先日の櫨染公開による記事が毎日新聞の地方版に掲載されました。
以下は引用です。
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櫨染め:久留米の団体、“伝統の黄金色”復活 将来は反物や小物も /福岡
江戸時代に、久留米市田主丸町で発見され、和ろうそくの原料として重宝された「松山櫨(はぜ)」を見直そうと活動する「松山櫨復活委員会」(矢野真由美幹事)が4日、朝倉市秋月の工房で、櫨の木を煮出して染める「櫨染め」を復活させた。同会などによると、櫨を使った染色は平安時代にはあり、明治時代初頭まで続いていたとみられるが、現在では櫨の木自体が減ったことなどから、途絶えていたという。
有馬藩が、果肉が多くろう分が豊富な松山櫨の栽培を奨励したため、田主丸町一帯には櫨が多く植えられていたが、現在はその数が激減。矢野さんは07年、幼いころに見た櫨の彩りを復活させたいと会を結成し、耳納連山のふもとで松山櫨を栽培する傍ら、九州産原料の和ろうそくを商品化するなど、櫨の魅力を発信している。
櫨について調べるうちに「櫨染め」があったことを知り、今年秋、復活を思い立った。全国一の櫨の産地・熊本県水俣市から樹齢約40年の幹を取り寄せ、朝倉市の染色家、小室容久(やすひさ)さん(54)に協力を依頼した。小室さんが、チップ状にした幹の芯を約15時間煮出し、黄金色になった液に絹織物を何度も浸し、あくに漬けると、山吹色に似た濃い黄色に染まった。
小室さんは「他の原料よりまぶしい黄色に仕上がった。日本古来の櫨のよさを見直し、博多織の仲間とも協力し、反物や和装小物を作ってみたい」と意気込んでいる。【平野美紀】
〔筑後版〕毎日新聞 2008年12月5日 地方版
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感謝感謝。実はまだ新聞の方は見てないんですが、きれいな黄色の布を持ち上げた小室さんの写真が載っているそうな。
しかしそれにしても、櫨染をきちんとやった染色作家というのは今までいなかったのか?とよく聞かれますが、小室さんも思い当たらないそうです。染色に使うには相当量の芯材が必要なんですが、その櫨の芯材が手に入らないし、たまたま丸太を一本手に入れたとしても、その丸太に入っている芯がどの程度あるかとか、芯のみを切り出す面倒臭さを考えると、櫨染にあえて手を出す人がいなかったというのもうなずけます。私が京都の著名な染色家に問い合わせた時も、「芯材が手に入らないから不可能だ。」と言われました。
江戸時代や明治時代にはまだ櫨染はあったのではないかと推測されますが、化学染料が使われるようになってからは、草木染めなど全く試みられなくなったし、そもそも薬品で様々な色が出るのにわざわざ手間かけて櫨染しようとする人はいなかったのでしょう。
報道記者さん達への公開染色では簡単に魔法のように黄色が染め上がってましたが、実はアレは前日から準備に余念がなく芯材は15時間も煮出されていました。櫨染は普通の染色同様に簡単に出来るものでもないようです。
日本の伝統の色として残っていた櫨染や黄櫨染(こうろぜん)。その本物の色を皆さんにもぜひ見てもらって、感動を味わって欲しいなと思います。
期間は12/22~28 場所はアクロス福岡2F匠ギャラリーです。
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