現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

絵本と散文

2020-05-09 15:57:39 | 考察
 現代の絵本の出版状況を見ると、かつて主流だった物語絵本は数少なくなり、絵中心で文章の字数が少ない物が主流になっています。
 そうした絵本における文章について考えてみます。
 ただし、詩に絵を付けた詩画集のようなものでなく、散文で書かれているものを想定しています。
 かつて、「児童文学は、アクションとダイアローグで書く文学だ」と、今は亡き安藤美紀夫は言っていました。
 その後、80年代ごろから、「写生」や「描写」といった近代文学、特に小説を形作る要素が児童文学にも取り込まれて、一般文学と児童文学の境界はあいまいになってきました。
 しかし、幼年文学や散文をベースにした絵本では、この「アクションとダイアローグ(モノローグ)で書く」ことに立ち返る必要があるのではないでしょうか。
 「写生」や「描写」は、すでに絵本の主体になっている「絵」にできるだけ任せて、文章の方はなるだけ刈り込んで、アクションとダイアローグ(モノローグ)を簡潔に伝えるようにした方がいいと思われます。
 さらに言えば、文章のテンポの良さや、ひとつひとつの言葉の吟味なども、より重要になってきます。
 特に、最近の子どもたちは、こうした絵本に、読み聞かせなどを通して出会うことが多いと思いますし、自分で声を出して読むこともあるでしょう。
 そうすると、音読した場合の文章のリズムや言葉の響きなども重要になってきます。
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天沢退二郎「宮沢賢治はほとんど映画だった」宮沢賢治の映像世界所収

2020-05-09 08:43:17 | 参考文献
 1996年に発行された賢治の映像世界に関する本に収められた巻頭論文です。
 他の文章が、賢治作品の映像化や映像作家の賢治についての文章が並ぶ中で、やや異色の内容です。
  映画の発明が1895年で、賢治が1896年の生まれなこともあり、映画と賢治はほぼ同一なのだと、著者は主張します。
 それは、賢治が映画から影響を受けたとか、逆に賢治の作品が映画化されたということもあるでしょう。
 しかし、それよりも、賢治の詩や童話が優れて映画的であったことを、引用もあげて説明しています。
 賢治作品と映画、ともに同時代の空気の中で必然的に生み出されてきたものなのでしょう。
 そういう意味では、これからの児童文学の世界も、新しいメディア、例えばインターネット、スマートフォン、VR(バーチャル・リアリティ)、AI、3D、ウェアラブル・コンピューターなどといったものの影響受けた作品を生み出すことが、もっと必要になってくると思っています。
 これらの新しいメディアは、文学ではライトノベルとの親和性が高いので、おそらくライトノベル的児童文学の世界で描かれることになるでしょう。

宮沢賢治の映像世界―賢治はほとんど映画だった
クリエーター情報なし
キネマ旬報社
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坪田譲治「魔法」講談社版少年少女世界文学全集第49巻現代日本童話集所収

2020-05-06 10:58:57 | 作品論
 主人公の善太(小学生)と三平(就学前)は、「風の中の子供」や「お化けの世界」といった作者の代表作(児童文学というよりは、子どもの視点で書いた一般文学に近い作品)でも、主人公をつとめています。
 思いやりがあって賢い善太は兄の、甘えん坊でやんちゃな三平は弟の、典型的なキャラクターとして確立され、多くの模倣者を生み出しました。
 この作品では、善太が「魔法」だと称する、ちょうちょなどの虫を人間に変えたり、人間を虫に変えたりする力(演技)を、三平が半信半疑で真似てる、仲良しの兄弟らしい姿が生き生きと描写されています。
 こうした坪田作品に影響されて、「生活童話」(注:子どもの日常生活を写実的な手法で描いた作品)というジャンルが日本の児童文学において確立されましたが、他の記事に書いたように、現代児童文学(定義などは他の記事を参照してください)のスタート時に、「少年文学宣言」派にも、「子どもと文学」派にも、否定されました(関連する記事を参照してください)。
 著者自身の作品も、「生きた子どもを作品に描き出した」点は評価されたものの、「「死」、「不安」といった負のイメージ」が未来を生きる子どもたちにふさわしくないと否定されました。
 しかし、著者の作品が、その追随者である凡百の「生活童話」と違っている点は、その文章や人物造形が優れた文学性を持っている点であり、当時は子ども向けではないと否定された「風の中の子どもたち」のような人生の負の部分も描いた作品も、そうしたタブーが1980年頃に否定された後では、その作品の持つ社会性をもっと評価されるべきだったでしょう。
 私は、1973年に、偶然一度だけ著者をお見かけしたことがあります。
 著者は、自宅の離れにある書庫を「びわの実文庫」として開放されており、当時大学一年だった私は児童文学研究会の先輩たちと本をお借りにうかがったのです。
 私が先輩と書庫で借りる本(著者には、各出版社やたくさんの門下生(著者は、「びわの実学校」という童話雑誌を主催されておられ、大石真、松谷みよ子、あまんきみこ、庄野英二などの優れた児童文学者を育成されました)から贈られた膨大な本がありました)を物色していると、突然、老先生(当時は八十才台になられていたと思います)が入ってこられ、二階(おそらく仕事場があるのでしょう)へ上がっていかれました。
 私たちは、この児童文学の大先輩(大学の先輩でもあります)にきちんとした挨拶もできずに、「この人が児童文学界の三種の神器の一人(他は小川未明と浜田広介)か」と、畏敬の眼差しで見送ったことを今でも覚えています。
 
 

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トールちゃん

2020-05-06 09:28:36 | 作品
 久しぶりに晴れ上がった青空を、ピイピイと鳴きかわしながらヒバリが飛びまわっている。
芳樹たちヤングリーブスは、町営グラウンドで春季大会の一回戦を戦っていた。
 相手チームの攻撃中だった。センターの前方に、小さなフライがフラフラッとあがった。ツーアウトだったので、満塁のランナーはいっせいにスタートを切っている。
「オーライ、オーライ」
 センターのトールちゃんが、すごい勢いで前進してきた。
(なんなくキャッチ)
と、思ったら、勢いあまってボールがグラブから飛び出した。
「うわあ!」
 ヤングリーブスの応援席から、悲鳴があがりかける。
 トールちゃんは、けんめいにダイビングキャッチ。なんとか地面に落ちる前に、もう一度ボールをつかんでいた。
「あぶねーなあ。落としてたら、二点は入っちまうとこだった」
 ベンチでは、監督が苦笑いしている。そんなことにはおかまいなしに、トールちゃんはキャッチしたグローブを誇らしげにかかげながらかけてきた。
「いいぞ、トールちゃん」
「ナイスキャッチ」
 応援席からは、自作自演のファインプレーに大きな拍手と声援が飛んだ。
 トールちゃんは最上級生の六年なので、本来ならばもっと経験を必要とする内野をやっていなければならない。
 でも、あぶなっかしいプレーが災いして、今年も引き続き外野を守っている。
 そのせいもあって、五年生の芳樹や良平たちが、サードやショートといった重要なポジションを守らねばならなかった。
「本当は、お前たちがやらなきゃいけないんだぞ」
 監督にそうハッパをかけられると、外野にまわされている六年生たちは、みんな小さくなって肩をすくめていた。
 でも、トールちゃんだけは、そんなことはぜんぜん気にしていないようだった。だから、監督に(ノーテンキなトールちゃん)なんて、古くさいニックネームで呼ばれるのだ
「バッチ、積極的に打っていこうぜい」
 コーチスボックスから、トールちゃんの元気のいい声がグランドに響いた。トップバッターのトールちゃんは、すでに豪快な空振り三振をきっしている。そのままベンチには戻らずに、一塁コーチになっていた。
 本来、ベースコーチは、下級生や補欠の選手の役目だ。
 でも、六年生の中で、トールちゃんだけはいつも率先して務めていた。
 二番バッターの芳樹への投球は、外角に大きくはずれた。
「ピッチ、怖がってるよお」
 トールちゃんの声が、さらに大きくなった。
 ベンチにいても一番声を出しているし、守備でもセンターから大きな声でピッチャーをはげましていた。監督にいわせると、ムードメーカーとしての貢献度は、トールちゃんが断然ナンバーワンということになる。

