スカンジナビア漂流 ・北欧の海洋文化を辿る旅・ (7)

2009年09月02日 | 風の旅人日乗
情熱のレストア集団


その不思議なヨットクラブは、北緯59度7分22秒、東経10度13分58秒という場所にあった。

そのクラブのメンバーのほとんどは、木造艇を所有している。ただし、それらはただの木造艇ではない。
メンバーたちがつかの間の夏のセーリングを楽しんでいるそれらの艇の大半は、丁寧にレストアしたり、再生不能なまでに朽ちたボートを精巧に複製した、ノルウエーの古い船文化が現代に突然出現してきたようなボートである。

クラブハウス前の桟橋に舫われたそれらの艇たちを見ていると、恐竜たちが現代に蘇る映画「ジュラシック・パーク」をふと思い出させられさえもする。

ここのヨットクラブのメンバーは地元の医者や弁護士、リタイアした元会社員たちだ。彼らのほとんど全員がプロ顔負けの木工技術を駆使して古い艇を見事に復活させるという本格的な趣味を持つ。長い冬、彼らはクラブ内に作った快適な作業場で、コツコツとレストア作業に精を出すのだ。

水辺で朽ち果てそうになっている100年、200年前の古いボートがあるという情報が入ると、現場に出向いていってそれを買い取り、壊さないように慎重に作業場に持ち込む。正確に計測、採寸して図面を起こし、お互いに手を貸し合いながら当時と同じ工法で復元し、完成するとそれに乗って遊ぶ。

ヨットクラブには、古い船から引き上げて整備されたエンジン類を展示する部屋もある。駆動部を差し替えれば、船外機にもなれば電動のこぎりにもなるという、20年ほど前の面白いエンジンも展示されていた。

クラブ前の水面に浮いていた伝統的なスカンジナビア船型の帆走漁船は200年前のイワシ漁に使われていたものを復元したもので、それを復元したオーナーはこの艇を毎年の夏のクルージングに使っている。

この夏作業場で造られていたレプリカは、バイキング時代の後に普及していた、低いリグを持つ手漕ぎボートだ。バイキング船と同じくクリンカー張りで、ステム近くの船底部は湾曲がきつく、平板を曲げることが出来ないので樫の丸太材を根気よく削り出していく。
これも当時の工法と材料に正確に従っている。キール材と、中心から2枚めまでの外板は削り出しの樫材で、それ以外には杉材が使われる

レストアされている艇の中で一番人気は、地元出身のコリン・アーチャーが設計したボートたちだ。
コリン・アーチャーは、クラシックボート好きの間では世界的に著名な舟艇設計家だが、彼が世界で初めて救命艇を設計した、ということをこの旅で初めて知って驚いた。

サンデ・フィヨルドの隣町で育ったコリン・アーチャーは漁船の遭難が多発するこの海域の漁民たちを救いたいと考え、荒れた海でも彼らを救助することが出来る耐航性に優れた性能のワークボート船型の研究にいそしみ、結果としてあの優美な、コリン・アーチャー型と呼ばれるラインを創出したのだという。

今から20年前、このヨットクラブのメンバーを中心とするセーラーたちが、あるプロジェクトに取り掛かった。今から1100年前に浮かんでいた全長約24メートルのバイキング船を精巧に復元し、大西洋を横断してビンランド(アメリカ東海岸)まで航海する、という壮大なプロジェクトである。
(続く)