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但馬旅行を振り返って・1 (鉄橋を撮っても鉄橋は撮れない)

2006年11月16日 19時30分37秒 | 気ままにお出かけ
bridg014.jpg: 餘部鉄橋を見下ろす

但馬 (たじま) 旅行での一番の狙いは餘部鉄橋でした。一番の狙いですから、撮影も最大の山場となりました。

餘部鉄橋は高さ41.45m、長さ310.59mに及び、橋桁を11基の橋脚が支えています。明治42 (1909) 年に着工され、明治45 (1912) 年に開通しました。巨大なクレーンもなかった当時は、高層建築なんて夢のような話だったはずです。そんな時代に組み上げられた鉄橋が、94年もの長きにわたって人々の往来を支えてきました。

今では、山陰線の列車を通すほかに、但馬のランドマークとしての役割も担っています。

そして、今まさに産業遺産になりつつあります。

18世紀のイギリスに始まった産業革命以降、さまざまな場面で科学技術が活用されてきました。機械や施設は、導入当時こそ最新の技術を結集して造られますが、時の経過とともにその先端性が薄れ、次第に新しい技術に取って代わられていきます。

技術の世代交代が進む中で陳腐化し、廃用となった機械や施設は、産業の歴史を語る証人です。産業遺産は先人の努力の結晶であると同時に、最新技術の礎として私たちの生活を支えてくれています。

そんな産業遺産がいとおしい。今も94歳の老骨 (老鉄骨?) にムチ打って働き続ける餘部鉄橋を一目見ようと、列車に揺られていくつものトンネルを抜け、餘部鉄橋を訪ねました。

目的は、壮大な建造物である餘部鉄橋の撮影です。餘部駅に降り立つと、さっそくさまざまなアングルから餘部鉄橋を写真に収めていきました。

train008.jpg: 餘部鉄橋を渡る特急はまかぜ

運よく、特急はまかぜが餘部鉄橋を渡る場面にも出会えました。

駅周辺での撮影を一通り終え、山あいの駅から急な斜面を伝ってふもとの集落に下りると、様子が違っていました。

目の前には餘部鉄橋が高く高くそびえています。うわさにたがわぬ巨大建造物です。

bridg015.jpg: 餘部鉄橋のコンクリート基礎

餘部鉄橋は民家のすぐそばに迫り、その威容で周囲を圧倒していました。

でも、何かが違うのです。

rice000.jpg: 餘部の稲穂

田んぼでは金色の稲穂にたわわに米が実り、畑では野菜が丸々と太っていました。畑では女性が野菜の収穫に追われていました。鉄橋の下には収穫の喜びが満ちていました。

餘部鉄橋はランドマークなんかじゃない。

地元の人の大切な足なのです。

トレッスル式という古風な建設方式で人気を集め、観光資源としての価値を獲得した餘部鉄橋ですが、都心に出るために欠かせない交通手段なのです。

餘部駅の建設には地元の小学生も石を運んで協力したといいます[1]。駅と鉄橋がいかに地元の人々に愛されてきたかを物語るエピソードと言えるでしょう。

餘部駅は地元の悲願でしたが、意外なことに、餘部鉄橋が開通した当初は存在しませんでした。町に出るには、徒歩でトンネルを4つ越えて鎧 (よろい) 駅に向かい、そこから列車に乗っていたとか[1]。餘部に駅が設けられたのは鉄橋の開通から実に47年後、昭和34年 (1959) 年のことでした。

やがて日本も高度経済成長の波に乗り、庶民にも自家用車が普及しました。海岸沿いに通された国道はきれいに舗装され、交通の主流は鉄道から自動車に移りました。

現在、餘部駅に停車する列車は1時間に上下各1本か2本。現代の交通手段としてはずいぶんスローテンポであり、自家用車に見劣りする感は否めません。

それでも、昔からこの鉄橋を地域の足として大切にする心は、この土地のにおいとして染みついていました。

bridg006.jpg: 枯れたひまわりの花と餘部鉄橋

「鉄橋を撮ってちゃダメだ」

鉄橋が人々に愛される姿を撮らなきゃ。生活に根付いた鉄橋を撮らなきゃ。建造物としての鉄橋を撮ろうとしていた自分が浅はかでした。鉄橋を撮るだけでは鉄橋を撮ったことにならないのです。

撮影のスタイルが転換しました。

そうして撮れたのがこの1枚。

bridg010.jpg: 餘部鉄橋と民家、配達の軽トラック

何てことのないスナップ写真ですが、大好きな一枚です。

次に餘部を訪ねる機会があったら、また鉄橋のある暮らしを撮りたい。そう思っています。

参照資料


[1] キノサキ郡の橋

撮影データ


今回は、文章の邪魔にならないように撮影データを文末に集約しました。2枚目と4~6枚目の写真は連載記事からの再掲です。再掲した写真をクリックすると、元の記事が表示されます。

1枚目 (bridg014.jpg): D70s with SIGMA 17-70mm F2.8-4.5 DC Macro thru Kenko Pro1D Protector (W), Aperture priority AE (F=5.6, SS=1/250s), 0.0EV (Matrix metering), ISO200, WB=Cloudy (-2), f=50mm (35mm-equivalent: 75mm)
新規掲載

2枚目 (train008.jpg): D70s with SIGMA 17-70mm F2.8-4.5 DC Macro thru Kenko Pro1D Protector (W), Aperture priority AE (F=5.6, SS=1/3200s), 0.0EV (Spot metering), ISO200, WB=Sunny (+0), f=50mm (35mm-equivalent: 75mm)
但馬旅行写真集・11 (特急はまかぜ、餘部を通過)」より再掲。

3枚目 (bridg015.jpg): D70s with SIGMA 17-70mm F2.8-4.5 DC Macro thru Kenko Pro1D Protector (W), Aperture priority AE (F=5.6, SS=1/80s), 0.0EV (Matrix metering), ISO200, WB=Cloudy (-2), f=17mm (35mm-equivalent: 25mm)
新規掲載

4枚目 (rice000.jpg): D70s with SIGMA 17-70mm F2.8-4.5 DC Macro thru Kenko Pro1D Protector (W), Aperture priority AE (F=4.2, SS=1/250s), 0.0EV (Matrix metering), ISO200, WB=Cloudy (-3), f=50mm (35mm-equivalent: 75mm)
但馬旅行写真集・13 (餘部の実り)」より再掲。

5枚目 (bridg006.jpg): D70s with SIGMA 17-70mm F2.8-4.5 DC Macro thru Kenko Pro1D Protector (W), Aperture priority AE (F=16, SS=1/40s), +0.3EV (Matrix metering), ISO200, WB=Cloudy (-3), f=55mm (35mm-equivalent: 82mm)
但馬旅行写真集・14 (餘部、夏の終わり)」より再掲。

6枚目 (bridg010.jpg): D70s with SIGMA 17-70mm F2.8-4.5 DC Macro thru Kenko Pro1D Protector (W), Manual exposure (F=4.5, SS=1/50s), ISO200, WB=Cloudy (-2), f=21mm (35mm-equivalent: 31mm)
但馬旅行写真集・16 (鉄橋のある暮らし)」より再掲。



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2005年11月16日の記事は → 「鳴門・高松旅行記・29 (高松城)

【みぃのつぶやき】 高松は讃岐の海の玄関口。去年は栗林公園や高松城をめぐり、港は歩いてきませんでした。今度は港も歩いてみたい。

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