 芳樹の送りバントが、サードの前にコロコロところがった。
「ファースト!」
 二塁はあきらめて一塁へ投げるように、キャッチャーが三塁手に指示している。
 送りバント成功。
 最終回の裏で、5対5の同点だった。
 ワンアウト二塁にして、一打サヨナラの絶好のチャンスをむかえられる。
「あっ、馬鹿っ」
 監督が大声でうめいた。応援団からも、悲鳴のような声がわきあがっている。
 一塁でフォースアウトされた芳樹は、三塁方向に振り返った。一塁ランナーだったトールちゃんが、送球の間に強引に二塁をけって三塁へ走っていたのだ。完全な暴走だ。
 一塁手はすばやく三塁へ転送。タイミングは完全にアウトだった。
 ところが、あわててベースに戻った三塁手が、ボールをうしろにそらしてしまった。
「まわれ、まわれ」
 ベンチの大騒ぎに、スライディングで横になったままだったトールちゃんが、あわてて立ちあがった。振りかえると、ボールはファールグラウンドを転々ところがっている。トールちゃんは、けんめいにホームを目指して駆け出した。
 ホームイン。サヨナラ勝ちだ。
「ウワーッ」
 芳樹は、大喜びでトールちゃんに駆け寄っていった。他のチームメイトも飛び出してきて、トールちゃんはもみくちゃにされてしまった。
 監督はベンチでまた苦笑いしていたけれど、とにかくこれで一回戦を突破だ。

「ありがとうございました」
 キャプテンの誠くんのかけ声とともに、みんなで応援団の前に整列して試合後の挨拶をした。
「いいぞお!」
「トールちゃん、最高」
 ベンチ横に集まった応援団から声援が飛ぶ。チームのみんなも、一回戦突破に大喜びだ。中でも、トールちゃんは最後のファインプレー(?)のせいもあってか、一番うれしそうな顔をしている。
 試合が行われている町営グラウンドは、チームのある地域から近いこともあって、応援の家族の人たちがいつもよりも多かった。
芳樹のとうさんとかあさんも、今日はスマホやタブレット端末で芳樹の動画や写真を撮りながら、試合を見ている。チームの中心である六年生の親たちは、もちろんみんな顔をそろえている。
 しかし、トールちゃんの両親だけは、その中に姿がなかった。今日に限らず、トールちゃんの両親は、練習はもちろん、試合にさえほとんど顔を見せなかった。
 チームの裏方の仕事は、六年生のおかあさんたちが中心になって行っている。練習グラウンドの予約、会計、備品の購入、食べ物や飲み物の準備など、仕事はたくさんあった。
 グラウンドの整備、練習の手伝い、チームの車での送迎、審判やスコアラー。こういった仕事は、六年生のおとうさんたちが中心になって手伝っている。
 しかし、トールちゃんの両親は、おとうさんはもちろん、おかあさんさえめったに顔を見せなかった。うわさでは、トールちゃんのにいさんがチームにいたとき、中学受験のためにシーズンの途中で主力選手だった彼をやめさせて、監督たちともめたらしい。

「それじゃあ、みんな一列に並んでえ」
 チームのマネージャーをやっている誠くんのおかあさんが、おにぎりの入った大きな袋を手に、みんなに声をかけた。まわりには他の六年生のおかあさんたちも、飲み物やお菓子の入った袋を持って立っている。
「うわーっ」
 お腹をすかせていたみんなが、われ先にと押し寄せた。芳樹はすばやくまっさきにならぼうとしたが、トールちゃんに押しのけられて先頭を奪われてしまった。
「トールちゃん、押すなよ」
 芳樹が文句をいっても、トールちゃんはしらんぷりをしている。
「だめだめ、小さい子順だぞ」
 キャプテンの誠くんが、押し合いへしあいしているみんなにいった。
「ちぇーっ、ずりいなあ」
 トールちゃんはさも残念そうに顔をしかめながら、列の後にまわった。
「ブー、ブー」
 他の六年生たちが、口をそろえてからかっている。
 午後の二回戦に備えて、近くの公園でお昼を食べることになっていた。六年生のおかあさんたちがみんなからあずかっていたおにぎりと飲み物。それに、劇的な勝利に大喜びの応援団からは、アイスやお菓子も差し入れされて、豪華版の昼食になっていた。
 芝生の広場にひろげたシートの上で、みんな思い思いにおにぎりをほおばっている。
 こんな時、食べるのが一番早いのもトールちゃんだ。隣にすわった芳樹が最初のおにぎりを半分も食べないうちに、割り当ての2個をペロリと食べて、もうお菓子に取りかかっている。
 みんなのまわりでは、監督やコーチ、それに応援の家族の人たちもいっしょにお昼を食べている。
「徹(とおる)。おまえ、なんで3塁へ走ったんだあ?」
 真っ先に食べ終わって立ち上がったトールちゃんに、監督が声をかけた。
「えーっと、実はツーアウトだとかんちがいしちゃって。えへへ」
 トールちゃんはペロリと舌を出した。
「おいおい、またかよ。アウトカウントをしっかり覚えておけって、いつもいってるだろ」
 監督があきれ顔をすると、
「まあ、いいじゃないですか、勝ったんだし。そんな細かいことは」
 そういって、トールちゃんは監督の肩をポーンとたたいた。
「あーあ。おまえは、本当にうちのラッキーボーイだよ」
 とうとうあきらめたように、監督がため息をついた。
「トールちゃんにかかっちゃ、さすがの鬼監督もかたなしですね」
 打撃担当の佐藤コーチがすかさず口をはさむと、他のコーチや応援の人たちも楽しそうに笑いだした。

