自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★メディアのツボ-29-

2006年11月20日 | ⇒メディア時評

 「ITの伝道者」、あるいはカヤックでの冒険家としても知られる月尾嘉男氏(東大名誉教授)の講演が金沢大学であり(11月10日)、その打ち上げの席でお話しする機会を得た。月尾氏はある東京キー局の番組審議会の委員長もしており、なかなかテレビに関して辛口である。「日本が滅びるならテレビから滅びる」と。

   「パンとサーカス」とテレビ

  月尾氏は文明批評家でもある。金沢での講演では、経済優先主義で没落したカルタゴ、造船の技術革新に出遅れたベネチアなどの事例を挙げ、「現代の日本は歴史に学ぶべき」と。

  「では、なぜテレビから滅びるのか」。月尾氏の持論はこうだ。世界最大の消滅した国家は古代ローマ帝国である。末期になり腐敗した帝国は「パンとサーカス」の政策で国家を維持しようとした。ローマ市民には食料と娯楽を無料で提供したのである。巨大なコロセウムで開催される残虐な闘技、いつでも利用できる巨大な浴場を無償で提供する愚民政策により、政治への不信、社会への不満を解消しようとしたのである。そして市民が娯楽に耽った結果、ローマ市民が蛮族と蔑視していたゲルマン民族により、帝国は短期で崩壊した。衰退の原因はサーカスであった、と月尾氏は強調する。

  その現在のサーカスがテレビ放送なのである。月尾氏は番組審議委員に就任し、いくつもの番組を視聴することになる。そして、レベルの低さに驚嘆する。背景となる知識のない芸人が社会を評論する番組、占師の独断と偏見に満ちたご託宣に若者が感嘆する番組、学者が世間に迎合するためだけの意見を開陳する番組など。50年ほど前、ジャーナリストで批評家だった大宅壮一が喝破した「一億総白痴化」は着実に進行していると実感する。

  そして日本の広告市場のうち2兆円余りがテレビ業界に投じられる。古代ローマ帝国が各地に壮大なコロセウムや浴場を建造し、そこでの娯楽に巨額を投入してきた状況と似ている。古代では大衆が歓迎するということが唯一の評価基準であり、現代日本では視聴率が唯一の達成目標となっている。どのように低俗であろうとも、その勝負に勝利すれば勝者であり、制作を担当した人間は名ディレクターであり、大物プロデューサーとなる。

  さらにテレビの問題は、何事も画像で表現しようとすることだ。人間の重要な能力は物事を抽象し、言葉で表現し文字で記録することである。しかし、テレビは最初に画像ありきで、一字一句までをも画像で表現しようとする。このため日本人は現実を抽象する能力と、言葉から現実を想像する能力を急速に喪失しつつある。最近の若者の短絡した行動は、この能力の喪失と無縁ではない、と。月尾氏のテレビ批評は尽きることはない。

 ⇒20日(月)朝・金沢の天気   くもり

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