マスメディアの記者もベテランの域に達してくると「取引」というものを心得るようになる。一つの情報材料を相手につかませ、さらに別の情報を得るのである。もちろんこれは闇のトレードなので上手にやらないと自分の首を絞めることになる。
土地取引に関して国会で質問した衆院議員(国民新党)が脅迫された事件にからみ、議員を取材した録音データが漏洩し、インターネット上のブログに掲載された問題で、毎日新聞社は3月12日付でデータを外部に漏らした41歳の記者を諭旨解雇とした。記者が取材した録音データが入ったICレコーダーを議員の了解なしに第三者の取材協力者に渡したのである。その取材協力者とは元暴力団組長だったので背景の根深さと波紋を広げた。
取材協力者とはいえ、記者より25歳も年上、しかも、その世界の修羅場をくぐってきた相手との取引である。相手の貫禄勝ちだったかもしれない。ともあれ、記者は取引に失敗した。
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きょうの本題は書評である。梓澤和幸氏の「報道被害」(岩波新書)は実に読みやすい本だった。ベテランの弁護士だけに、論点の組み立てがしっかりしていて、贅肉のないの文章はまさに立て板に水を流すように整然としている。
内容のポイントは2点。「警察情報に過度に依存したマスメディアの取材のあり方の見直し」と「ルーティーンワーク化した取材のあり方の見直し」である。この2点をメディア自身が改革しないと、いつまでたっても松本サリン事件や桶川ストーカー殺人事件にみられたステレオタイプの取材が横行し、メディア・スクラム(集団過熱取材)といった報道被害はなくならない、と著者は問題提起をする。
その解決策として、新人記者の教育に「警察まわり」があるように、「弁護士まわり」も組み込んだらどうかと提案は具体的であり実行可能である。また、ユニークな改革案として、あえて警察情報とは別の視点で事件を取材する記者を配置してはどうかという点。警察情報を得て、被害者宅を取り巻くメディア包囲網とはまった別の角度から取材する記者を配置すべしというのだ。これに関しては、伝統的に社会部の遊軍が担当してきたジャンルではあるが、編集局内の制度として試みるのであれば斬新な改革ともなりうる。
こうした具体案の以前に、取材そのもの、たとえば編集権は一体どこにあるのか、記者たちにあるのか経営者なのかというところをきっちりと内部論議をしないと、改革論議が進まないのは言うまでもない。
ことしに入り、冒頭に記した毎日記者の不祥事のほか、関西テレビ「発掘!あるある大事典Ⅱ」のデータ捏造問題や朝日新聞カメラマンの記事盗用などマスメディアをめぐる問題が噴出している。著者は弁護士なので「報道被害」をタイトルにして「メディアの改革を急げ」と述べているが、裏腹に「報道不信」も深刻なのだと指摘している。ここでメディアが自ら対策を講じないと、国民のメディア不信を背景に権力がメディアの首を絞めにくる。そう警告を発している。
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