 しばらくすると、食べ終わったみんなは、公園の砂場で遊びだした。芳樹たち五年生も、下級生たちと一緒に砂の山を作りはじめた。
 でも、てんでんバラバラにやっているので、ごちゃごちゃしていて何がなんだかわからない。
「だめだめ、そんなやり方じゃあ」
 トールちゃんがそういいながら、のりだしてきた。
 砂場のまん中に陣取ると、みんなを指揮してひとつの大きな山をこしらえ始めた。練習とは違って、こんな遊びの時は、不思議とみんながトールちゃんのいうことをきく。
 砂山のまわりにちらばったみんなを指揮するトールちゃん。遠くから見たら、まるでサル山のボスザルのように見えたことだろう。
 トールちゃんの指示で、交代で水のみ場から空いたペットボトルで水をくんできた。それで砂を固めながら、せっせと大きな山を築いていく。
 さらに、まわりに道をつけたり、トンネルをほったりもし始めた。砂山はしっかり固めてあるから、ミニカーだったら2車線は十分とれそうな見事なトンネルが完成した。
 トールちゃん以外の他の六年生たちは、そんな遊びには加わらずに、自分たちだけでおしゃべりしていた。もうこんなことには卒業した気でいるのだろう。
 砂場のまわりでは、まだチームにも入っていないメンバーの幼い弟や妹たちが、泥団子を作り出していた。
 すると、トールちゃんは、今度はそちらへいって、ピカピカの泥団子の作り方を教え始めた。
 いつも遊んでくれるトールちゃんに、みんなすっかりなついている。中には、トールちゃんのひざの上にのっかって、泥団子を作っている子までがいた。
「昔は、ああいうガキ大将がどこにでもいたんだよなあ」
 監督が、そんなトールちゃんを見ながら、まわりの大人たちに話しているのが聞こえた。
 たしかに、芳樹自身も、にいちゃんが中学生になってからは、トールちゃんと遊ぶ方が多いくらいだった。近所の小栗公園にみんなが集まって、野球やサッカーなんかをやっている。
 そこに行けば、いつも誰かがいるので、けっこう遠くから遊びに来ている子たちもいる。
 トールちゃんは、そこでもみんなの中心だった。どんな遊びをやる時も、大きな子も小さな子も楽しめるようによく気を配っていた。
 トールちゃんがいない時は、同じぐらいの年齢の子たちだけでバラバラに遊んでしまうので、ぜんぜん盛り上がらなかった。
 トールちゃんを見ていた監督が、ふと思いついたように携帯を取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。
「あっ、もしもし、江川さんのお宅ですか? ヤングリーブスの松永です」
「……」
「いえ、こちらこそ」
「……」
「今日はお忙しいですか?」
「……」
「いや、何、徹が一回戦で大活躍でして」
 どうやら、トールちゃんの両親に、試合を見に来てくれるように頼んでいるらしい。
 監督は、けっこう長々と電話していた。
「そうですか、ご主人も。それじゃ、お待ちしてますから」
 監督は、ようやく満足そうな表情を浮かべて電話を切った。

 トールちゃんの様子が変だ。
 芳樹はウォーミングアップの時、トールちゃんとキャッチボールをしていた。
 でも、こちらが「いくぞ」って声をかけても、なんだか上の空みたいだ。
 いつもなら、「ナイスボール」とか、「しっかり投げろ」とか、一球ごとにかけ声をかけてくるのだ。一緒にやっていると、うるさいぐらいだった。
 ところが、さっきからずっとだまったまま。機械的に、ボールを受け取ったり、投げたりしているだけだ。そして、さかんにバックネットの方を、チラチラと横目で見ている。
 芳樹が振り返ってみると、そこには二人の人がすわっていた。立派な口ひげをはやした男の人と、眼鏡をかけたまじめそうな女の人。
(ははあ)
たぶん、さっき監督が電話していたトールちゃんのおとうさんとおかあさんだ。
 でも、そう知っていなければ、とても「ノーテンキなトールちゃん」の両親には見えない。とてもまじめそうな人たちだった。それに、二人とも、今まで練習はもちろん、試合でも見かけたことがなかった。
 ヤングリーブスの応援団は、ベンチ裏に陣取っている。一回戦の勝利が伝わったのか、だいぶ人数が増えていた。
 でも、トールちゃんの両親は、そこから離れて二人だけでバックネット裏に並んですわっていた。
 そちらを見るときのトールちゃんの横顔は、いつもとはぜんぜん違っている。ピリピリとした神経質そうな表情が浮かんでいた。
 キャッチボールを終えてベンチに戻ったら、監督がバックネット裏へ向かって歩いていくところだった。どうやら、トールちゃんの両親が来ているのに、気がついたようだ。
「どうも、およびだてしてしまって」
 監督は、二人に近づきながら声をかけた。
「いえ、こちらこそ、いつも徹がお世話になりまして」
 急いで立ち上がったおかあさんが、あわててあいさつしている。となりでは、ひげのおとうさんも頭を下げていた。
「徹はすごく良くなりましたよお。いつも先頭にたって、チームをひっぱってくれてます」
 監督がニコニコしながらいっている。
「いーえ、いつもご迷惑ばかりで。秀平と違って、この子は……」
 おかあさんが徹のにいさんを引き合いにだそうとしたので、監督があわててさえぎった。
「いえいえ、そんなことはありません。徹は小さな子たちにもやさしくて、チームワークのかなめなんですよ」
「そうですかあ」
 おかあさんは、意外そうな顔をしていた。
 でも、やっぱりほめられれば、まんざらでもない様子だった。いかめしい顔をしたおとうさんも、少しだけ表情をゆるめていた。

 二回戦の試合が始まった。後攻のヤングリーブスが、守備位置についている。
 でも、なんか変だ。センターのトールちゃんから、いつものような元気な声が聞こえてこない。
 芳樹がサードからセンターを見ると、すっかり固まっているみたいだ。接着剤か何かで、ガチガチにされてしまったみたいに見える。
 先頭打者が四球で出た。相手チームは、手堅く送りバントでランナーを二塁に進める。
 しかし、ピッチャーの誠くんは、次の打者をうまく打ち取った。
 平凡な浅いセンターフライだ。いつもなら、センターのトールちゃんが大声で「オーライ」と叫びながら、猛然と突っ込んでくるところだ。
 ところが、今はだまったままゆっくりと前進してくる。なんだか、ヨロヨロしているようにさえ見えた。
「トールちゃん!」
 思わず芳樹は叫んだ。
 しかし、打球はトールちゃんの目の前で大きくはずむと、頭の上を超えていってしまった。
 我に返ったトールちゃんが、帽子を飛ばしながらけんめいに追いかける。
 でも、ボールはコロコロと、芝生の上をどこまでもころがっていく。ようやく追いついたときには、バッターもすでに3塁ベースをまわっていた。
「バックフォーム!」
 芳樹は、中継に入った良平に叫んだ。
 でも、とても間に合わない。
 ランニングホームラン。いきなりのトールちゃんのミスで、早くも2点も奪われてしまったのだ。
 その後も、トールちゃんは失敗続きだった。
しかも、いつもの暴走気味のハッスルプレーがわざわいしていたのではない。消極的なプレーでのミスばかりが目立っていた。
 守備では、いつもならなんでもないようなフライを、および腰で落球してしまった。
 バッティングでは、一球も振らずに見送りの三振。やっと四球で出塁したと思ったら、けんせい球であっさりさされてしまった。
 失敗しないように、失敗しないようにと、気をつければつけるほど、かえってつまらないミスをしてしまうようだ。
 芳樹の目から見ても、トールちゃんの持ち味である思いきりの良さが、完全に失われていた。
「うーん。せっかくおとうさん、おかあさんに来てもらったから、まさか代えるわけにもいかないしなあ」
 ベンチの中で監督がうめいているのが、すぐそばのサードを守る芳樹にも聞こえてきた。
 それでも、相手チームのミスにも助けられて、この試合もなんとか8対7で勝利をおさめることができた。
 これで、来週の準決勝に進出だ。それにも勝てれば、いよいよ優勝をかけての大一番となる。
 試合後、いつものようにベンチ前に選手が整列した。
「ありがとうございました」
 いっせいに帽子をぬいで、応援団に礼をした。
「いいぞお」
「来週も頑張れよ」
応援席からは、いっせいに声援がとぶ。
 しかし、トールちゃんの両親だけは、いつのまにかバックネット裏から姿を消してしまっていた。

