がん免疫療法製剤・オプジーボ
A.株価の急落
1.小野薬品工業(以下、小野薬品と略称)とアメリカのブリストル・マイヤーズ スクイブ社(以
下、BMYと略称)の株価が下げている。小野薬品は、今年、3月30日の高値・3389円から、
4月20日の安値・2471円まで、実に27%の急落である。原因は、4月17日に発表されたア
ナリストのレポートにある。
B.オプジーボ(ニボルマブ)
1.オプジーボ(ニボルマブ)は、小野薬品がBMY社と開発した抗がん剤である。画期的なのは、
それまでの抗ガン治療が、切除と科・化学療法を主とするものだったのに対し、オプジーボ(ニボル
マブ)は、人体が本来持つ免疫力を助ける免疫療法である点である。これは、京都大学の本庶佑教授
が発見された「PD-1抗体」を世界で初めて製品化したものである。
2.がん細胞ができると人体の免疫細胞である(キラー)T細胞が、がん細胞を攻撃し、人体を正常
な状態に保とうとする。この時、T細胞表面には「PD-1」と呼ばれる物質(受容体)が発現して
いる。しかし、がん細胞は、T細胞から身を護るため特異な物質(リガンド:特定の受容体に特異的
に結合する物質)をがん細胞の表面に発現させ、T細胞と結合し、T細胞を取り込もうとする。この
がん細胞が出すリガンドが「PD-L1、PD-L2」と呼ばれる物質である。そして次に、T細胞
の「PD-1」受容体が、がん細胞のリガンド「PD-L1、PD-L2」と結合すると、T細胞は、
がん細胞の攻撃を止め、がんの増殖を許してしまう。
3.「PD-1抗体」は、T細胞の受容体「PD-1」が、がん細胞のリガンド「PD-L1、PD
-L2」と結合することを防ぎ、T細胞に本来の免疫機能を発揮させる作用をする。これが免疫療法
と呼ばれる。しかしこの時、T細胞が、他の臓器や細胞に向かうと、自己免疫疾患の副作用が発生す
る。
C.がん免疫療法の課題
1.以下は、京大大学院医学研究科 免疫医学研究室(本庶研究室)の「PD-1」プロジェクトチ
ームの研究課題を纏(まと)めたものである。
a.PD-1抗体単独での治療効果の奏効率は、20~30%であること。
b.ガン種によっては、CTLA-4抗体を併用することで、治療の奏効率は50~60%と劇的に
向上すること。
注)CTLA-4抗体とは、キラーT細胞の受容体に、PD-1受容体と同じようにT細胞の働きを
抑制するCTLA-4と呼ぶ物質がある。CTLA-4抗体は、このCTLA-4受容体と結びつい
て、CTLA-4の作用を抑制し、T細胞の働きを活性化させる。PD-1受容体はがん細胞と結合
し取り込まれるが、CTLA-4受容体はマクロファージ、或いは、樹状細胞のCD80、CD86
と呼ばれる物質と結合して不活性となる。このCTLA-4抗体を製品化したものが、BMY社のヤ
ーボイ(イピリムマブ)である。
c.PD-1抗体治療に不応答の患者は、何故不応答なのかその原因はまだ殆ど分かっていないこと。
d.PD-1抗体に対する応答・不応答のメカニズムとそれを見分けるバイオマーカーの開発・探索
が重要であること。
e.PD-1を介した免疫反応は、代謝と深く関与しており、生命の根幹的な恒常性の維持に重要で
あること。
f.今後は、免疫・代謝を融合した新しい視点から生命現象の原理を理解して行く必要があること。
D.キイトルーダ(ペムブロリズマブ)
1.キイトルーダ(ペムブロリズマブ)は、メルク社が「PD-1抗体」を製品化したがん免疫療法
製剤である。特徴は、キイトルーダに加えてプラチナ系抗がん剤を含む化学療法2剤(プラチナベー
スの化学療法剤とペメトレキセド)を併用する点にある。3剤併用療法である。
E.アメリカがん研究協会(AACR)
1.今年(2018年)4月14日~4月18日にアメリカがん研究協会(AACR)の年次集会が
あり、4月16日にBMY社とメルク社がそれぞれの臨床データを発表した。BMY社は、オプジー
ボとヤーボイの2剤を使用し、メルク社は、キイトルーダ、プラチナベースの化学療法剤、ペメトレ
キセドを使用する3剤併用療法のデータである。
2.それによれば、BMY社(CheckMate227試験)のデータでは、化学療法のみを行う
治療に比較して、被験者(TMB<がん組織中の遺伝子変異量>が高発現の非小細胞肺がん患者)の
1年無憎悪(むぞうあく)生存率は43%であり、後者は13%であった。薬剤の効果が奏効してい
る率は、1年時点で、奏効が認められた患者の68%でその効果が持続し、後者は25%であった。
(小野薬品:2018.04.17 ニュースリリース中のBMY社:プレスリリース)。
メルク社(Keynote189試験)のデータでは、被験者(PD-L1のスコア<PD-L1 tumor
proportion score>が1%未満と1%以上に層別された患者群)は、中央値10,5か月のフォロー
アップ後、PD-L1の発現に関係なく転移性疾患の前治療を受けていない転移性非扁平上皮がん患
者の死亡率が、化学療法のみを行う治療と比較して51%(高PD-L1スコア・グル―プでは58
%)低く、無増悪生存期間(PFS)の中央値は8,8か月、OS(全生存期間)は中央値に未到達
(not reached)であり、化学療法のみの使用の中央値は、PFSが4,9か月、OSが11,3月
であった。(AACR:2018.04.16 ニュースリリース詳報)
F.アナリスト・レポート
1.上記E-2の臨床データからは、それぞれの数値にまだ優劣はつけ難い。先ず、サンプル集団が
異なる。次に、アナリスト・レポートでは、無憎悪生存期間について、オプジーボとヤーボイを使用
する場合の7,2か月、キイトルーダと化学療法2剤を使用する場合の8,8か月を挙げているが、
単純に数値だけを見ても、優劣をつけ得る数値とは言い難い。がん患者の死生観にもよろうが、死期
が迫ればこの程度の差には拘泥することはなかろうと思う。それよりも、かつて結核は不治の病であ
ったが、今は治るようになった。がんも治ることを目指して欲しい。また、今年4月18日、日本の
中外製薬(スイスの製薬会社エフ・ホフマン・ラ・ロシュのグループ企業)が、PD-L1抗体であ
るテセントリク(アテゾリズマブ)を発売した。これらのことは製薬メーカーにとって刺激となり、
良いインセンティブを与える。また、4月16日に、BMY社とメルク社が発表した臨床データも固
定的なものでもない。研究と開発はまだまだ続くのである。そしてこれらのことは、がん患者のみな
らず、健康な人にとっても更なる朗報がもたらされることを意味する。このように考えると、4月
17日のアナリスト・レポートが書くように、4月16日のアメリカがん研究協会(AACR)で、
BMY社とメルク社が発表した臨床データは、小野薬品工業にとって「ネガティブ」なものではない。
桜