「アッシ・パルマンティエ」(アッシュパルマンティエ、又はアッシェパルマンティエ等の別表記有り)というイギリスのシェパーズパイにも似たフランス家庭料理の、更に変わった面白いVer.を見付けたので学んでみようと思う。
<下準備>
ジャガイモ(メークイン)を洗う(昔、毎日のように何十個とやり続けたな~・・・)、
蒸すか茹でるかする為にお湯を沸かし(レンチンでも良いのに何故か大変な方を択ぶ自分、ま、電磁波がどうのこうの~という事で)
皮にグルリと一周切れ目を入れておくと加熱した後で皮が剥き易いハズ(里芋とかそうするし)。
ジャガイモを加熱している間にニンジン・タマネギは微塵切りにして
バターかオイルを熱し
挽肉(出来れば基本は牛)を炒め
野菜類を入れてサッと1回軽く炒め
チキンスープや水を入れて炒め煮にする(自分は鶏出汁が無かったし、素を使うよりもより自然な味が良かったので「水」にした)。
粗方火が入ったら本当はトマトピューレだけれど無いのでケチャップを少々とピューレっぽい味にしたかったから砂糖を少々強加えた。
塩・胡椒
ナツメグで味を整え(ナツメグ嫌いなんだよな~・・・)
ジャガイモに竹串をスーッと刺せたら皮を剥いて
材料の下準備完了
<ジャガイモの皮剥き>
外皮に一周切れ目を入れて加熱したジャガイモは皮を剥き易いね。
冷めないように火を切った蒸し器の上においていこっと・・・
やはりフォークの方が三叉で刺すので安定が良い。
芽とか悪くなっていそうな部分も取って
縦半分だけでなく横半分の切れ目も向き易い(好みか?)
剥いたジャガイモを半分に切る。
親指の付け根下の手の分厚い部分と他の指で芋の側面が壊れないように補強固定しつつ、中身をそっとクリ貫いて船状にする。
↓
中身はボウルへ
<ボウルに入れておいたくり抜いた中身をマッシュに>
なんとかまだ温かいのでバターを溶かし(冷めていたらレンチンしても可だと思う)
裏ごしして(やはり冷めてしまったので・・・バターが中々溶けないから蒸し器の上で)
それでも溶けないから1度湯煎
げっ、今度は牛乳が殆ど無かった。(うぅ~ストレス!!)
仕方ない、牛乳が少なくて滑らかでないなら(本当はコーヒー用のポーションクリームを入れようか?迷ったがより自然にしたかったので)、裏濾しをすることにした。
牛乳の少ないマッシュポテトの裏濾しって硬いな~、
周囲に拡がったらシャモジに集めて
上から押さえつけて
こすりつけ
底をかき出す。
練れば練るほどフランス家庭料理のアリゴだかなんだかに近くなり(芋モチみたいなものか)、硬くなる。
<成型と焼成>
鉄板にバターを塗っておき(クッキングペーパーとかも考えたがなるべくエコに&塗らなくても~とも考えたが焦げ付くのが嫌だったので)
オーブンを180度に余熱(結果から言うと200度で10分~15分1段目にすれば良かった)
くり抜いた船型のジャガイモを鉄板に並べ、挽肉と野菜を炒めたフィリングを少し詰め
上からマッシュポテトをかぶせ
本来なら溶けるチーズだが、急には無いのでスライスチーズを千切って代用。
(後日、冷凍庫をキレイにしていたら溶けるチーズの在庫がまだ少しあったんだけれど、この時は気付かなかった、確かあったとは思っていたんだよな~だから作り始めたんだが・・・少し疲れていたのかな・・・)
チーズをのせたら(なんとか1枚で足りた。因みにチーズを中に入れるレシピもある・・・家庭料理だから様々なバージョンがあるらしい)
オーブンへ
オーブントースターか、もっと温度を高めて、1段目にすれば良かったのかもしれないが、中々焦げ目が付かなくて、裏技で先日GETしたバーナーを使った。
初バーナー、1500度の炎が小さく搾っても怖い・・・
あっという間に焦げ目が付いた!!(やっぱスゲーなー)
皿に盛ってパセリを散らし
シマッタ、皿に盛ってからパセリをふると、こぼれた分がキタナイ・・・別の皿に移し変えたらパセリは殆ど落ちなかった、供す時はコレだ!!