 次の日曜日。今日も朝から晴れ上がって、もってこいの野球日和だ。
 準決勝の相手は、城山ジャガーズ。秋の新人戦では優勝している強豪チームだった。
 この強敵に勝てれば、いよいよ午後には決勝戦だ。
「お願いしまーす」
 ホームプレート前で、両チームの選手が元気良く礼をした。
 後攻のヤングリーブスのメンバーが、いっせいに駆け足で守備に散っていく。
「がんばれーっ」
「落ち着いていけーっ」
 ベンチ裏に陣取っていたヤングリーブスの応援団も、いつもより盛り上がっている。
 ジャガーズの先頭バッターが、バッターボックスに入った。
「しまっていこーっ」
 キャッチャーの康平が、マスクをはずして守備陣に声をかける。
「がんばっていこうぜい!」
 センターの方から、いつもよりも大きなトールちゃんの声が、グラウンドに響き渡った。
(そうか!)
 芳樹は、トールちゃんの両親の姿が、応援席にもバックネット裏にも、見えないことに気がついた。

 目の高さぐらいのくそボールだった。
 でも、トールちゃんは、大根切りで思いっきりバットを振ってしまった。
「あっ、ばか」
 監督のうめき声が、ネクストバッターサークルの芳樹にも聞こえた。
 最終回の裏、4点差で負けているけれど、ツーアウトながら満塁のチャンスを迎えていた。しかも、ツーストライクスリーボール。見逃せば押し出しで3点差になる場面だった。
 トールちゃんの打球は、ショート真っ正面のゴロ。
(万事休す)
 と、思った瞬間、小石にでも当たったのか、ボールがポーンと跳ね上がった。ショートのグローブをかすめて、左中間を抜けていく。
 スタートを切っていた満塁のランナーが、続々とホームへ帰ってくる。トールちゃんも三塁をけると、バンザイしながらホームイン。
 ランニング満塁ホームラン。ヤングリーブスは土壇場で、9対9の同点に追いついた。
 トールちゃんは、監督やコーチたち、それにベンチのみんなと、ハイタッチをして大はしゃぎだ。
「さすが、トールちゃん」
「ラッキーボーイ」
 応援団からも声がかかる。ゲームは、完全にヤングリーブスペースになった。
 でも、次の芳樹は残念ながらピッチャーゴロに倒れて、試合は延長戦にもつれ込んだ。

「うっ、まずい」
 ベンチの中で監督がつぶやくのが、グローブを取りに戻った芳樹に聞こえた。
 振り返ると、グラウンドの向こうの方からトールちゃんの両親の姿が見えた。二人とも、何やら大きなビニール袋をかかえている。
 この試合に両親が来なかったせいか、トールちゃんはいささかやけっぱちに見えるほどの思い切ったプレーを見せていた。
 守備では、右中間を抜けそうな当たりをダイビングキャッチ。四球で塁にでれば、ノーサインなのに強引に走って、二盗、三盗を決めていた。
 そして、極めつけがさっきの大根切りランニング満塁ホームランだ。
 でも、それがチームにツキを呼び寄せて、強豪ジャガーズと互角の試合をしていた。
 しかし、おとうさんとおかあさんが、来てしまったのだ。
(先週の二の舞にならなければいいけど)
と、芳樹は思いながらサードの守備位置につくと、心配そうにセンターのトールちゃんの方をみた。
「ピッチ、打たせていこうぜい」
 あいかわらず元気に、トールちゃんがさけんでいる。どうやら、両親が来たことにまだ気づいていないようだ。
(どうぞ、このまま気がつきませんように)
 芳樹は、思わず野球の神様(?)に祈った。
 少年野球の延長戦は、試合時間を短くするために促進ルールで行われることが多い。ノーアウト2塁3塁の場面で、何点取れるかを競うのだ。
 先攻のジャガーズのランナーたちが位置についた。芳樹は三塁ベースについて、けんせい球に備えた。
 ピッチャーの誠くんは、ボールを散らして、相手になかなかスクイズをさせなかった。
 ツーストライクツーボール。
 次が勝負だ。
スリーバントスクイズをやってくるか? それともヒッティングか?
(うまい!)
 芳樹は、サードベースで思わず感心してうなった。
 誠くんが、うまくボールを外角高めにはずして、先頭バッターのスクイズをファールさせたのだ。スリーバント失敗の三振なので、これでワンアウトになった。
 ホームへスタートを切っていた三塁ランナーが、ベースに戻ってくる。
 サードの芳樹がすぐそばの応援団をチラッと見ると、トールちゃんのおかあさんがニコニコしながら大きな袋を誠くんのおかあさんに渡している。どうやら差し入れのようだ。ひげのおとうさんも、今日はバックネット裏ではなく、応援団の中に腰をおろしている。
「バッチ、いいぞお」
 トールちゃんの大声がグラウンド中にひびいた。
(まだ、だいじょうぶだ。気がついていない)
 芳樹は、また試合に集中した。
 続くバッターへの誠くんの第一球。
 カーン。
 大きなフライがセンター方向に飛んでいった。
 でも、俊足のトールちゃんはすばやくバックすると、すでに落下位置に入っている。
 しかし、サードランナーがタッチアップでホームインするには、十分な飛距離だ。
 トールちゃんは、少しうしろに下がってから前に出ながらキャッチして、すごい勢いでバックホームした。
「ダイレクト!」
 芳樹が大声で叫んで、中継に入ろうとした誠くんをとめた。
 いいボールが、マウンドの前でワンバウンドして、ホームへ戻ってくる。
 キャッチャーの康平は、ホームをがっちりとブロックしながらキャッチすると、スライディングしてくるランナーにすばやくタッチした。
「アウート」
 主審が叫んだ。
 一瞬のうちにダブルプレーが成立して、ヤングリーブスは促進ルールを見事に無失点で切り抜けたのだ。
 次はヤングリーブスの攻撃の番だ。
 前の回のバッターがランナーになるので、三塁ランナーはトールちゃん、二塁ランナーは芳樹だ。
 トールちゃんがホームを踏んだ瞬間に、サヨナラ勝ちでゲームセットだ。
 二人が位置につくと、三番バッターの康平が素振りしながら、バッターボックスに入った。
「リーリーリー」
 トールちゃんは慎重にリードを取りながら、大声で相手ピッチャーをけんせいしている。
(まだ、気づいてない)
 トールちゃんは、おとうさんとおかあさんが来ていることに、まだ気がついていないようだ。
「石岡、思い切って打っていけ」
 監督がバッターを名字で呼ぶのは、スクイズのサインだ。
(あっ!)
 バッテリーが、外角高めに大きくボールを外した。スクイズをよまれたのだ。康平は飛びつくようにしてバットを出したが届かなかった。スクイズ失敗で三塁ランナーがはさまれてしまう。
 ところが、三塁ランナーのトールちゃんはスタートをきっていなかった。ベースについたままのんきな顔をしている。得意のサイン見落としだ。
でも、おかげで、アウトにならないですんだ。
ツーストライクに追い込まれた康平は、スクイズはやめてバッティングに切り換えている。
ピッチャーが三球目を投げ込んできた。
康平は振り遅れて、二塁手正面のゴロだった。バックホームに備えて二塁手は浅く守っていたので、三塁ランナーのホームインは無理だ。
(あっ!)
 トールちゃんがホームへ突っ込んでいく。暴走だ。
二塁手がバックホーム。タイミングは完全にアウトだった。
 しかし、トールちゃんは猛烈な勢いでスライディングして、キャッチャーに激突していった。
 ガツーン。
 次の瞬間、キャッチャーのミットから、ボールがコロコロとこぼれ出た。
「セーフ、ホームイン、ゲームセット」
 ヤングリーブスのサヨナラ勝ちだ。
 ベンチからメンバーが飛び出していく。芳樹も遅れずに走り寄った。
みんなにもみくちゃにされながら、トールちゃんはバンザイしている。
ヤングリーブスの応援団も大騒ぎだ。その中で、トールちゃんのおとうさんとおかあさんも、同じようにバンザイしていた。



