こうして私の21世紀は始まった (やれやれ!)

2001年01月03日 | 歌っているのは?
 大晦日の夜,風呂に入りながら年を越した。妻子らはその数日前から里帰りしていたので,年末における私自身の生活時間はまったくのルーズ,勝手気ままに過ごしていた次第である。

 ややぬるめの湯に浸かりながらしばらくボーッとしていると,別に20世紀が終わろうとしてるからといって改めて何の感慨が湧くというわけでもないが,ともかく実にいい気持ちだった。《行く年の 思い流すか 晦日風呂》 はるかな昔,こんな俳句をどこかで読んだように思う。高等学校のサブテキストだったかな? 読み人は高校生だったかも知れない(何とナマイキな!) 紋切り型ではあるけれど,うん,確かに実感としてはわかる。

 あんまり気持ちがいいので,思わず湯船のなかで鼻歌などが口をついて出てきたりする。たとえば先日一寸記したマルセル・ムルージ Marcel Mouloudjiの歌《ビュッシ通り》なんか。


  それは《ビュッシ通り》でのことだった 
  「ニナ」という名前だったか,あるいは「ニニ」だったっけ
  ちょうど街角のところで
  ぼくは君を見失ってしまった

  戦争が終わってまもないころだったと思う
  ビュッシ通りで
  別れぎわに君は
  さよなら! と手を振った

  ビュッシ通りで
  君の唇が ぼくの口にそっと触れた
  軽いキッス
  明日のないキッス
  それは しおれた花のように
  その後ずっと ぼくの心に残った

    街に流れる たくさんのハヤリ歌
    その上には 太陽と星とがめぐり
    君とぼくとの苦悩の橋
    その下には セーヌ川が滔々と流れる

  ビュッシ通りで 
  「ニナ」だったか 「ニニ」だったか
  ちょうど街角のところで
  ぼくは君を見失ってしまった

  記憶の底に深く刻まれたキッスを残したまま
  君を見失ってしまった
  それからのぼくは
  心のなかに咲く バラの花を数えるだけだった

  何故だかわからないけれど
  しばしば思い出す
  あのときの 安っぽいキッス
  明日のないキッス

  ビュッシ通りで
  ギターの旋律が ぼくに告げた
  あの別れのキッスだけが
  お前のたったひとつの恋の証だったのだ,と

    街に流れるたくさんのハヤリ歌
    その上には 太陽と星とがめぐり
    君とぼくとの苦悩の橋
    その下には セーヌ川が滔々と流れる


 この歌を初めて聴いたのは1974年のことだ。ああセンチメンタル・ジャーニーですな,などと思いつつ,それでもムルージのシミジミとした唄いぶりにそれなりに聞き入っていたような記憶がある。

 個人的経験を述べれば,その頃の大晦日は,夜通し山に登って元旦の御来光を山頂で眺めることにしていた。もっぱら近在の丹沢山地に出掛けることが多かった。当時住んでいた横浜市金沢区のアパートを夕方過ぎに出発し,京浜急行,相模鉄道と電車を乗り継いで小田急線の渋沢駅へと着き,そこからは夜道を黙々と歩き出した。皮膚を刺すような凍てつく冷気。地方都市のさびれた町並みを抜け,やがて家々の灯がとぎれ,見上げれば夜空には満天の星。その頃,街にはどんなハヤリ歌が流れていただろうか。

 今ではどうか知らないが,当時は初日の出を丹沢の山頂で見ようと考える奇特な人々が少なからず存在し,大晦日の馬鹿尾根(大倉尾根)の登山道はけっこう賑わっていた。なかには携帯ラジオを付けっぱなしにして登っている人などもおり,暗い登山道のどこからかNHKの紅白歌合戦の華やいだ様子が流れてきたり,あるいは同じくNHKの第二放送からベートーベン第九交響曲の演奏が聞こえてきたりした。俗と聖とのセメギアイ。当時の私はハズカシナガラ後者を好んでいた。しかり,ムルージの気持ちなんかちっとも判ってはいなかったのだ。

 それから四半世紀が過ぎ,この歌を唄った当時のムルージの年齢に近くなってしまった。今ではもう,大晦日に山を登ろうなんて気力も体力も露カケラほどもない。第九交響曲に熱心に聞き入るような感性というか理性なんてシロモノも,あいにくとうに失われてしまった。なるほど,たとえボンクラであれジャガイモであれ歳月は確かに人を変える。今はただムルージの描くイメージを全面的に受け入れそれを追体験すること,過去と現在との混濁が生み出すその気持ちよさにひたすら安穏とすること,それがワタシの生きる道なのかも知れないな。

 てなことをフニャフニャのアタマでつらつら回想しているうちに,やがて午前零時を回ったらしく,遠くからかすかに鐘の音が聞こえた。花火のような爆竹のような音も聞こえた。お調子者の若い男女が元気に騒いでいる声などもかすかに聞こえた。Happy New Year! Happy New Century!

 こうして私の21世紀は始まったのでありました(やれやれ!)
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