男はまだ湖底にいた。
ゆらゆらと水の動きに漂いながら、丹念に湖底を調べていく。
水は濁っていて、時々よく見えなくなる。
1980年代に潜ったときには、もっと視界がよかった記憶がある。
随分と変わったものだ。
時々、円形パッチのような模様が目に入る。
真ん中が白っぽく、その周辺が青みがかっていて、そして茶色な湖底が広がる。
白い部分は、魚が死んだあとだ。
分解されて、何も残っていない。
骨さえもない。
青い部分には、嫌気的なバクテリアがいるのだろうか。
2007年にはたくさんの魚が死んだことが思い起こされた。
暖冬の年、夏は暑くなり、急激に湖底の溶存酸素濃度が低下した。
確か、2ppm以下となった記憶がある。
多くのイサザとスジエビの死体が捕獲された。
それを見たとき、男は悲しくて、涙ぐんだ。
湖が大きく変わり始めたころだった。
今は、このような死骸の跡を見ても、格別な感じはない。
自然とはそんなものだ。
やがて崖にぶつかり、次第に上昇する。
島ではない。
湖底に沈んだ山だ。
湖底山とでもいうのだろうか。
水深30mほどまで、急激に浅くなる。
上を見ると空が透けて見える。
体の力を抜き、後はゆっくりと上昇する。
死の世界から生の世界への帰還。
静から動への変化でもある。