北海道ツーリング5日目・9月6日の朝を、せたな青少年旅行村(キャンプ場)で迎える。
今日からの行程は、積丹半島から、余市を経由して、稚内方向に向かう計画であるが、疲れか?風邪か?身体がしゃっきとしない。
ドリンク剤で対処しようとしたが、不安感を抱いている。
大事をとって、今夜はホテル泊にしようか・・!? と、迷いと云うか・甘えが生じている。
目覚めて8時頃、用足しに行くと、2台のバイクは居なかった。
私のテントの近くで、野営した札幌ナンバーの自動車で来ていた一組(前日の日記の写真4、奥の赤色のテント)と、朝の挨拶を交わす。
「此れから何方へ・・?」と聞くと「ゆっくりして帰ります。貴方は?・・」
私は「積丹半島から、余市に立ち寄り、稚内に向かいます」と答え、序でに「札幌辺りでホテルは見付かりますかねぇ?」と聞いてみた。
「ホテルチェーン店もあるし”ほのか”や”〇〇(名は忘れた)”の宿泊が出来る温浴施設もあります」と教えられた。
地元の人の安易さと、旅行者の不安さの格差が生まれていた。
”何とかなる!死にはせん!”と鼓舞してみたものの大きな力には、ならなかった。
唯!唯一名を示された「ほのか」が、私を助けてもらう結果となった。 札幌(ナンバー)の御二方・有難う!
出発準備を整え、札幌の御二方と管理員の方に挨拶をして「せたな青少年旅行村」を後にする。
国道229号線を北上する。
やがて、目に付いたのが、二回目の北海道で難儀した思い出の「茂津多岬灯台 日本一高い灯台」の標識は今も健在であった。
今回は遠慮させて頂いた。
そして「よってけ島牧」(道の駅)と云うので、立ち寄った。 が、何をすることも無く、出立した。
岩内から、国道229号線で、積丹半島・神威岬(かむいみさき)に向かう。
神威岬の駐車場に駐車し、徒歩で「神威岬」に向かう。
駐車場から岬までは、徒歩で2~30分を要するという。
途中に”関所(木製の木戸)”があり「この先・女人禁制」と云う表示板があった。
近年では、その規制は解除されているが、此処・神威岬には、二つの悲しい事故・伝説がある様だ。
神威岬灯台の周回する様に小道があって、灯台より先の道から”積丹ブルー”を鑑賞した。
そして、駐車場に戻ろうと歩んでいると、物語が出来た。
何かに躓いて、倒れそうになった。
踵を修理した靴の前部分が、大きく口を開けている。
躓く筈である。
ポケットに有った買い物袋(ビニル袋)を紐状にして、靴先とアウトソールを縛って、駐車場まで辿り着いた。
キャンプ場で使うビニル製のスリッパで、応急対応することとした。
声をかけて来たバイカーがいた。
瀬棚のキャンプ場で逢った人であった。
「何時に(キャンプ場を)出た」と聞くと「7時ころ・・」
「此れから何処に行くの?」と聞くと「分からん!」と云う。
お互いに「気を付けて!」と云って、別れた。
そして、次に訪れたのが「積丹岬」・・・と思っていたが「島弐意海岸」であった。
駐車場から、人が通れるトンネルがあって、トンネルを抜けると日本海が見渡せ、やはり”積丹ブルー”に輝いていた。
積丹岬までは遊歩道で1Km程・先にある様だ!
また、灯台と岬の位置関係は異なっている様で、灯台(積丹出灯台)へは駐車場から20分を要するとの事である。
積丹半島の二か所で、積丹ブルーを鑑賞し、余市に向かう。
余市と云えば「ニッカ」である・・・私の思いは・・!
