エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

ユリノキの花を見た日

2011年05月27日 | ポエム
ユリノキを見た日、ぼくは押し花絵も見てしまった。
単なる押し花を絵画風に貼り付けた作品では無く、意匠に満ちた一個の宇宙となっている。

ぼくは感服してしまったのである。






        ユリノキ


      衣装を着けよ
      きみの豊かな肢体に
      鮮やかな衣装を纏えよ
      と
      きみはそれに応えるかのように
      白と黄で肢体を飾った
      葉と葉の間から少しだけ花を見せてくれる
      葉脈の縦横な走査線上に
      きみは迷ってしまった
      ユリノキは
      そんなことにお構いなしにすっくと立ち上がり
      葉を風に吹かせた
      葉の間からは
      照り返しを透過させた

      ユリノキが作る木陰の中でぼくは瞑想しているのだ
      ユリノキは大きく葉を伸ばしてぼくの瞑想をその葉脈で
      絡め取ろうとする
      ぼくは足掻くけれどユリノキから逃れることは出来ず
      蜘蛛の糸の架かったてふてふのように悶えつつやがて息絶える
      ユリノキに内包された恐るべき予知能力に畏怖し
      身震いして途絶える快感にぼくは酔いしれてしまった

      ユリノキは高潔な人格を以って空間に咲き続けた





クルクルと回って、時間の縦軸と横軸を混沌の彼岸に追いやっている。
ユリノキはそういう花である。



葉影に隠れることをもって良しとするかのように咲いている。
花の全体像を捕まえるのは苦労しなければならない。




ハンテンボク(和名:葉の形が「しるし半てん」の形をしていることから) 学名「レイリオデンドロ」はギリシャ語で「百合の樹」である。
モクレン科の木で、北アメリカ原産である。

花言葉は「見事な美しさ」「幸福」「 田園の幸福」である。

ユリノキは、夥(おびただ)しく苦悩を抱えてくれている。
現世に生きるぼくたちの煩悩を滅却してくれるのである。

だから、花言葉は幸福であり、美しさとなるのであろう。



そんなにも存在感を示す花には最近お目にかかった事がない。
嬉しいのである。

もしやもしや・・・押し花がぼくを過去に連れ戻したのだろうか。





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 荒野人

押し花絵という美空間

2011年05月26日 | 
押し花・・・という嗜好の世界は、かつて小学生のころ授業の世界にあった。
それは、学問の世界であって決して美空間として楽しんだものでは無かった。

押し花の世界に遊ぶ。
押し花で絵画的幻想の空間を描き出す。

それはいかにも楽しそうな世界である。



ぼくは押し花というより、色づいた葉を押して「しおり」として使っている。
秋は紅葉したカエデや銀杏。
いまならレッド・ロビンの赤い葉である。



今日、たまたま板橋区の赤塚植物園でユリノキの花が綺麗に咲いているとの情報に触れたので出かけたのであった。
この正面の入口の右手のユリノキである。



ユリノキの花である。
ぼくは初めてお目にかかったのであった。
しばらく、その花の下で空気と空を楽しんだのである。

ユリノキの花が醸し出す空間が素晴らしく甘く、そして豊かな色彩で抒情を作っている。



入口の左手に、こんな看板が立て懸けられている。
「美しき押し花絵展」とある。

美しき・・・という表現がぼくを惹きつけたのである。

会場は赤塚植物園内の事務所横である。
看板など片づけ始めていたけれど、無理を言って観させていただいた。

花の永遠を押し花で現世に留めようとする、心優しき女性たちが丁寧に説明して下さる。
そう・・・感動したのである。
押し花絵工房・美の皆さんである。

押し花というより、まるで水彩画のようにデリケートな筆致が感じられる。
花弁を透す光。
重なって咲き乱れる花々。
屏風絵のような佇(たたず)まい。
雪見窓から覗いた山水のような淡々とした花や葉。
確然として現世と彼岸を描いたような色彩感。

ぼくは、思わず「これって押し花ですか?」と聞いてしまった。
「何か特別な乾燥方法があるのでしょう?」
「そうでなければこうした感じは出ないですよね?」

今考えると、随分失礼な質問であった。
「押し花絵展」とあるのだから・・・。

とまれ、素敵な作品が並んでいるのである。
一見の価値あり!
である。

29日の日曜日まで展示されている。
出かけてみてはいかがだろうか。
土、日曜日には「押し花絵」の体験も出来るそうである。

素敵で上品な女性たちが教えてくれるはずである。



帰り際、ブラッシの花をみた。
ガラス瓶の中や底を洗うブラッシに花が似ているのである。



この花は、咲く直前も鑑賞に耐える。
蕾も、満開の花も楽しめる。

何だか今日は得をした気分である。

赤塚植物園(赤塚5-17-14)
板橋区のホームページでも紹介されている。
アクセスはそのページで確認してから出かけられると良いと思う。 





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 荒野人

新しい生命の誕生・・・孫という生けるもの

2011年05月25日 | 日記
二女が二人目の女子を誕生させた。
生命の輪がまた広がったのである。

午前中は篠突く雨が降り続いたけれど、午後には晴れ間が覗いた。
素晴らしくドラスティックな一日であった。



お隣さんの屋根や壁を這っているツタの若葉である。
瑞々しい生命の誕生を示唆しているようである。



濡れそぼっているけれど、水の命は人にとって力である。
丁度雨が上がったころ、新しい生命は産声を上げたのであった。

上の3歳の女の子は「妹が産まれた!」と大はしゃぎしている。
ガラス越しの妹を見ては「可愛い、可愛い!」と喜んでいる。



この3歳の孫の好きなホオズキがもう少しで食べ頃を迎える。



初夏にはブルーベリーも食べ頃を迎えるのである。
どちらも無農薬で収穫してそのまま食す。

甘さが抜群である。

どうもわが一族は女系家族らしい。
男の孫は一人きり。
かくいうぼくの子どもも、女二人である。



いま唯一我が家で咲いているピンクの花である。
生命の輪が広がった祝辞を述べているかのように咲いていたのである。

今日の夕方「夕焼け」の空が広がった。



その空に、クレーンがグッと刺さっていた。



重い人生を掬いあげる重機である。
これからの日本、いや世界の在り方が問われている。

文明を支えるエネルギー問題は深刻な課題である。
いまもテレビの報道番組で、政府高官が20ミリシーベルトの是非を論じている。
未来を築く子どもの健康が問われているのである。

