女は船上にいた。
華奢な体を大きめの雨具に包み、暗くよどんだ湖面を見ていた。
最近おかしなことが起こっていた。
ただ、ちょうどジグソーパズルのように、足りないピースが多すぎてきちんとした推論ができないもどかしさもあった。
嫌な気分を引きずりながら、パソコンの画面を眺める。
そこには船の進路と磁石の向きが示されていた。
「なぜ」
女は首をかしげた。
人工衛星を用いたグローバルポジショニングシステム(GPS)では、進路は西に向かっているにもかかわらず、磁石が示す方向は北になっていた。
ちょうど90度ずれているのだ。
どちらかがおかしいのか、それとも実際に磁場がくるっているのか。
よくわからなかった。
そう言えば、同じようなことが以前あった気もする。
遠い昔の記憶がかすかによみがえる。
いつだったのかは忘れてしまった。
ただ、生暖かく感じる湖面の異様な雰囲気から、余計に方位の食い違いが気になっていた。
男が水中に潜ってから3時間がたっていた。
もうそろそろ浮上してもよい頃だ。
操舵室にいる船長と連絡を取る。
音響測位装置(SSBL)を通して捕捉できる男の位置が近づいてきた。
「停船」
女は鋭く指示した。
船は後進をかけて止まった。
できる限り多くのピースを集めて、真実に近づきたい。
そう思いながら、女はコーヒーを淹れた。