工場見学に当たっては、試飲が出来なければ”産むものはない”と、壱時間ほどの滞在で後にする。
ニッカをモデルにしたTV番組で、ニッカ発祥の地は”田舎”との印象であったが、JR余市駅に程近く、人の賑わいもある。
思い描いた風景とは異なっていた。
まだ陽射しはある。 しかし、夏の時間である。
陽が落ちると、7・8時は直ぐである。
宿さがしを、安易に考えていた。
手持ちのリストから、電話をする。
しかし、尽く「今日は満室・・・・」との返事であった。
それなら、飛び込みで探そう。
余市・手稲(札幌市)から石狩市までには「有る(看板は見付かる)だろう!」と思った。
思ったモノの、気が付けば石狩市役所を通過するまで至っていた。
行けども「宿・旅館・ホテル」という看板に出逢わなかった。
陽も暮れてくる。心細くもなってきた。
引き返そう! やはり、札幌という大票田に向かうしかないと、判断し、Uターンする。
道道44号線を、国道5号線に向かうが、5号線へのアクセスに手こずった。
何故かしら5号線に執着した事で、今夜の睡眠が得られる場所にと到達する事が出来た。
せたなキャンプ場で聞いていた、温浴施設「ほのか」の大きな看板を見た時の安堵感!は、今も思い出される。
そうなんです! 国道5号線沿いにあったのです。
手持ちのリストで電話をするも「満室です!」と追い込まれ、流しで探すが、時間ばかりが経過し、見つからない。
唯一つ、名を告げられ覚えのあった、温浴施設「ほのか」を見付け、ホッとするに至った事が、物語である。
チェックインに当たって、もう一つ解決しなければ成らない事がある。
それは、履けなくなった”靴”を解決しなければならない事である。
チャックイン・カンターで商業施設を聞くと「JR手稲駅に西友があります」と、教えられバイクを走らす。
看板を確認し、所在は判った。
しかし、土地勘もなく(線路や通行規制)照明が頼りで・視界も狭く、駐車場にどう行けば良いのか判らない。
巨大な総合的商業施設で、バイクを留めた場所から延々と歩く羽目になったが、靴(ズック靴)を購入する事は出来た。
そして、今日の宿泊場所と決めた、温浴施設「ほのか」にチェックインを果たす事が出来た。
早々に入浴を済ませ、食堂(レストラン)で、今日の無事の自分に乾杯をし、夕食を頂く。
パソコンが使える部屋が有ったので、北見・網走・根室・釧路付近のビジネス・ホテルをリストアップし、手持ちリストの補完をした。
本日の走行距離は312Km・・但し、石狩市役所付近まで往復の”無駄な距離”も含む。
今日の絵日記の絵(写真)は、3枚である。
写真・左:「女人禁制」の表示が今も残る”関所”付近から、神威岬灯台を望む。
写真・中:積丹ブルーに輝く海面と神威岩。神威岩は、義経伝説に係わる云う。また、女人禁制も義経伝説の様だ。
写真・右:ニッカ工場見学の試飲コーナー・・ 黙って通過しました。 機会が有れば・・・とも願う。
今日からの行程は、積丹半島から、余市を経由して、稚内方向に向かう計画であるが、疲れか?風邪か?身体がしゃっきとしない。
ドリンク剤で対処しようとしたが、不安感を抱いている。
大事をとって、今夜はホテル泊にしようか・・!? と、迷いと云うか・甘えが生じている。
目覚めて8時頃、用足しに行くと、2台のバイクは居なかった。
私のテントの近くで、野営した札幌ナンバーの自動車で来ていた一組(前日の日記の写真4、奥の赤色のテント)と、朝の挨拶を交わす。
「此れから何方へ・・?」と聞くと「ゆっくりして帰ります。貴方は?・・」
私は「積丹半島から、余市に立ち寄り、稚内に向かいます」と答え、序でに「札幌辺りでホテルは見付かりますかねぇ?」と聞いてみた。
「ホテルチェーン店もあるし”ほのか”や”〇〇(名は忘れた)”の宿泊が出来る温浴施設もあります」と教えられた。
地元の人の安易さと、旅行者の不安さの格差が生まれていた。
”何とかなる!死にはせん!”と鼓舞してみたものの大きな力には、ならなかった。
唯!唯一名を示された「ほのか」が、私を助けてもらう結果となった。 札幌(ナンバー)の御二方・有難う!