味は~、昔こんな感じのを食べたな~、なんか懐かしい味。野菜コロッケの中身というか朴訥としている。料理本を見て作った家庭のフレンチって感じ。
<1POINT>
今回、メークインのジャガイモが格安で売られていたのでGETしたが、掘り出された後で日光に当たり過ぎたのか?
ソラニンやチャコニンというジャガイモの成分が、グリコアルカロイドという物質を生成しジャガイモ自体に少しだけエグ味があった。
(グリコアルカロイドは皮が緑色に変色していたり発芽していたらジャガイモにエグミがある可能性があると言われる)
エグミ部分は深く分厚く切り取るか、グリコアルカロイドは水溶性の為、水で10分ぐらいさらしたり、茹でたりするとエグミが消えるので、茹でた方が良かったのかな・・・?
僅かなエグミだったんだけれど、キライなので、人に出す時も要注意だ!!
<余った材料で正式なカタチ>
余ったマッシュと炒めた挽き肉は耐熱皿に詰めて
↓
ラップをして
冷蔵庫にでも入れておけば、一食分(ジャガイモは主食になりうる、かなり腹一杯になる。・・・実際にイギリスでは主食で「ジャガイモだけは裏切らない」とも言われているし)
翌日にチーズを乗せてレンチンしてからオーブント-スターとかで焼けばかなり時間短縮になる。
(上だけバーナーでも可)
※因みに冬場3日後、レンチンしたらエグミが消えていた。
その時は溶けるチーズを使ったからマスキングされていたのか?な?、いや、チーズがかかっていない部分も食べたがエグミは最初から最後まで無かったな・・・なんでだろ?蒸気と共に蒸発したか?
ま、やはり溶けるチーズだと尋常じゃなく美味しいが・・・。
又、チーズを乗せないアッシパルマンティエのレシピもあり、その時はキレイな焼き色にする為に滑らかにしたマッシュをホイップクリームの絞り袋でキレイに搾り出して、立体的な上面だけ焦がす方法もあるが、
洗い物が増えるし(なるべく素材に人の手は加えたくない、作り手の感性が受け手・食べ手に伝わり過ぎ素材を超えてしまえば素材を殺す事になり、全体から受ける味の印象が本末転倒になりうるリスクを避けたい)、更に牛乳の足りなかったこの硬さだと、絞り袋が破裂するのが目に見えているので
イギリス料理のシェパーズパイ(←オレンジのリンクはシツコイ?笑?)の要領でフォークで波模様を描くと良い。
この作業、ワリと好きなんだ・・・。なんか気持ちいい。
<歴史的なこと>
「アッシ パルマンティエ」とする料理名の由来は、フランスにジャガイモを拡めた【アントワーズ・オーギュスタン・パルマンティエ】というフランスの農学者の名前からきており(日本の青木昆陽みたいな人か?違うか?)、アッシパルマンティエの様にジャガイモ料理には「パルマンティエ」という名称が付く料理名があったりする。
パルマンティエが7年戦争(英国&プロイセンvs他国列強)の時、プロイセン軍(ドイツ&ポーランド)に捕虜になった時(=17世紀~19世紀まで続いた地球全土が低温期が原因で荒地でもなんとか育つジャガイモが欧州全土に広まった時期でフランスと違いプロイセンではジャガイモをよく食べていた)に、パルマンティエはジャガイモを食し学んで拡めたという。
↓
「じゃがいも飢饉」
17世紀頃、元々欧州ではアイルランドだけがジャガイモを食べていたぐらいアイルランドではジャガイモを主食としていたが、上記の低温不作の状態の中で更に1845年~1849年まで4年間も欧州全土でジャガイモが疫病による不作となった時期があり、
(品種改良がまだされていなかったり、南米では疫病を想定し違う種類のジャガイモを一緒に植えて、食糧難危機のリスクを下げる対策が取られていたが、まだぞの知恵は欧州全土に拡まっていなかったり、「沢山収穫出来れば良いや」と弱くても繁殖力が強い種類だけに偏って栽培をしていた時期)、
