暗闇の中で女は椅子に腰かけていた。
静かに語っている。
「この世の中が数値の世界になり、多くのことが忘れられてきた」
デジタルがアナログにとって代わり、コンピューターが支配する世界になった。
そのことによって穴あきだらけの空疎な世界となった。
簡単にフェイクを作れるようになったし、誰れもが現実を大事にしなくなった。
本当の世界は、決してデジタルではない。
デジタルは一つの表現方法だが、決して完ぺきではない。
にもかかわらず、みな便利なデジタルの世界に浸る。
そのほうが制御しやすいからだ。
「彼らは、自分たちで世界を変えようとしている」
そんなことできもしないのだが、できると思い込んでいる。
予測はあくまで予測で、真実ではない。
知りたいのは真実だ。
正しいかどうかではない。
おかしな話だ。
自分たちが作った規則や約束にがんじがらめになり、真実を見逃していく。
何べんも説明したが、だれも受け入れてくれなかった。
「何が起こっているのかを知る必要があるのです」
多くの事実を積み重ねて、やっと真実の入口に立てる。
真実を知るのは簡単なことだ。
隔てている壁を壊せばよい。
ただ権威で身を飾りたてた人々は、壁を壊すことができない。
壁があるから自分が守れ、利益を享受できる。
壁がなくなると、ただの人になる。
「愚かなことだ」
女は立ち上がり、部屋から出ていく。
湖では、男が奮闘している。
大切なことは、真実を知るという行為だ。