今はインターネットのおかげで、ニュースや情報は取捨選択できる。ただし、どのニュースが正しいか、見分ける目が大切になったが。
しかし今から20数年前は違った。私の見方ではウィンドーズ95が出る前の時代、多くのニュースや情報は大手新聞社の系列か、またはNHKに独占されていた。それがどんなに偏っていたとしても、何しろそれしか知り得ないのだから、批判の材料なく、巨大情報メディアの言いなりである。お隣の中国が自由なGoogleなどを締め出し、百度(バイドゥ)で情報統制しているのはこのためである。だから大手新聞社の彼らは、政府権力に次ぐ、当時は第2の権力者であった。
ベトナム戦争が終結したのは- 1975年4月30日だった。その日、その時、私はちょうど大学卒業して1年あまり、社会人の2年目に入った直後だった。
私はテレビで観たサイゴン(現ホーチミン市)陥落の様子を忘れることが出来ない。不思議だったのは、戦いの主役であったはずの南ベトナム民族解放戦線(通称ベトコン)の姿は一切なく、赤旗を振りながら戦車に乗った北ベトナム正規軍の姿ばっかりであったことだ。
少ししてその謎が解けた。それまでの20年近く、某大手新聞社らが報じ続けてきた南ベトナム民族解放戦線は、実在しなかったのだ。実態はすべて北ベトナム軍であって、共産主義やゲリラ特有の、西側マスコミを味方につけ戦いを有利に進めるための宣伝工作だったのだ。ところがこの私は、北ベトナムの南への侵攻だとは全く思わず、腐敗した南ベトナム政府に対して、その民衆たちの抵抗運動だと思わされていたのだ。南ベトナム民族解放戦線はそのように謳っていたはずなのだ。
おそらくこの宣伝工作に、最も引っかかって有効だったのが日本の大手新聞社だったのではないだろうか。しかし如何に愚かでも、早晩正体はバレていたはずで、20年近く最後までそれを訂正しなかったと言うのは、最初からの確信犯であったと思わざるをえない。
その偏向報道の流れに乗って学生運動をした私たち若者たちは、私を含めて本当に哀れである。中には検挙されて前科が付き、一生を台無しにした者も多かったと思う。
しかしベトナムで起こったこの1975年の事実すら、某大手新聞社は北ベトナムの正義が勝ったような慶祝扱いに終始した。自分たちが流し続けた南ベトナム民族解放戦線の真実、それを一切読者に知らせず、謝りもしなかった。権力を批判する権力社は、恥も良心もなかったらしい。どうしてそのような新聞社が大手を振って今も存在できているのか、実に不思議だ。
日本人には判官びいきというのがある。事の真実はどうでも、とにかく弱い者に同調し、味方する。ゲリラ戦の必勝法は、だましなどのような、どんな手を使ってでも、マスコミに同情させ、報道させ、自分たちの支持者を増やす戦い、情報作戦が成否を分ける。もともと力が弱いからゲリラ戦をしているのだし、西側世界の最大の弱点は報道の自由であって、真実は相対化されなかなか伝わらないことだ。ゲリラはそれが狙いである。
今でもISなどの情報作戦がどれだけ効果的かは論を待たない。この情報作戦が日本で非常に成功している例は、私はハマスであると思う。ハマスとはイスラエル南部海岸にあるガザを実効支配している自治政府のことだ。今の日本では、イスラエルは悪で、ハマスはかわいそうと言うのが通り相場だろう。(赤い所がハマスが支配するガザ地区。離れた所でヨルダン川西岸にパレスチナ自治政府がある)
昨日もNHK番組ではガザの女性起業家を日本に招いて、ソーラーパネルでその支援をしようとしている番組があった。電力に事欠く生活を、ガザの住民がなぜ強いられているのか? NHKはうまくその根源を避けていたが、イスラエルは分が悪い。ところが同じ状態にあるはずのパレスチナ自治政府(ヨルダン川西岸地方)では、一切電力状態は困窮していない。この根源である真実は、ガザを支配しているハマス自身にあるのだが、事情にうとい日本人は、あべこべに理解している。
情報は両方からとるのが基本である。ハマスの宣伝工作の目的とはこうだ。強いイスラエル軍が戦闘機などで、弱い一般人を無差別に攻撃し、子どもや女性を殺害している。「こんな非道なイスラエルを許すな!」と、全世界の人、国々がイスラエルに怒り、その応援団でイスラエルとの交渉を有利に進めたい。