グレートブリテン連合王国の直轄領であったアイルランドの立場的に強い地主はイングランドやスコットランドの人間が多く、殆どのアイルランド人がジャガイモを主食としているにも関わらず、アイルランドでもジャガイモが不足しているというのに欧州各地へジャガイモを輸出する事を奨励してしまい、アイルランドで飢饉状態を引き起こし、アイルランドの人口の10%~20%近くが餓死・病死(100万人以上)し、更に10%~20%(200万人以上)が国外へ脱出しアイルランドの総人口が最終的には半分まで減少したという「ジャガイモ飢饉」が起きた。
↓
「被害拡大の原因」
これほどまでに被害が拡大した「原因」は、いくつかの「要因」が重なったと言われているが、特に重要な要員を箇条書きに抜き出して整理してみると・・・
・餓死者が出ているにも関わらず立場の強い地主が政府がなんとかしようという輸出禁止に更に反対をし、ジャンジャン食料を国外に輸送したり売ろうとした為。
・グレートブリテン連合国の救済処置でアイルランドに食料を調達しても飢え苦しんでいる人々に直接配給をせず、売り付ける等、本当に苦しんでいる人々を救う事が出来ない救済処置になってしまった為。
・救済処置が土地を持たない小作農の人々だけを救うという限定的な救済処置だった為に、地主に地代を納めなくてもよい小さな庭地でジャガイモを生産して暮らしていた多くの人がその僅かな庭地すらも手放さざるを得なく、それが食量生産の自給率を完全に崩壊する事に直結をした。
(=農業主流のアイルランドでは人口の3割がジャガイモ製作に食料を頼っていた背景が一気に崩壊)
これらが「じゃがいも飢饉」が大飢饉となった理由の主たる要因ではないかとも言われている。
↓
結果、アイルランド語が話せる人の減少、民族文化の壊滅的打撃を引き起こしたと言われる。
もう原因はなんだか、、、概ね見当が付く感じで、ブレーキが効かないと・・・人間ほど怖いものはないなと。
ブレーキが効かない人間が人間と言えるのかどうか?解らんが
(社会全体や団体・組織でやってしまった事に誰かが責任を負う訳でもないし)、
これからの未来の人々や日本としても、こういう歴史から何か学ぶ事があるかもしれない。
<下準備>
ジャガイモ(メークイン)を洗う(昔、毎日のように何十個とやり続けたな~・・・)、
蒸すか茹でるかする為にお湯を沸かし(レンチンでも良いのに何故か大変な方を択ぶ自分、ま、電磁波がどうのこうの~という事で)
皮にグルリと一周切れ目を入れておくと加熱した後で皮が剥き易いハズ(里芋とかそうするし)。
ジャガイモを加熱している間にニンジン・タマネギは微塵切りにして
バターかオイルを熱し
挽肉(出来れば基本は牛)を炒め
野菜類を入れてサッと1回軽く炒め
チキンスープや水を入れて炒め煮にする(自分は鶏出汁が無かったし、素を使うよりもより自然な味が良かったので「水」にした)。
粗方火が入ったら本当はトマトピューレだけれど無いのでケチャップを少々とピューレっぽい味にしたかったから砂糖を少々強加えた。
塩・胡椒
ナツメグで味を整え(ナツメグ嫌いなんだよな~・・・)
ジャガイモに竹串をスーッと刺せたら皮を剥いて
材料の下準備完了
<ジャガイモの皮剥き>
外皮に一周切れ目を入れて加熱したジャガイモは皮を剥き易いね。
冷めないように火を切った蒸し器の上においていこっと・・・
やはりフォークの方が三叉で刺すので安定が良い。
芽とか悪くなっていそうな部分も取って
縦半分だけでなく横半分の切れ目も向き易い(好みか?)
剥いたジャガイモを半分に切る。
親指の付け根下の手の分厚い部分と他の指で芋の側面が壊れないように補強固定しつつ、中身をそっとクリ貫いて船状にする。
↓
中身はボウルへ
<ボウルに入れておいたくり抜いた中身をマッシュに>
なんとかまだ温かいのでバターを溶かし(冷めていたらレンチンしても可だと思う)
裏ごしして(やはり冷めてしまったので・・・バターが中々溶けないから蒸し器の上で)
それでも溶けないから1度湯煎
げっ、今度は牛乳が殆ど無かった。(うぅ~ストレス!!)