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キャッチボール

2020-05-04 09:49:20 | 作品
 五年生以下のBチームの試合が始まった。先頭バッターの打球は、平凡なショートフライだった。これなら、フライが苦手なショートの良平でもOKだ。サードの芳樹は、ボールを見上げながらすっかり安心していた。
 ところが、「オーライ、オーライ」の声が、良平からなかなか聞こえてこない。ボールを取るほうが声をかけるのが決まりなのだ。
(あーあ、また声を出してない。後で、監督に怒られちゃうのに)
と、芳樹はまだのんびりと考えていた。
 ところが、
「ショート!」
 急に監督の怒鳴り声がして、あわてて横を見た。すると、良平も、その場に突っ立ったままこっちを見ている。
(やべっ!)
 あわてて動き出したのは、二人同時だった。頭上を見上げてグラブを差し上げたまま、両側からヨタヨタとボールを追っていく。
(あっ!)
 三遊間のショートよりの所で、二人はぶつかってしまった。ボールは芳樹のグローブにあたって、外野の方へころがっていく。レフトの隼人が前進してやっとボールを拾い上げたときには、バッターはゆうゆうとセカンドベースにまで進んでいた。

「良平、一回のフライの時、なんで芳樹の顔を見てたんだ」
 監督がこわい顔をして、良平をにらみつけていた。試合後の反省ミーティングで、みんなは監督のまわりをグルリと取り囲んでいた。
「……」
 良平は、何もいえないでうつむいている。
 開始早々のあのミスをきっかけに、初回だけで大量七点も奪われてしまった。その後は、けんめいに反撃してなんとか二点差まで追い詰めた。でも、とうとう追いつけないまま敗戦が決まっていた。グラウンドでは、六年生たちのAチームが試合前の練習を始めている。
「なんでもないショートフライじゃないか。いつも芳樹にたよってばかりじゃだめだぞ。自分で取りに行かなきゃ」
 監督の声は、ますます大きくなっていく。
チラッと横目で見ると、良平の目はすっかりうるんでしまっている。まわりのみんなもうなだれたまま黙っていた。
「なんだ、もう泣いてるのか。泣けば解決するってもんじゃないぞ」
 監督が大声でどなった時、とうとう良平は泣き出してしまった。

「ねえ、よっちゃん」
 試合からの帰りの車の中で、良平が芳樹の横っぱらをつつきながらささやいた。
「なあーに?」
 芳樹が大きな声を出すと、良平は口の前に人差し指を立てて前の座席をチラリと見た。そこでは、芳樹のおとうさんが車を運転している。
(なあーに?)
 声をひそめて聞きなおすと、
「おれ、もうすぐチームをやめるかもしれない」
と、良平も小さな声でいった。芳樹はびっくりして、良平の顔をみつめてしまった。今年になってから、すでにゴンちゃんとアルちゃんがチームをやめていた。今では、四年生は二人だけになっていたのだ。
「どうして?」
「だって、監督がガミガミおこってばかりなんだもん」
 そういわれれば、たしかにそのとおりだ。芳樹たちの少年野球チーム、ヤングリーブスの監督は、町に六つあるチームの中でも、一番おっかないので有名だった。けれど、ここで良平にまでやめられてしまったら、これからBチームはどうなってしまうのだろう。五年生は四人いるけれど、三年生は三人だけだから、今でも九人ギリギリだった。このまま良平がやめたら、もう試合もできなくなってしまうかもしれない。芳樹はすっかり心細くなって、平気な顔をしてすましている良平の横顔をみつめた。

 次の日の昼休み、良平が芳樹の机のそばにやってきた。なぜか、前にチームにいたアルちゃんが一緒だった。 
「よっちゃん、おれ、やっぱりチームをやめることにしたよ」
 良平は、いきなり芳樹にそういった。
「えっ、そんなあ。そしたら、四年は、ぼく一人になっちゃうじゃない」
 芳樹があわてていうと、
「でも、おこられてばっかりで、つまらないんだもん。おかあさんに話したら、そんなにいやならやめてもいいよって、いってるし」
「そうだ。よっちゃんも、いっしょにやめちゃえばいいじゃん」
 横から、アルちゃんが無責任に口をはさんできた。そういえば、この二人は、最近よくいっしょに遊んでいる。もしかすると、良平がやめたいといい出したのも、アルちゃんに、そそのかされたせいかもしれない。
「うーん、でもなあ」
 たしかに、監督にしょっちゅうおこられるのは、芳樹もいやだった。でも、ようやく試合に出られるようになったのに、やめてしまうのはもったいないような気もする。
「よっちゃん、チームをやめないんなら、次の時、おれがやめること、監督にいっておいてよ」
「そんなあ、自分でいえよ」
 良平は、こまっている芳樹を残して、アルちゃんといっしょにさっさと行ってしまった。

 その日の夜、芳樹はテレビを見ながらビールを飲んでいるおとうさんのそばに行った。
「おとうさん、もしもの話だけど、聞いてくれる?」
「なんだい?」
 おとうさんは、おいしそうにビールを飲みほした。どうやらきげんはよさそうだ。
「もしもの話だよ」
「だから、なんのことだい?」
 芳樹は思いきって、ヤングリーブスをやめてもいいかどうかを聞いてみた。
「ふーん、でも、いきなりどうしたんだい? この前までは、試合がおもしろいって、はりきってたじゃない」
 おとうさんは、コップにつぎかけた缶ビールを持った手をとめたままいった。
「監督がね、ちょっとしたミスでも、すぐにガミガミおこるからいやなんだ」
 良平のこともいおうかなと思ったけれど、なんだか人のせいにするようなので黙っておいた。
「ふーん、でも、それは芳樹に一人前のサードになってもらいたくて、期待してるからじゃないかな」
「だけど、いろんなことを一度に注意されて、頭がこんがらがっちゃうんだよ」
「でもなあ、それはぜいたくな悩みなんだぞ。にいちゃんなんか、五年になってから野球を始めたから、やっと試合に出られるようになったのは、六年になってからだぞ」
 黙々と練習を積んでレギュラーを勝ち取ったにいちゃんのことは、いつも監督やコーチたちがほめている。おとうさんも、それにはすごく満足しているようだった。それにひきかえ、すでに試合に出ているくせにやめようとしている芳樹には、かなりがっかりしたみたいだった。

