自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★GIAHS国際会議その後‐2

2013年06月13日 | ⇒トピック往来

   世界農業遺産国際会議(5月29日-6月1日)を終えた6月8日、金沢大学も関わっている能登の地域塾「ふるさと未来塾」で世界農業遺産(GIAHS)と能登のかかわりについて講義する機会があった。2011年6月、北京で開催されたGIAHS国際フォーラムで「能登の里山里海」と「トキと共生する佐渡の里山」が認定を受けた。講義では、あれから2年能登にはどのような変化起きたのか、社会人塾生たちと考えた。

     クーハフカン氏が「幸せな農家だ」と称賛した能登の青年のこと

   講義の流れは大まかに、1.能登における金沢大学の人材養成の取り組みとGIAHSについて、2.SatoyamaとNotoは国際的に通用する言葉、3.能登のどこが「国際評価」を受けているのか、4.「GIAHSの農業」で変わり始めた能登の人々、5.「能登コミュニケ」で読む、能登の未来可能性・・・の5ポイント。講義でとくに強調したのは、人材養成の取り組みである。

   2010年6月4日、GIAHS事務局長のパルヴィス・クーハフカン氏(当時、FAO天然資源管理・環境局 土地・水資源部長)が能登を候補地視察に訪れた。先導役は当時国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット所長のあん・まくどなるど氏、ほか同大学サステイナビリティと平和研究所や同大学高等研究所のメンバー含め一行は10人ほどだった。農林水産省の審議官も同行予定だったが、同日は間に合わなかった。一行はこの日、能登空港から輪島市に入り、同市の千枚田、珠洲市にある金沢大学能登学舎、輪島市の金蔵集落(朝日新聞「にほんの里100選」)、能登町の農家民宿群「春蘭の里」を巡り、七尾市和倉温泉で宿泊した。

   私はコースのうち、金沢大学能登学舎と金蔵集落を案内した。能登学舎では、金沢大学が廃校だった小学校施設を借り受け、地域の社会人に学びの場を提供する「能登里山マイスター養成プログラム」(現在の名称は「能登里山里海マイスター育成プログラ」)を実施している。プログラムの概要は小路晋作特任助教が説明した。

   2007年10月スタートした人材養成プログラムでは、人材像として、3つのタイプ(農林漁業人材・ビジネス人材・地域リーダー人材)のセンスを兼ね備えた人材の育成を想定。人材を養成するため、受講生には「地域づくり支援講座」「自然共生型能登再生論」「ニューアグリビジネス創出論」での講義を通じて、地域づくり、起業のノウハウ、一次産業の仕組みや販売システムに関する知識を習得させるとともに、「新農法特論」「里山マイスター演・実習」等で環境・生物調査や栽培実習を実践し、当該技術や基本知識を習得。さらに卒業課題演習と卒業論文作成を通じ、実際の地域課題の解決、あるいは就農・起業へつながる取り組みを実践。単位換算で54単位(2年間)に相当する。単なる社会人の教養講座と異なる点は、卒業論文を課して、その発表を審査する点だろう。5年間で62人が修了し、うち52人が能登地区に定着して活動を広げている。

   修了生の何人かを紹介すると。農林漁業人材では、水産加工会社社員(男性)が同社の新規農業参入(耕作面積26㌶)の中心的役割を果たし、耕作放棄地を減少させている。製炭業職人(男性)は高付加価値の茶道用の高級炭の産地化に向けて、地域住民らともに荒廃した山地に広葉樹の植林運動を毎年実施している。また農業関連企業社員(男性)は、自治体職員(女性)、NPO職員(女性)らと連携して地元住民らと「奥能登棚田ネットワーク協議会」を設立し、棚田米のブランド化や都市農村交流事業に取り組んでいる。ビジネス人材では、花卉小売店社員(男性)が農協職員(男性)と連携し、神棚に供える能登産サカキを金沢市場に出荷している。リーダー人材では、デザイナー(女性)が集落の伝統的知恵や自然について学ぶ「まるやま組」という企画を毎月実施し、地元住民と大学研究者や都市住民らを結び付ける役割を果たしている。