以前よく流されたニュースに、イスラエル軍戦闘機がガザ地区の一般家屋に対し、ミサイル攻撃をした。(それがどうして一般人の家屋なのかは問われず)ガザ地区は、このような悲惨な状態にありますと、いたいけな子どもが傷つき運ばれている現場の映像を流しながら伝えるものだ。それを観させられる人々は、当然イスラエルへの敵意を持たされる。
これには訳がある。ハマスのミサイル攻撃は、一般人家屋だけでなく、時には病院とか学校、民家がよく選ばれる。そこには犠牲となるべき家族や人が住んでいる。西側の報道機関は、その時間になると待機させられ、イスラエルの攻撃直後に即座に現場に連れて行かれる。凄惨な現場では、どんなにイスラエル軍がひどいことをしたか、全世界に報道して下さいと言うわけだ。
これには周到な一つの仕組みがある。記憶間違いでなければ、「ハマスの息子」という本でそれは明らかにされていた。ハマスはまず犠牲者を選ぶ。日頃からハマスにあまり協力的ではない人々が選ばれる。選ばれた彼らの住むその住宅から、上空をパトロールするイスラエル軍機に向けて対空ロケットが発射されるが、家族が逃げることは許されない。逃げてハマスに撃たれて死ぬか、それとも名誉の殉教をして死ぬかが唯一の選択だ。運が良ければ生き残れるかも知れない。
攻撃を受けたイスラエル軍は発射先に向けて、当然反撃する。すると直ちに西側の報道機関が、ハマスに案内されて凄惨な現場に到着するわけだ。仕組まれ、お膳立てができているニュースを西側の記者達は、自国のメディアに流すわけだ。
これは一石二鳥の効果がある。つまりハマスに非協力的な態度を取るとこうなる、と見せつけて脅し、何も知らない西側世界の人々を見方につけることで、軍事ではかなわないイスラエルを追い込んでいくものだ。典型的なゲリラ戦の例である。
このような報道を、何も知らされない判官びいきの日本人は、「イスラエルは悪。気の毒なガザの人々を助けなくっては」と善意で行動する。まさにそれこそが作戦の成功なのだ。ある意味、このような効果が報道によって為されるからこそ、カザの人々はハマスによって殺され続けて行くのだとも言える。恐ろしいことだ。
「いいですか。わたしは狼の中に羊を送り出すようにして、あなたがたを遣わします。ですから、蛇のように賢く、鳩のように素直でありなさい。」(マタイの福音書10章16節)
ケパ
しかし今から20数年前は違った。私の見方ではウィンドーズ95が出る前の時代、多くのニュースや情報は大手新聞社の系列か、またはNHKに独占されていた。それがどんなに偏っていたとしても、何しろそれしか知り得ないのだから、批判の材料なく、巨大情報メディアの言いなりである。お隣の中国が自由なGoogleなどを締め出し、百度(バイドゥ)で情報統制しているのはこのためである。だから大手新聞社の彼らは、政府権力に次ぐ、当時は第2の権力者であった。
ベトナム戦争が終結したのは- 1975年4月30日だった。その日、その時、私はちょうど大学卒業して1年あまり、社会人の2年目に入った直後だった。
私はテレビで観たサイゴン(現ホーチミン市)陥落の様子を忘れることが出来ない。不思議だったのは、戦いの主役であったはずの南ベトナム民族解放戦線(通称ベトコン)の姿は一切なく、赤旗を振りながら戦車に乗った北ベトナム正規軍の姿ばっかりであったことだ。
少ししてその謎が解けた。それまでの20年近く、某大手新聞社らが報じ続けてきた南ベトナム民族解放戦線は、実在しなかったのだ。実態はすべて北ベトナム軍であって、共産主義やゲリラ特有の、西側マスコミを味方につけ戦いを有利に進めるための宣伝工作だったのだ。ところがこの私は、北ベトナムの南への侵攻だとは全く思わず、腐敗した南ベトナム政府に対して、その民衆たちの抵抗運動だと思わされていたのだ。南ベトナム民族解放戦線はそのように謳っていたはずなのだ。
おそらくこの宣伝工作に、最も引っかかって有効だったのが日本の大手新聞社だったのではないだろうか。しかし如何に愚かでも、早晩正体はバレていたはずで、20年近く最後までそれを訂正しなかったと言うのは、最初からの確信犯であったと思わざるをえない。
その偏向報道の流れに乗って学生運動をした私たち若者たちは、私を含めて本当に哀れである。中には検挙されて前科が付き、一生を台無しにした者も多かったと思う。
