きょう(5日)奥能登の伝統的な農耕儀礼「あえのこと」を見学した。農家が田んぼから田の神を自宅に招いて、稲の実りに感謝してごちそうでもてなす行事。2009年にユネスコ無形文化遺産にも登録されている。能登町の柳田植物公園内にある茅葺の古民家「合鹿庵(ごうろくあん)」では毎年公開で儀礼を行っていて、今回も50人余りが見学に訪れていた。
田の神はそれぞれの農家の田んぼに宿る神であり、農家によって田の神さまにまつわる言い伝えが異なり、夫婦二神、あるいは独神の場合もある。共通していることは、目が不自由なこと。働き過ぎで眼精疲労がたたって失明した、あるいは稲穂でうっかり目を突いてしまったなど諸説がある。目が不自由であるがゆえに、農家の人たちはその障がいに配慮して接する。座敷に案内する際に段差がある場合は介添えをし、供えた料理を一つ一つ口頭で丁寧に説明する。演じる家の主(あるじ)たちは、どうすれば田の神に満足いただけるもてなしができるかそれぞれに工夫を凝らす。
田の神のもてなし役は執行者と呼ばれるが、合鹿庵での執行者は近くに住む中正道(なか・まさみち)さん、70歳。中さんは町の「あえのこと」保存会の会員であり、前日に自宅を訪問して話を聞いた。開口一番に、「地元の人は『あえのこと』とは言いません。『タンカミサン(田の神さま)』ですよ」と。もともとこの農耕儀礼には正式な名称というものがなく、いまでも農家の人々はタンカミサンと呼んでいる。かつてこの地を訪れた民俗学者の柳田国男が「あえのこと」として論文などで紹介し、それが1977年に国の重要無形民俗文化財に、そしてユネスコ無形文化遺産の登録名称になった。「あえ」は「饗」、「こと」は「祭事」の意で饗応する祭事を指す。
確かに、ユネスコ登録では宗教行事は回避されるため、「田の神さま」より「あえのこと」の名称の方が審査が通りやすかった。それでも、中さんは「あえのこと」の登録名称に今でも違和感があると正直に語った。また、ユネスコ無形文化遺産に登録されたことを意識してか、農家では「素朴な感謝の気持ちより、儀礼を行うこと自体が目的となっているのではないか」と懸念する。調度品やお供え物が豪華になり、服装も羽織袴になった。
さらに、伝統な供え物では「焼き物」は「田が焼ける(かんばつ)」につながり、「蒸し物」は「虫(害虫、イモチ病)」につながることから避けられてきた。それが、最近では「茶碗蒸し」を出す家もある。「伝統的な供え物には農家の心や願いが込められている。できるだけ正確に伝えることに、伝統や無形文化遺産の価値があるはず」と。中さんは地域の人たちや、両親、祖父母から聞いてきたことを冊子にまとめ、農家の後継者の人たちに「田の神さま」を伝えている。
(※写真は能登町「合鹿庵」で執り行われた農耕儀礼「あえのこと」行事。田の神さまにことしのコメの出来高を報告する中正道さん=写真・左=)
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