●『日本を捨てた男たち ― フィリピンに生きる「困窮邦人」』(水谷 竹秀 著、集英社)
人は、こうやって貧困に落ちていくらしい。
彼らは日本で普通に暮らしていた。ただし、彼らの目に映る日常とは、あきらめが泥のように厚く沈殿した深海底のようなものだった。人生は、そんな深海底で繰り返される、何の変化もない時間の経過にしか見えない。その単調な暮らしを百年も千年も続けてきたように感じる。
自分だって、かつてはキラキラと輝く水面で派手に水しぶきを上げて泳いでいたつもりだ。海の覇者とまではいかなくとも、颯爽 (さっそう) と水を切る己の姿がそこにあった。
あった……はずだった。
今は、深海底で毎日息を吸っては吐き、酒とタバコを伴侶に、食べては寝るだけで日々をやり過ごしている。
ある日、そんな深海底での人生に偶然快楽が降り注ぐ。くすぐられる自尊心。おぼろな光も、深海ではまぶしすぎる。光の差す方向へ泳ぐ。泳ぐ。光はどんどんまばゆさを増す。光の先には未来がある。明るく輝く未来に包まれた楽園がある。
……はずだった。
未来という言葉に彩られた現実逃避で行き着いた先は、かつていた深海底とはまた別の、貧困という名の深海底だった。以前よりもはるかに深い海の底。衝動にかられた、後先を考えない行動。身勝手と不義理から人との縁は次々に切れていく。すべてを失う中で捨て切れなかったプライドと見栄がおもしになり、浮上しようにも身動きすらままならない。
人は、こうやって貧困に落ちていくらしい。