   クーハフカン氏が能登学舎でこの里山マイスター養成プログラムの説明を受けて、身を乗り出したのは、受講生たちが環境配慮の水稲栽培を実施する中で採取した昆虫標本とその分類データだった。クーハフカン氏は社会人の人材養成プログラムに昆虫標本の作製まで取り入れるプログラムを高く評価し、「能登の生物多様性と農業の取り組みはとても先進的だ」と標本に見入った=写真=。クーハフカン氏自身、フランス・モンペリエ第二大学で陸域生態学のドクターを取得しており、生物多様性と農業には詳しく、FAOの世界農業遺産の認定基準(1.食料と生計の保障、2.生物多様性と生態系機能、3.知識システムと適応技術、4.文化、価値観、社会組織、5.優れた景観と土地・水資源の管理の特徴など)にも盛り込んでいる。能登には、大学が関与する生物多様性に配慮した農業人材の養成システムがすでにあることがクーハフカン氏の脳裏に刻まれ、その後に能登GIAHS認定の大きなポイントとなったに違いない。

   事実、北京での国際フォーラムでは、能登里山マイスター養成プログラムの研究代表、中村浩二金沢大学教授がクーハフカン氏から依頼され、「Satoyamaand SatoumiInitiatives for Conservation of Biodiversity and Reactivation of Rural Areas in NotoPeninsula: Kanazawa University's role in GIAHS」と題して、「Noto Satoyama Meister Training Program」の取り組み紹介した。生物多様性に配慮した農業人材の養成システムがすでにあることのインパクトは想像に難くない。その後、中村教授はGIAHSの科学委員に指名された。そして、今回の能登での国際フォーラムでも「Human Capacity Building in GIAHS sites: Role of Universities in the Revitalization and Sustainable Development of Satoyama and Satoumi」と題して、GIAHSサイトでは持続可能な里山里海の利用において人材養成は欠かせないと強調した。

   感動的な場面がことし2月20日、能登であった。金沢大学の「マイスター養成」プログラムを修了し、活動を広げている若手の農業者ら6人とフクーハフカン氏の「直接対話」を中村教授がセットしたのである。その6人のうちの1人、無農薬・無肥料の自然農法で水稲栽培をしている33歳の青年のスピーチを聞いた後、クーハフカン氏はこのように質問した。

Dr. Koohafkan: Congratulations. Did the land that you have used was your own land or did you rent, borrow, or buy it? Do you think a family could live happily? I see you are a very happy farmer and do you think that many others would be able to live like you in the area that you are working? (クーハフカン:素晴らしいですね。賛辞を贈らせていただきたいと思います。今お使いの土地はもともと所有されていた土地ですか。それとも借りたり購入したりしたのでしょうか。また、家族が幸せに暮らすことができると思われますか。あなたは非常に幸せな農家だとお見受けしますが、今お仕事をされている地域で、他にも多くの人が同じように暮らしていけると思われますか。)

Mr. Arai: I am using all of the rice paddies free of charge. A lot of things are happening in my life, but I am living happily.
Urban consumers do not like pesticides. Abandoned agricultural land is on the increase in the Noto, but it means that Noto is an environment where organic rice can be cultivated. I feel that people living in cities would find farming in Noto interesting if the number of people who come to Noto from cities for inspection and other purposes continues to increase even by one or two. (田んぼは全部、ただで借りています。いろいろありますが、幸せに暮らしています(笑)。都会の消費者の方は農薬が嫌いです。能登は耕作放棄地が増えていますが、逆に考えると、無農薬米が作れる環境にあるということです。就農希望の都会の人が視察に来るので、その中から1~2 人ずつ仲間が増えていけば、さらに能登の農業は面白いと都会の人が思ってくれると感じています。)

   埼玉県出身の青年はこれまで就農と移住の相談を国、県、14の市町村にしたが、「稲作だけで農業は無理」と断られ、最終的に輪島市役所だけが受け入れてくれた。2008年に移住し耕作放棄地だった田んぼを無償で借り受け、いまは4㌶に拡大している。無農薬・無肥料の自らの田んぼで生き物調査をして、生き物は84種、植物は311種を確認している。それをホームページを使って情報発信し、共感してくれた全国の支援者が田んぼを訪れている。生物多様性と農業について考え、果敢に取り組む青年に、クーハフカン氏は「あなたは非常に幸せな農家だ」とエールを送ったのである。

※下の写真は、積雪の中、「田の神」に感謝する農耕儀礼「あえのこと」を執り行う青年。それを仲間たちが見守った=2012年12月9日・輪島市三井町で

⇒13日(木)朝・金沢の天気    はれ

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