次の練習の時だった。ヤングリーブスがホームグラウンドにしているのは、芳樹たちの若葉小学校の校庭だ。集合場所には、もうメンバーのほとんどが集まっていた。
 でも、良平の姿だけは見えなかった。
「あれっ、芳樹。良平はどうした?」
 集合時間になったとき、キャプテンの明が聞いてきた。いつも二人でいっしょに来るからだ。
「わかりません」
「連絡網でも、何もいってこなかったし。しょうがねえなあ、ズル休みかあ」
 キャプテンはそういうと、他のメンバーを集めて監督たちの前に整列させた。
 その日、良平は、とうとう最後まで練習に姿を見せなかった。

 その日の夕方、芳樹は家の横手で「壁当て」をやっていた。ボールを家の壁やへいなんかにあてて、そのはねかえりをキャッチする練習だ。キャッチボールと違って、一人でだってできる。それに、ピッチングとゴロキャッチの両方の練習になった。
芳樹の家のへいは石垣ででこぼこしているので、はねかえる方向が予測できない。だから、ボールを投げたら、すばやく左右に動いてキャッチしなければならなかった。
 芳樹は、まだ四年生なのに、Bチームでサードをまかされていた。本当なら、五年生たちが守らなければならない重要なポジションだ。サードはバッターからの距離が短いから、すばやく左右にダッシュしなくてはならない。まだうまくできなくて、ノックでは監督にしかられてばかりだ。
 なんとかうまくなろうと、今日も、さっきからもう三十分以上も「壁当て」を続けている。 
 それでも、なかなかうまくできない。
 またボールを投げた。すばやく腰を落として、グローブを地面すれすれに構える。
(右だ)
 はねかえってくる方向に合わせて、すばやくすり足でダッシュする。
(あっ!)
 ボールを、グローブで大きくはじいてしまった。どうしても、すり足でダッシュする時に、グローブの位置が高くなってしまう。地面すれすれにグローブを構えたまま、移動するのが難しかった。
「よっちゃん」
 ふりかえると、声をかけてきたのは良平だった。
ベスの夕方の散歩らしい。ベスは、良平の家で飼っているミニチュアダックスだ。耳がたれていて、短いしっぽがかわいらしい。良平は、今日のヤングリーブスの練習をさぼったくせに、ケロリとしている。
(本当にヤングリーブスをやめちゃうのか?)
 のどからでかかったことばを、けんめいに飲み込んだ。なんだか聞いてしまったら、本当になるようでこわかった。
「壁当て、やってるんだ?」
 かけだそうとするベスをひっぱりながら、良平がいった。
「なかなかうまくいかないんだよ」
 芳樹は、息をはずませながら答えた。
「ふーん。ちょっと、やらしてみて」
 良平は芳樹のグローブを受け取ると、ベスのロープを芳樹に渡した。
「ベス」
 芳樹は、ベスの頭をなでてやった。ベスは、芳樹の手をペロペロとなめた。
良平は、大きくふりかぶって第一球を投げた。ボールは石垣にあたって、大きく左側にはねかえった。
(間に合わない!)
と、思った瞬間、良平はすばやくまわりこんでキャッチしていた。
 その後も、良平は右に左に機敏に動いて、上手に壁当てをこなしていた。
 今まで芳樹は、良平のことを守備が下手だと思っていた。でも、こうしてみるとなかなかのものだ。もしかすると、おっかない監督にビビッて、チームの練習や試合では、実力が発揮できていないのかもしれない。
(でも、待てよ)
 良平の守備位置はショートだ。ショートといえば、たんにゴロやフライを取るだけではだめだ。ダブルプレーや盗塁阻止など、いろいろとやらなければならない。そんな守備のかなめを、良平はまかされていた。 やっぱり良平も、監督に期待されているのかもしれない。
 30球ほどやってから、良平は壁当てをやめて芳樹にいった。
「そうだ、よっちゃん。キャッチボールやらないか?」
 良平はそういうと、ベスを連れて自分の家の方へかけていった。

 良平は、すぐにグローブを持って戻ってきた。
「じゃあ、やろうぜえ」
と、ポンポンと自分のグローブをたたきながらいった。
「行くぞ」
 芳樹は、ゆるい山なりのボールを良平に投げた。
 ポン。
軽い音を立てて良平がグローブでキャッチして、やっぱりゆるいボールを返す。
こうして、二人のキャッチボールが始まった。
 はじめは、ゆっくりと大きなホームで投げる。良平も、同じようにゆったりと投げかえす。なんだか、のんびりとしたいい気分だ。
 チームに入ってすぐのころは、練習から帰ってからも、よく二人でキャッチボールをしたものだった。
でも、そのうちに、だんだんやらないようになってしまった。今では、チームの練習以外には、ぜんぜんといっていいほどキャッチボールをやっていなかった。

 芳樹たちに、キャッチボールの大切さを教えてくれたのは監督だ。
チームに入って、最初の練習の時だった。
「一球、一球を大事にしなくてはいけない」
 監督は、みんなを見ながら大きな声でいった。
「キャッチボールは、野球の練習で一番大事なんだ。投げる、ボールを見る、ボールをキャッチする、相手との呼吸。すべての野球の要素が、この中に入っている」
 そういってから、新入りの子たちを上級生たちと組にならせた。
「じゃあ、はじめ」
 監督の合図とともに、キャッチボールが始まった。
 上級生たちは、新入りの子たちでも取りやすいようなゆるい球を投げてくれた。そして、こちらが暴投しても、すばやく動いてボールをキャッチした。
(早くこんなふうにうまくなりたいな)
 その時、そう思ったことを今でも覚えている。
 ふだんの練習でも、監督はキャッチボールにたっぷりと時間を取っている。そんな時、芳樹はいつも良平と組になってやっていた。
 でも、今日の練習では良平がいなかったので、他の人と組まなければならなかった。

 5球、……、10球、……。
 投げ合っているうちに、だんだん二人の投げるボールは速くなっていった。
 芳樹は、良平の一番取りやすい所に投げることに気を集中して、ボールを投げていた。そうすると、不思議なもので、良平も芳樹が取りやすいボールを投げてくれる。
 シュッ、……、バーン。
シュッ、……、バーン。
軽快なリズムにのって、キャッチボールは続いていく。投げるにつれて、二人の投げる球はますます速くなっている。
大きく振りかぶる。力いっぱいボールを投げる。
 シュッ、……、バシーン。
 気持ちのいい音を立てて、ボールが良平のグローブに吸い込まれていく。
今度は、良平がゆったりした大きなモーションで返球してくる。
 シュッ、……、バシーン。
 芳樹のグローブも、いい音を響かせていた。
 ボールの気持ちのいいひびきを聞いていると、もやもやしていた気持ちがだんだんはれてくるのを芳樹は感じていた。もうヤングリーブスをやめるつもりはなかった。
 気持ちがよかったのは、芳樹だけではないようだった。良平も、久しぶりに晴れ晴れとした表情でボールを投げている。
(やっぱり良平も野球が好きなんだな)
と、芳樹は思った。
 小さいころから、良平とは何をやるのも一緒だった。幼稚園でも、学校でもずっと同じクラスだ。
 ヤングリーブスに入ったのも、二人同時だった。
(これまでどおり、一緒にチームでがんばっていきたい)
 良平にも、そんな気持ちがあったはずだ。
(もしかすると、やめるのを思い直してくれるかもしれない)
 芳樹は、そんな気がだんだんしてきていた。
 暗くなってすっかりボールが見えなくなるまで、二人はキャッチボールを続けた。