仕方ない、牛乳が少なくて滑らかでないなら(本当はコーヒー用のポーションクリームを入れようか?迷ったがより自然にしたかったので)、裏濾しをすることにした。
牛乳の少ないマッシュポテトの裏濾しって硬いな~、
周囲に拡がったらシャモジに集めて
上から押さえつけて
こすりつけ
底をかき出す。
練れば練るほどフランス家庭料理のアリゴだかなんだかに近くなり(芋モチみたいなものか)、硬くなる。
<成型と焼成>
鉄板にバターを塗っておき(クッキングペーパーとかも考えたがなるべくエコに&塗らなくても~とも考えたが焦げ付くのが嫌だったので)
オーブンを180度に余熱(結果から言うと200度で10分~15分1段目にすれば良かった)
くり抜いた船型のジャガイモを鉄板に並べ、挽肉と野菜を炒めたフィリングを少し詰め
上からマッシュポテトをかぶせ
本来なら溶けるチーズだが、急には無いのでスライスチーズを千切って代用。
(後日、冷凍庫をキレイにしていたら溶けるチーズの在庫がまだ少しあったんだけれど、この時は気付かなかった、確かあったとは思っていたんだよな~だから作り始めたんだが・・・少し疲れていたのかな・・・)
チーズをのせたら(なんとか1枚で足りた。因みにチーズを中に入れるレシピもある・・・家庭料理だから様々なバージョンがあるらしい)
オーブンへ
オーブントースターか、もっと温度を高めて、1段目にすれば良かったのかもしれないが、中々焦げ目が付かなくて、裏技で先日GETしたバーナーを使った。
初バーナー、1500度の炎が小さく搾っても怖い・・・
あっという間に焦げ目が付いた!!(やっぱスゲーなー)
皿に盛ってパセリを散らし
シマッタ、皿に盛ってからパセリをふると、こぼれた分がキタナイ・・・別の皿に移し変えたらパセリは殆ど落ちなかった、供す時はコレだ!!
味は~、昔こんな感じのを食べたな~、なんか懐かしい味。野菜コロッケの中身というか朴訥としている。料理本を見て作った家庭のフレンチって感じ。
<1POINT>
今回、メークインのジャガイモが格安で売られていたのでGETしたが、掘り出された後で日光に当たり過ぎたのか?
ソラニンやチャコニンというジャガイモの成分が、グリコアルカロイドという物質を生成しジャガイモ自体に少しだけエグ味があった。
(グリコアルカロイドは皮が緑色に変色していたり発芽していたらジャガイモにエグミがある可能性があると言われる)
エグミ部分は深く分厚く切り取るか、グリコアルカロイドは水溶性の為、水で10分ぐらいさらしたり、茹でたりするとエグミが消えるので、茹でた方が良かったのかな・・・?
僅かなエグミだったんだけれど、キライなので、人に出す時も要注意だ!!
<余った材料で正式なカタチ>
余ったマッシュと炒めた挽き肉は耐熱皿に詰めて
↓
ラップをして
冷蔵庫にでも入れておけば、一食分(ジャガイモは主食になりうる、かなり腹一杯になる。・・・実際にイギリスでは主食で「ジャガイモだけは裏切らない」とも言われているし)
翌日にチーズを乗せてレンチンしてからオーブント-スターとかで焼けばかなり時間短縮になる。
(上だけバーナーでも可)
※因みに冬場3日後、レンチンしたらエグミが消えていた。
その時は溶けるチーズを使ったからマスキングされていたのか?な?、いや、チーズがかかっていない部分も食べたがエグミは最初から最後まで無かったな・・・なんでだろ?蒸気と共に蒸発したか?
