自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★破壊の時を刻んだ時計

2007年03月28日 | ⇒トピック往来

 余震の回数は減ったとはいえ、それでも28日午前8時8分に震度5弱の余震が能登地方にあった。そんな中、能登半島地震の被災地である輪島市門前町に支援ボランティアとして被災地に入った。

  余震があり危険として、これまで正式なボランティアの受け入れはなかった。いわば、きょう28日が初日である。午前8時に金沢を乗用車で出発し、寸断された能登有料道路を避けて下道を走行する。午前10時すぎに到着した。参加したのは私を含め金沢大学の職員、学生あわせて5人(男性3、女性2)。門前小学校で設置されたボランティアセンターで登録し、保険の手続きをする。センターの指示で家屋倒壊の被害がもっとも多かった道下(とうげ)地区に。何しろ25日の地震で50の家屋が全壊した。その後も余震で被害が拡大している。

  この地区の避難所ともなっている諸岡公民館の救援センターを訪ねる。ここで、被災した一人暮らしのあばあさん(72)宅の片付けの手伝いをするように指示があった。案内してくれたのはO・Nさん(52)。石川県の災害ボランティアコディネーターだが、関西に住んでいた12年前、阪神淡路大震災の被災を経験した。「大きいの二度体験しているから、もう驚かないよ」。ニヤリと笑った。

  道すがら全壊した家屋があちこちに。案内された家は外観はたいした被害がないように見えたが、内部はタンスや仏壇が倒れ、いわゆるメチャクチャな状態だった。おばあさんは「片付けたいとおもうんやけど、どこから手を付けてよいかわからん」と茫然とした様子。台所には割れた皿や茶碗が散乱し、タンスから引き出しが飛び出し、ガラス戸が割れ、さらに壁の石膏ボードがあちこちはがれて落ちている。もちろん住めないので、25日以来、避難所生活だ。預金通帳や印鑑、権利書などの貴重品は自分で探してもらい、そのほかのものを片付け、あるいは廃棄処分にする作業を手伝った。

  午前10時半ごろに始め、途中お昼休憩(弁当は持参)の1時間をはさんで15時00分に1軒目が終わった。続いても一人暮らしのおばあさん(75)宅での作業。自宅のほかに納屋が2つあり、幅3㍍ほどの農機具の棚が倒れるなど相当な被害だ。

  昔から「能登のトト楽」という言葉がある。妻がよく働くので亭主が楽をするという意味。亡き夫のあと家を守ってきた気丈なおばあさんたちだが、地震でメチャクチャになった自宅を片付けようにも、どこから手を付けてよいか自失茫然としていた。我々ボランティアがタンスや仏壇を起こして元通りにするだけで随分とヤル気を取り戻した。

  でも、住めるようにするためには屋根や柱、壁、戸など大掛かりな改修工事が必要となる。平均寿命まであと10数年。一人暮らしをするおばあさんたちに住宅投資をする余力はあるのだろうか。そんなことまで考えると、我々ボランティアの傍らで一生懸命に片付け作業をするおばあさんたちの姿がいとおしく思えた。

  作業を終え、諸岡公民館の避難所センターで作業の終了報告をして一日を終えた。それにしても、2軒の被災家屋で偶然発見したものがある。「25日午前9時42分」、一瞬の破壊の時間を刻んで針を止めた時計だった。

 ⇒28日(水)夜・金沢の天気  はれ

コメント (3)
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