 次の週の日曜日、リトルダンディーズとの練習試合があった。今日は、ヤングリーブスのホームグラウンドの若葉小学校の校庭で、行われることになっている。
 チームの集合時間になった。
しかし、この日も、良平は姿を見せなかった。
 試合前のグラウンドの準備が始まっても、芳樹は何度も校門の方を振り返ってみていた。
 でも、とうとう良平はやってこなかった。
(やっぱり、良ちゃんはやめちゃうのかなあ)
 そう思うと、芳樹はすっかりがっかりしてしまった。この前のキャッチボールの時は、チームに戻ってくれると思ったのに。
 これで今日のBチームの試合は、いつもの守備位置が組めなくなっていた。
良平の代わりに、ショートは三年生の隼人が守ることになった。隼人の守っていたレフトには、まだチームに入ったばかりの二年生が入らなければならない。すっかり心細いチームになってしまった。
(おれがやめること、監督にいっておいてよ)
 いつかの良平のことばがよみがえってくる。もちろん芳樹は、監督にはまだそのことはいっていない。良平がやめてしまうなんて、どうしても信じたくなかった。
「ヤンリー、ファイト」
「オー」
「ファイト」
「オー」
 試合前のウォーミングアップのランニングが終わった。
 みんなは、二列にひろがってキャッチボールを始めた。いつもは良平とやるのだが、今日も隼人と組になった。
 バーン。……。バーン。
(あっ!)
 隼人が投げたボールが高すぎて、グローブをかすめて後へいってしまった。
(やっぱり良平とでなくっちゃ、あの気持ちのよいリズムは生まれてこないなあ)
 芳樹はボールを追いかけながら、そんなことを思っていた。そして、キャッチボールを続けながら、良平がやってこないかと、芳樹は何度も校門の方をふりかえった。
 パパーン。
 クラクションを鳴らしながら、自動車が校庭のはずれの駐車場に入ってきた。相手チームのリトルダンディーズが、車に分乗してやってきたのだ。
 でも、良平は、とうとうグラウンドに現れなかった。

 Bチームの試合が、始まろうとしていた。
後攻のヤングリーブスが守備位置についた。
芳樹は、サードから隣のショートの方を見た。いつもなら、良平がこっちにむかって手をあげて、元気よく合図をしてくれる。でも、今日は隼人が、慣れない守備位置で不安そうに守っていた。
「隼人、ガンバ」
 芳樹は守備位置から声をかけた。
「うん」
 隼人が小さな声で答えた。
 試合が始まった。
 カーン。
いきなり打球がショートへ飛んだ。正面のゴロだ。良平ならなんなくさばけるところだ。
 でも、打球は、隼人がへっぴりごしで出したグローブの先をかすめて、左中間に抜けていった。そこには、初出場の二年の雄介が守っている。ボールはそこもぬけて、外野のうしろを転々ところがっていった。
 ランニングホームラン。あっという間に、一点取られてしまった。

 その後も、試合は相手チームの一方的なペースで進んでいった。二回を終わって、すでに7対0。
 その間に、ショートへは何度かゴロがきた。
でも、隼人は、ボールにさわることすらできなかった。
 ベンチに戻るたびに、芳樹は何度も校門の方を見た。
あいかわらず良平の姿は見えない。
(やっぱり、今日も来ないのかなあ)
 そう思いながらも、良平とキャッチボールをした時のことを思い出していた。キャッチボールを終える時、良平はじつに晴れ晴れとした顔をしていた。
「やっぱ、キャッチボールって、気持ちいいな」
 良平は山なりのボールを投げながら、こちらに近づいてくる。
「そうだね」
 芳樹もうなずいた。
「チームの練習の時は、そんな風に思わなかったのに」
 良平が、不思議そうに首をひねっている。
「やっぱり良ちゃんは野球が好きなんだよ」
 芳樹がそういうと、
「うん、そうかもしれないね」
 良平は、素直にうなずいていた。芳樹たちは、これからも時々キャッチボールをやろうと約束して別れた。
(あのときは、チームをやめないと思ったのに)
 芳樹はがっかりして、
(試合が終わったら、良平がやめることを監督に話さなければならないなあ)
と、考えていた。

 三回の表の時だった。この回もたくさん点を取られて、なお相手の攻撃中だった。
(あっ!)
 ふとふり返ると、校門のあたりに良平がいるのが見えたのだ。ちゃんとユニフォームを着ている。監督にやめるのをいいにきたのじゃなさそうだ。
(良かったあ、やっと来てくれた)
 やっぱり、チームをやめるのを思い直してくれたのだ。
 良平は、ノロノロとなんとかベンチのそばまではやって来ていた。
 でも、そこで立ち止まってしまった。もしかすると、来るのが大幅に遅れてしまったので、監督になんていえばいいのかわからないのかもしれない。たしかに、へたをするといつものようにガミガミおこられてしまうだろう。
 良平は、その場に立ちすくんだままになっている。
(うーん)
 芳樹は、早く良平のところへ行ってやりたくてうずうずしていた。手をひっぱっていって、監督のところへ連れて行こう。
(早くチェンジにならないかなあ)
 芳樹は気合を入れて、相手のバッターをにらみつけてやった。
 カーン。
三遊間に強いゴロがきた。芳樹が思いっきり横っ飛びすると、ボールがすっぽりとグローブにおさまった。 すばやく立ちあがって、一塁へ送球。
「アウトーッ」
 間一髪、間に合った。これで、延々と続いていた相手チームの攻撃がようやく終わった。
「芳樹、ナイスプレー!」
 監督が、めずらしく大きな声で芳樹をほめた。
 攻守交代で、みんなはベンチへかけていく。
でも、芳樹だけはベンチを素通りすると、良平の所にかけよっていった。
「よっちゃん、すごいなあ。ダイビングキャッチ」
 良平が、少し照れくさそうにいった。
「そんなことより、早く監督の所へ行けよ」
 芳樹に背中を押されるようにして、良平はおずおずと監督の方へ近づいていった。
 でも、良平に気づいた監督の顔が、みるみるけわしくなっていく。
(あっ、やばい!)
 監督が、良平をどなりつけようとしている。
 しかし、監督は大きく一つ深呼吸すると、
「良平、よく来たな。途中から試合に出すから、ウォーミングアップしとけ」
と、いっただけだった。もしかすると、監督も良平のことを心配してくれていたのかもしれない。
 芳樹はホッとして、良平にむかってニヤッとわらってみせた。良平も、少し恥ずかしそうにわらっていた。

