。
その後、無難にお参りを済ますと、次は、「大祓い(おおはらい)」。
これがまた、さっぱりうまく言えない。
ふりがなが付いている紙を頂くが、読み方や文言が難しく、舌が回らないのである。
これもまた、神主さんは、スラスラと進まれる。
私にとっては、早口言葉のようで、目で追うのに必死となる。
これが読める人は、きっとすごい人だと、いつも感心している。
と言っている間に、祭も終わり、食事へ。
これまた、困ったことに集落内に料理屋さんがあるため、どうしてもそこになる。
そのため、料理がいつも一緒。
ふたを開ける前に、どこに何が入っているかが、分かってしまっている。
当然、味もお馴染みのため、美味しいという感動が無いことに。
本当、贅沢な話である。
そして、いつものことだが、お造りを少々食べただけで、お銚子と杯を片手に、
席をあちこちと渡り歩く。
これもいつもながら、飲めもしないのにである。
結局、すきっ腹にお酒が入り、やがて気持ち悪くなってくる。
そして、終わって家に帰ると、今度はコップに水を片手にトイレへ閉じこもる羽目となる。
どうして、同じ結末なのかと、愚かな自分を責めるが、あとの祭り。
誠に、法事とは、恐ろしや・・・。