パソコン生活で起きた「事件」だった。今月20日、日曜日のこと。急ぎの用事があったので、ノートPCのメディア・プレーヤーを再生途中に強制終了(リブート)をかけた。すると、いつもはプシュという音で終了するのに、パツッという音がした。いやな予感がして、今度は立ち上げようとしたが立ち上がらない。
そこで、金沢大学近くにあるPCの修理店に持ち込んだ。店員は、OSを再インストールする必要があるという。そして念のために、ハードディスクがどんな状態かみてもらった。すると、反応がない。コツコツと軽くたたいても反応がない。店員は「やられていますね」と。つまり、壊れている。この一言で頭の中が真っ白になった。ファイルなどのデータは全滅。なかには翌日(21日)と次週28日のメディア論の授業で使うパワーポイントも入っていたのだ。
自失茫然。涙が込み上げてくる。そして、「なんと浅はかなことをしたのだ」と自分自身に対する怒りも。店員から「お客さん、大丈夫ですか。真っ青ですよ」と顔を覗き込まれ、我に返った。PCの修理を依頼して自宅に帰ったが、哀しさや怒りが収まらない。そうは言っても、当面、あすの授業をどうするか。新たにポワーポイントを作成しようにもPCがない。すると今度は手元にPCがないことの恐怖感が襲ってきた。メールの受発信をどうするか、自らが孤立するような不安感である。
そして、PCが修理されて帰ってきても、これまで使っていたソフトのインストール作業の手まひまとコストを考えるとまた暗澹(あんたん)たる気持ちに陥った。
ハードディスクが壊れただけで、たかが電子データを失っただけで、失ったことのはかなさと哀しさ、自らへの怒り、ネット環境からはぐれてしまうことへの恐怖を感じてしまう。そして、いま代替機でブログを書いているが、ブログを書こうと気を取り戻すまでに5日間もかかったのである。
ただ、唯一の救いだったのは先月末に外付けのハードディスクに一部のデータを保存してあったことだった。たかが電子データ、されど電子データの1週間だった。
⇒25日(金)朝・金沢の天気 くもり