ぼくの住む地域には、田柄川が流れていた。
いまは、暗渠となって散歩道下の土管を流れているのだ。
従って、表出している河川は空と云う訳である。

空の河川というのは、何という事も無く寂寥感を演出する。
「ああ・・・ここには川があって水の風景があったのだった!」という感慨が寂寥を醸すのだろう。

「用水路と云う痕跡夏木立」

ここは、田柄川の用水跡である。
少しだけコンモリとした林の中にある。

見上げれば、万緑が滴る。
空の川に万緑。
取り合わせの妙である。

時間を感じると云う事が、類い稀なのである。
荒 野人
いまは、暗渠となって散歩道下の土管を流れているのだ。
従って、表出している河川は空と云う訳である。

空の河川というのは、何という事も無く寂寥感を演出する。
「ああ・・・ここには川があって水の風景があったのだった!」という感慨が寂寥を醸すのだろう。

「用水路と云う痕跡夏木立」

ここは、田柄川の用水跡である。
少しだけコンモリとした林の中にある。

見上げれば、万緑が滴る。
空の川に万緑。
取り合わせの妙である。

時間を感じると云う事が、類い稀なのである。
荒 野人