ま、やはり溶けるチーズだと尋常じゃなく美味しいが・・・。
又、チーズを乗せないアッシパルマンティエのレシピもあり、その時はキレイな焼き色にする為に滑らかにしたマッシュをホイップクリームの絞り袋でキレイに搾り出して、立体的な上面だけ焦がす方法もあるが、
洗い物が増えるし(なるべく素材に人の手は加えたくない、作り手の感性が受け手・食べ手に伝わり過ぎ素材を超えてしまえば素材を殺す事になり、全体から受ける味の印象が本末転倒になりうるリスクを避けたい)、更に牛乳の足りなかったこの硬さだと、絞り袋が破裂するのが目に見えているので
イギリス料理のシェパーズパイ(←オレンジのリンクはシツコイ?笑?)の要領でフォークで波模様を描くと良い。
この作業、ワリと好きなんだ・・・。なんか気持ちいい。
<歴史的なこと>
「アッシ パルマンティエ」とする料理名の由来は、フランスにジャガイモを拡めた【アントワーズ・オーギュスタン・パルマンティエ】というフランスの農学者の名前からきており(日本の青木昆陽みたいな人か?違うか?)、アッシパルマンティエの様にジャガイモ料理には「パルマンティエ」という名称が付く料理名があったりする。
パルマンティエが7年戦争(英国&プロイセンvs他国列強)の時、プロイセン軍(ドイツ&ポーランド)に捕虜になった時(=17世紀~19世紀まで続いた地球全土が低温期が原因で荒地でもなんとか育つジャガイモが欧州全土に広まった時期でフランスと違いプロイセンではジャガイモをよく食べていた)に、パルマンティエはジャガイモを食し学んで拡めたという。
↓
「じゃがいも飢饉」
17世紀頃、元々欧州ではアイルランドだけがジャガイモを食べていたぐらいアイルランドではジャガイモを主食としていたが、上記の低温不作の状態の中で更に1845年~1849年まで4年間も欧州全土でジャガイモが疫病による不作となった時期があり、
(品種改良がまだされていなかったり、南米では疫病を想定し違う種類のジャガイモを一緒に植えて、食糧難危機のリスクを下げる対策が取られていたが、まだぞの知恵は欧州全土に拡まっていなかったり、「沢山収穫出来れば良いや」と弱くても繁殖力が強い種類だけに偏って栽培をしていた時期)、
グレートブリテン連合王国の直轄領であったアイルランドの立場的に強い地主はイングランドやスコットランドの人間が多く、殆どのアイルランド人がジャガイモを主食としているにも関わらず、アイルランドでもジャガイモが不足しているというのに欧州各地へジャガイモを輸出する事を奨励してしまい、アイルランドで飢饉状態を引き起こし、アイルランドの人口の10%~20%近くが餓死・病死(100万人以上)し、更に10%~20%(200万人以上)が国外へ脱出しアイルランドの総人口が最終的には半分まで減少したという「ジャガイモ飢饉」が起きた。
↓
「被害拡大の原因」
これほどまでに被害が拡大した「原因」は、いくつかの「要因」が重なったと言われているが、特に重要な要員を箇条書きに抜き出して整理してみると・・・
・餓死者が出ているにも関わらず立場の強い地主が政府がなんとかしようという輸出禁止に更に反対をし、ジャンジャン食料を国外に輸送したり売ろうとした為。
・グレートブリテン連合国の救済処置でアイルランドに食料を調達しても飢え苦しんでいる人々に直接配給をせず、売り付ける等、本当に苦しんでいる人々を救う事が出来ない救済処置になってしまった為。
・救済処置が土地を持たない小作農の人々だけを救うという限定的な救済処置だった為に、地主に地代を納めなくてもよい小さな庭地でジャガイモを生産して暮らしていた多くの人がその僅かな庭地すらも手放さざるを得なく、それが食量生産の自給率を完全に崩壊する事に直結をした。
(=農業主流のアイルランドでは人口の3割がジャガイモ製作に食料を頼っていた背景が一気に崩壊)
これらが「じゃがいも飢饉」が大飢饉となった理由の主たる要因ではないかとも言われている。
↓
結果、アイルランド語が話せる人の減少、民族文化の壊滅的打撃を引き起こしたと言われる。
もう原因はなんだか、、、概ね見当が付く感じで、ブレーキが効かないと・・・人間ほど怖いものはないなと。
ブレーキが効かない人間が人間と言えるのかどうか?解らんが
(社会全体や団体・組織でやってしまった事に誰かが責任を負う訳でもないし)、
これからの未来の人々や日本としても、こういう歴史から何か学ぶ事があるかもしれない。