 けっきょくその日の試合も、3対18でヤングリーブスが大敗した。前半の大量失点でやる気を失ったせいか、攻撃の方もさっぱりだった。
 とうぜん反省ミーティングでは、今日も監督にみっちりしぼられた。五年生から順番に、その日のプレーについてさんざん文句をいわれている。
 良平も、いつもとかわりなくガンガン叱られていた。四回からショートに入って、簡単なフライを落としたり、サインを見逃したりしたからだ。良平は、いつものように涙目になっている。
 芳樹も、「もっと前へ突っ込め」とか、「いくじなし」とか、さんざん監督にいわれた。三回のファインプレーのことなんか、すっかり忘れてしまったようだ。
 でも、今日は不思議と、監督にどなられてもぜんぜん気にならなかった。そんなことより、良平が戻ってきてくれたことの方がずっとうれしかったからだ。
 最後に、いつものようにみんなで円陣を組んだ。芳樹は五年生たちに頼んで、真ん中で号令をかける役を良平にやらせてもらった。
 良平は円陣の中にしゃがみこむと、両耳を手でふさいで思いっきり叫んだ。
「ヤンリー、ファイトッ!」
「オーッ!」
 芳樹も、他のチームメイトに負けないような大声で叫んでいた。




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庄野潤三「蟹」プールサイド小景・静物所収

2020-05-03 11:57:46 | 参考文献
 1959年11月号の「群像」に掲載されて、翌年に中短編集「静物」に収録された短編です。
 この後に続く「静物」や彼のライフワークになる家庭小説(「絵合わせ」、「夕べの雲」など)のスタイルが確立したエポックメイキングな作品です。
 海辺の宿(その後民宿と呼ばれるような小さな宿ですが、画家が海辺を写生するために使われることが多いので、個々の部屋にセザンヌ、ルノワール、ブラックなどの洒落た画家の名前がついています)に4日間滞在する家族(父親(主人公)、母親(文中では細君と表記されています)、女の子(小学六年生)、男の子(小学二年生)、小さい男の子の五人で、これは作者の実際の家族構成と同じです)の何気ない日々の様子(部屋の中でも会話、両隣のやはり子供連れの家族とのふすま越しの交流(?)、海辺の様子など)を描きながら、生きることの意味(味わいといったほうが正確かもしれません)までもを描き出していきます。
 さらに、この作品で、作者は一家の中心としての「父親」という自分自身のポジションを確立して、この後の作品でそれをより強固なものにしていきます。
 他の家族は、あくまでも中心である父親との、相対的なものとして描かれることになります。
 配偶者は、母親でもなく、妻でもなく、ましてや個人名でもなく、あくまでも「細君」なのです。
 女の子はあくまでも長子との役割ですし、男の子は姉に対しては弟で、弟に対しては兄の役割ですし、下の男の子はあくまでも末っ子の役割が与えれています。
 このスタイルは、その後の作品で、若干のバリエーションはあるものの、作者の晩年の老境小説に至るまで、終始一貫しています。
 そのため、長年の読者(私もその一人ですが)、子どもたちの成長をまるで親戚か何かのようにして味わうことになります。
 こうした作者の作風は、巻末の山室静の解説にあるように、ともすれば「小市民的」と批判を受けました。
 しかし、作者は頑なにこのスタイルを終生守り続け、より強固なものにしていったのです。
 また、その家族観は、私が学生だった1970年代でも、もう古風なものでした。
 でも、それは滅び去る古き佳き時代を懐かしむような感覚を味合わせてくれました。
 そう言えば、ちょうど私が二十歳の時に、作者の作品を薦めてくれた同年の友人は家族関係がうまくいっていませんでした。
 彼にとっては、作者の作品を読むことは、家族とあるべき関係を得ることの代償行為だったかも知れません。






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ある天文学者の恋文

2020-05-03 11:08:30 | 映画
 2016年公開のイタリア映画(英語とイタリア語が使われています)です。
 世界的な天文学者が、自分の死ぬ直前の三ヶ月間に、年の離れた恋人(大学院博士課程の学生ですが、スタントマンのアルバイトもやっていて、無謀なことからカミカゼと呼ばれています)のために、膨大な手紙、メール、ビデオレターなどを残して、彼の死後、弁護士などを通して、彼女が助言を必要であろう時に送り届けるという風変わりなラブストーリーです。
 すごくいいいタイミングで恋文が送られてくるので、最初は彼女は彼が生きていると思っていました。
 しかし、大学での天文学の授業中に、黙祷を捧げるために彼が死んでいることを教員から知らされてからは、なぜまだ恋文が送られてくるかの謎解きが始まります。
 また、途中で、彼が彼女の母親との和解(彼女の運転する車で事故があって、実の父親を亡くしたのが原因のようです)を勧めた時に、一旦二人の関係が解消されるというアクシデントもあって、ストーリーを盛り上げます。
 結論から言うと、彼の助言のもとで、母親とも和解し、博士号も獲得し、憎まれていた博士の遺族(特に娘。彼女と三ヶ月しか年が違わない)とも何故か和解でき、新しい恋人(今度は年相応な)も出現しそうな、彼女にとってはハッピーエンドなのですが、どうも見終わった後でしっくり来ません。
 それは、天文学者とその若い恋人の馴れ初め(六年前だとされています)が描かれていないので、なぜここまで互いに惹かれるのかがもう一つはっきりしないからでしょう。
 彼女が、実の父親を自分の運転でなくしたことによる一種のエディプス・コンプレックスだということは類推できますし、天文学者が提供したゴージャスな関係(イタリアの別荘での暮らしも含まれます)も想像できるのですが、それだけでこの狂気とも言えるほどマニアックなことをする(それはこの映画の最大の見せ場ですし、けっこう面白いのですが)老人をここまで愛する理由がわかりません。
 天文学者の方でも、この若い女性(大変個性的な魅力を持っていますが)にここまで夢中になる理由がはっきりしません。
 家族との不和、一種のロリータ・コンプレックス、自分の死を意味づけるためなどの理由が考えられますが、いずれにしてもエピソードとしてきちんと描かれていないので、想像の域を出ません。
 一つ一つの場面は非常におしゃれに魅力的に作られているのですが、どこか作り物めいてもうひとつ観客の心に響いてこないのです。



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座頭市二段斬り

2020-05-03 09:30:36 | 映画
 1965年公開の娯楽時代劇です。
 1960年代から1970年代にかけて、26本も制作された勝新太郎主演の人気時代劇シリーズの第10作です。
 現在見ると、マイノリティへの配慮などに欠ける点はありますが、娯楽映画のつぼをよく捉えて作られています。
 盲目でありながら居合い切りの達人という設定を最大限に活かした作品構成になっていて、観客のフラストレーションを徐々にためておいて、ラストで一気に解放します。
 ストーリーは水戸黄門のような勧善懲悪のパターンをきちんと踏襲していますし、登場する悪役も典型的なキャラクター(金と色にまみれた悪代官、あこぎな町の顔役、腕の立つ用心棒など)に設定されています。
 最大の見せ場である殺陣のシーンはたっぷりと時間を取っていて、興ざめな出血シーンなどは一切なく、一種の観客とのお約束の中で、バッタバッタと悪人を百人ぐらい斬り倒す爽快感だけが残ります。
 その一方で、坪内ミキ子、三木のり平、加藤武、小林幸子(子役)などの役達者が脇を固めているので、演技や挿入歌の水準も意外に高いものがあります。
 この映画シリーズは勝新太郎の代表作で、一定以上の年齢の観客にはお馴染みになっているので、1974年には勝新太郎主演のテレビ・ドラマ・シリーズ、1989年には勝新太郎自身が監督したリバイバル作品、2003年には北野武監督主演の作品なども作られました。


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