これは誤解のないように願いたいか、親が我が子(特に長子)を神様に捧げるということがある。それだからと言って、オドロオドロシイ異教のように、犠牲の供えものにしたりはしない。ただ、大切な初穂を神様に捧げるという、親の信仰を現したものだ。

写真はヨハネの洞窟修道院のテラスのような所で、P牧師が生後間もない長男のヨハネ君を捧げた所だ。眼下には美しいスカラの海と町が広がっている。別に捧げようとしてやって来たのではない。ただこの場で祈っていた時、神様の強い促しに従っての行いのように聞いている。そのヨハネ君は、今や伝道師であり、献身者だ。

私も長女を、ヨハネ君より5年くらい前に捧げたことがある。捧げた、と言うより「捧げさせられた」という感覚が強い。それは前妻がまだ百日にもならない長女を残して入院し、仕方がないので粉ミルクを飲ませようとした時、口の周りに、ドーナッツ状の発疹を起こした。

あわてて医院に行くと、「粉ミルクのアレルギーです」とのこと。で、帰ってはみたものの、「ではどうすればいい?」の爆発しそうな思いだった。今時、乳母の心当たりはない。目の前の娘は重湯だけではアウトになって来ており、おっぱいを求めてますます泣き声を上げ出す。この時ばかりは私は娘に負けずに泣いた。
娘を抱くと、娘は私のおっぽいまで吸い付いてきた。それで私はたまらなくなって、両腕で娘を高く上げ、「神様、この娘をあなたに捧げますから、どうか今、助けてください!」と。
その祈りが終わった途端、入院している病院から、母乳を専用のパックに搾取して冷凍、家に持ち帰るという解決策の電話が鳴ったのだ。何というタイミングであることか!「ああ、神様にやられたなあ」とその時には私は思った。
今となっては、大感謝なのだが、その当時は献身者は清貧と気苦労が絶えない、割りに合わない職業であって、そんな苦労する人生に娘を投げ入れてしまったような気がした。そのうち長女は、必ず献身の道をたどることだろう。
ケパ

写真はヨハネの洞窟修道院のテラスのような所で、P牧師が生後間もない長男のヨハネ君を捧げた所だ。眼下には美しいスカラの海と町が広がっている。別に捧げようとしてやって来たのではない。ただこの場で祈っていた時、神様の強い促しに従っての行いのように聞いている。そのヨハネ君は、今や伝道師であり、献身者だ。

私も長女を、ヨハネ君より5年くらい前に捧げたことがある。捧げた、と言うより「捧げさせられた」という感覚が強い。それは前妻がまだ百日にもならない長女を残して入院し、仕方がないので粉ミルクを飲ませようとした時、口の周りに、ドーナッツ状の発疹を起こした。

あわてて医院に行くと、「粉ミルクのアレルギーです」とのこと。で、帰ってはみたものの、「ではどうすればいい?」の爆発しそうな思いだった。今時、乳母の心当たりはない。目の前の娘は重湯だけではアウトになって来ており、おっぱいを求めてますます泣き声を上げ出す。この時ばかりは私は娘に負けずに泣いた。
娘を抱くと、娘は私のおっぽいまで吸い付いてきた。それで私はたまらなくなって、両腕で娘を高く上げ、「神様、この娘をあなたに捧げますから、どうか今、助けてください!」と。
その祈りが終わった途端、入院している病院から、母乳を専用のパックに搾取して冷凍、家に持ち帰るという解決策の電話が鳴ったのだ。何というタイミングであることか!「ああ、神様にやられたなあ」とその時には私は思った。
今となっては、大感謝なのだが、その当時は献身者は清貧と気苦労が絶えない、割りに合わない職業であって、そんな苦労する人生に娘を投げ入れてしまったような気がした。そのうち長女は、必ず献身の道をたどることだろう。
ケパ