しかしベトナムで起こったこの1975年の事実すら、某大手新聞社は北ベトナムの正義が勝ったような慶祝扱いに終始した。自分たちが流し続けた南ベトナム民族解放戦線の真実、それを一切読者に知らせず、謝りもしなかった。権力を批判する権力社は、恥も良心もなかったらしい。どうしてそのような新聞社が大手を振って今も存在できているのか、実に不思議だ。
日本人には判官びいきというのがある。事の真実はどうでも、とにかく弱い者に同調し、味方する。ゲリラ戦の必勝法は、だましなどのような、どんな手を使ってでも、マスコミに同情させ、報道させ、自分たちの支持者を増やす戦い、情報作戦が成否を分ける。もともと力が弱いからゲリラ戦をしているのだし、西側世界の最大の弱点は報道の自由であって、真実は相対化されなかなか伝わらないことだ。ゲリラはそれが狙いである。
今でもISなどの情報作戦がどれだけ効果的かは論を待たない。この情報作戦が日本で非常に成功している例は、私はハマスであると思う。ハマスとはイスラエル南部海岸にあるガザを実効支配している自治政府のことだ。今の日本では、イスラエルは悪で、ハマスはかわいそうと言うのが通り相場だろう。(赤い所がハマスが支配するガザ地区。離れた所でヨルダン川西岸にパレスチナ自治政府がある)
昨日もNHK番組ではガザの女性起業家を日本に招いて、ソーラーパネルでその支援をしようとしている番組があった。電力に事欠く生活を、ガザの住民がなぜ強いられているのか? NHKはうまくその根源を避けていたが、イスラエルは分が悪い。ところが同じ状態にあるはずのパレスチナ自治政府(ヨルダン川西岸地方)では、一切電力状態は困窮していない。この根源である真実は、ガザを支配しているハマス自身にあるのだが、事情にうとい日本人は、あべこべに理解している。
情報は両方からとるのが基本である。ハマスの宣伝工作の目的とはこうだ。強いイスラエル軍が戦闘機などで、弱い一般人を無差別に攻撃し、子どもや女性を殺害している。「こんな非道なイスラエルを許すな!」と、全世界の人、国々がイスラエルに怒り、その応援団でイスラエルとの交渉を有利に進めたい。
以前よく流されたニュースに、イスラエル軍戦闘機がガザ地区の一般家屋に対し、ミサイル攻撃をした。(それがどうして一般人の家屋なのかは問われず)ガザ地区は、このような悲惨な状態にありますと、いたいけな子どもが傷つき運ばれている現場の映像を流しながら伝えるものだ。それを観させられる人々は、当然イスラエルへの敵意を持たされる。
これには訳がある。ハマスのミサイル攻撃は、一般人家屋だけでなく、時には病院とか学校、民家がよく選ばれる。そこには犠牲となるべき家族や人が住んでいる。西側の報道機関は、その時間になると待機させられ、イスラエルの攻撃直後に即座に現場に連れて行かれる。凄惨な現場では、どんなにイスラエル軍がひどいことをしたか、全世界に報道して下さいと言うわけだ。
これには周到な一つの仕組みがある。記憶間違いでなければ、「ハマスの息子」という本でそれは明らかにされていた。ハマスはまず犠牲者を選ぶ。日頃からハマスにあまり協力的ではない人々が選ばれる。選ばれた彼らの住むその住宅から、上空をパトロールするイスラエル軍機に向けて対空ロケットが発射されるが、家族が逃げることは許されない。逃げてハマスに撃たれて死ぬか、それとも名誉の殉教をして死ぬかが唯一の選択だ。運が良ければ生き残れるかも知れない。
攻撃を受けたイスラエル軍は発射先に向けて、当然反撃する。すると直ちに西側の報道機関が、ハマスに案内されて凄惨な現場に到着するわけだ。仕組まれ、お膳立てができているニュースを西側の記者達は、自国のメディアに流すわけだ。
これは一石二鳥の効果がある。つまりハマスに非協力的な態度を取るとこうなる、と見せつけて脅し、何も知らない西側世界の人々を見方につけることで、軍事ではかなわないイスラエルを追い込んでいくものだ。典型的なゲリラ戦の例である。
このような報道を、何も知らされない判官びいきの日本人は、「イスラエルは悪。気の毒なガザの人々を助けなくっては」と善意で行動する。まさにそれこそが作戦の成功なのだ。ある意味、このような効果が報道によって為されるからこそ、カザの人々はハマスによって殺され続けて行くのだとも言える。恐ろしいことだ。
「いいですか。わたしは狼の中に羊を送り出すようにして、あなたがたを遣わします。ですから、蛇のように賢く、鳩のように素直でありなさい。」(マタイの福音書10章16節)
ケパ