目次
第1回: 大きな「投資」をしちゃった
第2回: まさか、あのこと?
第3回: 友達の善意
第4回: 私にはこれしかないから
第5回: トンネルの中へ
第6回: クーリングオフしましょ
第7回: 板ばさみ
第8回: 決行
第9回: 信頼
Aちゃんと雑談していたときのこと。久しぶりに会ったのでお茶でもしようかと思いましたが、どうも様子が変です。外食を避けようとする雰囲気があります。
微妙な間を空けて、Aちゃんが切り出しました。
「今、お金がないんだ。大きな『投資』をしちゃったから」
「投資?」
化粧品を購入して会員になったそうです。友達を勧誘して新しく会員になってもらい、その友達が化粧品を購入すると、Aちゃんに10%のマージンが入るんだそうです。
「あー、マルチ商法だね」
「マルチじゃないよ」
「下の会員が商品を買うとその利益が入ってくるのは、典型的なマルチだよ」
「マルチじゃなくて、ちゃんとしたビジネスだよ」
「それをマルチって言うんだってば」
「マルチじゃないよ。クリーンなビジネスだよ」
ダメです。完全に洗脳されています。マルチ商法で利益を挙げられるのは、上位ランクのごく一部のメンバーに限られます。遅いタイミングで加入したAちゃんが利益を挙げられるとは思えません。
「自分のペースで無理せずにできる仕事は、これくらいしかないから」
Aちゃんは今、事情があって仕事に就けていません。フルタイムの仕事には体がついていかないのだそうです。体調が安定しないので、パートタイムでも長期にわたる仕事はできないと言います。
なぜか分かりませんが、私の周囲には経済的に困窮している人が多いのです。病気や心の傷が原因で仕事に就けない人、病気の親の面倒を見ている人、国民年金の保険料を払えない人……。ほかに、性同一性障害を理由に男性から女性に性別を移行しようとしても、職場の理解が得られない人もいます。
「そろそろ貯金も少なくなってきたし、自分が生活できるだけの収入がないと、やっていけないから」
どうやら、弱みに付け込まれた様子。
「友達にも勧めようと思って」
「やめときな」
よく言われるように、マルチ商法で失うのはお金だけではありません。友達を勧誘すると、その友達との関係もこじれてしまいます。
Aちゃんは、友達のBさんから化粧品ビジネスを紹介されたそうです。既にBさんと一緒に化粧品会社のセミナーに出席し、昨日契約を結んだばかりだと言います。
「セミナーでね、明日からシステムが変わるから、今のうちに入会しないと利益を挙げにくくなるって言われたの。だから今しかチャンスがないと思って」
契約を急がせるのは、かなり怪しいです。
「私が生きていく道はほかにないと思って、賭 (か) けに出たの」
Aちゃんの言う賭けとは、下位ランクの人が挙げた収益から分配を受けて生活の糧にすること。収益分配の権利を得るために、現金で多額の化粧品を買ったと言います。私の推測で50万円。化粧品にしては大金です (この金額はそのとき私がざっと見積もった金額ですが、後で調べてみると、誤差5%以下で当たっていました)。
「買った化粧品は、明日かあさってにも届くと思う」
下位ランクからの収益分配で利益を挙げるためには、自分より下位のメンバーを大勢加入させる必要があります。マージンが10%なら、10人加入させないと元はとれません。Aちゃんがその収益を期待しているということは、大勢の友達を勧誘するつもりに違いありません。しかし、Aちゃんが勧誘しても実際に加入する友達は少なく、断られることが多いでしょう。そして、断った友達はAちゃんから去っていくでしょう。
トータルで損失になるだけでなく、多くの友達も失うことが目に見えています。
それにしても、仕事がなくて貯金を食い潰すしかないAちゃんから なけなしの50万円を巻き上げるとは、いったいどんなセミナーだったのでしょう。
これは、しっかり話を聞いたほうがよさそうです。お金も友達も失う前に、一刻も早く解約させなければなりません。
「今、時間ある? お茶しない?」
(次回に続く)