政治家には、自らの主張を正当化するのではなく、他者の幸せこそ論じ、担って欲しいのである。

今日産まれた新しい生命の将来に責任を持つ大人であってほしいし、ぼくもそうありたいのである。




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 荒野人


男の道具

2011年05月24日 | 日記
ぼくにとって、男の道具は万年筆である。
エボナイトの軸に、金とプラチナのペン先、それに太めの握り。

書きやすさは、やはりその適度の重さでもある。



ぼくは、やはりモンブランが好きである。



かつては、ウオーターマンもつかったけれど少し重すぎる。
それなのに軸が細すぎるのである。



これはパイロットの金無垢の万年筆である。
パイロットもプラチナも使ったけれど、ペン先と本体のバランスが微妙なのである。
MADE IN USAの万年筆は、クロスだけれどペン先が硬すぎる。

英国では、パーカー。
紳士の国の筆記用具なのに、デリカシーに欠ける万年筆なのである。
その他、ペリカンとかカランダッシュなども使ってみた。
やはりモンブランに限るのである。



万年筆を胸ポケットに挿し、家の周りを歩いた。
何かを書く訳では無いけれど、不思議に安心感があるのである。



時には特注で蒔絵を施した万年筆も使ったのであるけれど、やはりモンブランに戻った。
今日胸ポケットに挿したのはこの蒔絵のものである。



家の前のアカシアの若葉が、段々その色を濃くしている。
微妙な色合いが若々しく好きである。

この下には、ムラサキツユクサが咲いている。



次々と咲いてくれる、繊細な花である。
環境にも敏感で、微妙でいて繊細な花なのである。

花を絞って紫の汁で草木染めの真似事をしたこともあった。
なんだか、ちょっかいを出したくなる花なのである。



なんという名前だろうか?
ピンクの花が可愛らしい。



好きな雑草である。
生命力逞しい花である。



万年筆のケースに入れてある貝殻である。
この貝殻に耳を当て、海潮音を聴くのである。

これからは、扇子が重要な男の道具になる。
大きめに開く扇子、骨の多い扇子。

そうした扇子で扇ぐと風が優しいのである。
そうした繊細な扇子を作る職人さんがいなくなったそうである。

万年筆もそうである。
大量生産のものが多くなって味が無くなってきた。



でも三色ボールペンは使い勝手が良いのである。




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 荒野人

東大和市に残る機銃掃射の弾痕

2011年05月23日 | 日記
東大和市内の「都立東大和南公園」に行く機会があった。
そこに、第二次世界大戦末期の遺産が残されているのである。

第二次世界大戦の終わり、日本列島が空襲された。
大都市はもとより、軍需産業のピンポイント空爆であった。

この街の隣りには「横田基地」がある。
戦の匂いが色濃く残っている地域である。
そうした匂いを消すかのように、この公園の前には「森永」の大きな工場がある。



この建屋が「旧日立航空機株式会社立川工場変電所」である。
往時の雰囲気を持っている。
ここは、軍需産業の最たるものである。



変電所特有の資材、コイルや碍子を庭に配している。
野ざらしであるけれど、時間の流れを刻もうという市側の意図も見えるぶん好感が持てるのである。



グーグル・アースで覗いてみると、このように見える。



機銃掃射の弾痕が凄まじく残っている。
一目でそれと分かるのである。



碍子(ガイシ)を背景に風にそよぐ矢車草である。
このたたずまいは、物悲しさを語っているようである。



このような看板が建屋の前に立てられていた。

この公園の植栽は美しい。
ボランティアの方々が花の種を蒔き、苗を植えていると書いてあった。



オルレアである。
セリ科の白い花である。

スッと伸びた茎が長くスリムで美しい花である。



サポナリアである。
ナデシコ科の花だ。

そう言えば、従軍看護婦さんたちのことを「戦場のナデシコ」とした映画があったな・・・と記憶している。
悲しい花でもある。



ハクウンボクも満開であった。



この公園は大きな桜の木も多い。
桜花の時期は、きっと花見をする人が多いと思う。

この公園は、平和の大切さを後世に伝える地域として「平和広場」(通称名)と命名したとある。
議会と行政の英断に敬意を表するものである。



旧変電所施設を含めこの地域が戦争の傷跡を今に残す貴重な場所であり、二度と悲惨な戦争を起こさないようにとの願いを込めているのであろう。

弾痕の凄まじい刻印は、歴史の無残を示している。



このモニュメントは、プールと体育館の間の通路に建っている。
力石とでも言おうか・・・。

もう少しで石が持ち上がる、そんな瞬間を捉えているのである。



口をへの字にして力を入れている。
「なにくそ!」である。

こうして力比べをする「平和」も良いものである。
一度は訪れたい場所である。

   西武拝島線・多摩都市モノレール「玉川上水」下車 徒歩8分
   JR「立川」から
     立川バス 村山団地行き「玉川上水」下車 徒歩8分
     西武バス 南街行き「南街」下車 徒歩5分




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