元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「マイスモールランド」

2022-06-13 06:16:20 | 映画の感想(ま行)
 十分に描き込まれていない部分があるのは気になったが、タイムリーかつ重要なテーマを扱っており、キャストの力演も光る。今年度の日本映画の中では、確実に記憶に残る意欲作だと評したい。また、監督がこれがデビュー作になる若手であるというのも頼もしい。

 埼玉県川口市の高校に通う女生徒チョーラク・サーリャはクルド人だが、幼い頃から日本で暮らしている。彼女は大学進学資金を貯めるためアルバイトをしているが、バイト先で東京の高校に通う崎山聡太と出会い、仲良くなる。そんなある日、彼女とその家族にとって大いなる危機が訪れる。一家の難民申請が不認定となり、在留資格を失ってしまったのだ。父親のマズルムは拘束され、強制送還される恐れも出てきた。さらにサーリャとその妹と弟は、街を離れることも禁じられてしまう。



 日本では現在ウクライナからの避難民が受け入れられている一方、同じく難を逃れて日本にやってきたクルド人たちは難民として扱ってもらえない。これは、多くのクルド人の国籍がトルコであるため、日本とトルコの“外交関係”を考慮して難民認定が認められない事情があるらしいが、映画ではまったく言及されていないのは明らかな不備だ。

 また、難民申請に関して裁判を起こすような場面が挿入されるが、訴訟対象と内容が詳説されていないため、作劇面でのアクセントになっていない。父親が不在になった一家が、猶予期間を置かずに住処を追い出されそうになるのも、法的には無理筋の展開だ。

 しかしながら、ヒロインが自らのアイデンティティに悩みながらも必死に地域住民と折り合おうとする様子や、聡太との“友だち以上恋人未満”の関係を築いていく箇所などは、描写が丁寧で共感を呼べるものになっている。そして、多様性が高まる日本の風景を巧みに切り取る作者の力量も確かだ。

 特に、マズルムが“俺たちの国は一人一人の心の中にある”と言うシーンは印象的で、国籍という頸木を超えた新たなコンセプトがこれからの社会に必要ではないかというメッセージが伝わってくる。監督の川和田恵真は自身がイギリス人の父親と日本人の母親を持つこともあり、題材に対するアプローチは実に真摯だ。是枝裕和門下ということだが、今後の仕事ぶりも期待できる。

 サーリャを演じる嵐莉菜は、これが映画初出演とは思えないほどの達者なパフォーマンスを見せる。劇中で“あなた、お人形さんみたいね”と言われるほどの極上のルックスも含め、今年の新人賞の有力候補だ。また、マズルムに扮するアラシ・カーフィザデーをはじめ、彼女の本当の家族が脇を固めているのも興味深い。聡太役の奥平大兼を筆頭に、韓英恵に板橋駿谷、田村健太郎、サヘル・ローズ、藤井隆、池脇千鶴、平泉成などのキャストも好調だ。第72回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門に出品され、アムネスティ国際映画賞スペシャルメンションを獲得している。
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