出発準備を整え、札幌の御二方と管理員の方に挨拶をして「せたな青少年旅行村」を後にする。
国道229号線を北上する。
やがて、目に付いたのが、二回目の北海道で難儀した思い出の「茂津多岬灯台 日本一高い灯台」の標識は今も健在であった。
今回は遠慮させて頂いた。
そして「よってけ島牧」(道の駅)と云うので、立ち寄った。 が、何をすることも無く、出立した。
岩内から、国道229号線で、積丹半島・神威岬(かむいみさき)に向かう。
神威岬の駐車場に駐車し、徒歩で「神威岬」に向かう。
駐車場から岬までは、徒歩で2~30分を要するという。
途中に”関所(木製の木戸)”があり「この先・女人禁制」と云う表示板があった。
近年では、その規制は解除されているが、此処・神威岬には、二つの悲しい事故・伝説がある様だ。
神威岬灯台の周回する様に小道があって、灯台より先の道から”積丹ブルー”を鑑賞した。
そして、駐車場に戻ろうと歩んでいると、物語が出来た。
何かに躓いて、倒れそうになった。
踵を修理した靴の前部分が、大きく口を開けている。
躓く筈である。
ポケットに有った買い物袋(ビニル袋)を紐状にして、靴先とアウトソールを縛って、駐車場まで辿り着いた。
キャンプ場で使うビニル製のスリッパで、応急対応することとした。
声をかけて来たバイカーがいた。
瀬棚のキャンプ場で逢った人であった。
「何時に(キャンプ場を)出た」と聞くと「7時ころ・・」
「此れから何処に行くの?」と聞くと「分からん!」と云う。
お互いに「気を付けて!」と云って、別れた。
そして、次に訪れたのが「積丹岬」・・・と思っていたが「島弐意海岸」であった。
駐車場から、人が通れるトンネルがあって、トンネルを抜けると日本海が見渡せ、やはり”積丹ブルー”に輝いていた。
積丹岬までは遊歩道で1Km程・先にある様だ!
また、灯台と岬の位置関係は異なっている様で、灯台(積丹出灯台)へは駐車場から20分を要するとの事である。
積丹半島の二か所で、積丹ブルーを鑑賞し、余市に向かう。
余市と云えば「ニッカ」である・・・私の思いは・・!
工場見学に当たっては、試飲が出来なければ”産むものはない”と、壱時間ほどの滞在で後にする。
ニッカをモデルにしたTV番組で、ニッカ発祥の地は”田舎”との印象であったが、JR余市駅に程近く、人の賑わいもある。
思い描いた風景とは異なっていた。
まだ陽射しはある。 しかし、夏の時間である。
陽が落ちると、7・8時は直ぐである。
宿さがしを、安易に考えていた。
手持ちのリストから、電話をする。
しかし、尽く「今日は満室・・・・」との返事であった。
それなら、飛び込みで探そう。
余市・手稲(札幌市)から石狩市までには「有る(看板は見付かる)だろう!」と思った。
思ったモノの、気が付けば石狩市役所を通過するまで至っていた。
行けども「宿・旅館・ホテル」という看板に出逢わなかった。
陽も暮れてくる。心細くもなってきた。
引き返そう! やはり、札幌という大票田に向かうしかないと、判断し、Uターンする。
道道44号線を、国道5号線に向かうが、5号線へのアクセスに手こずった。
何故かしら5号線に執着した事で、今夜の睡眠が得られる場所にと到達する事が出来た。
せたなキャンプ場で聞いていた、温浴施設「ほのか」の大きな看板を見た時の安堵感!は、今も思い出される。
そうなんです! 国道5号線沿いにあったのです。
手持ちのリストで電話をするも「満室です!」と追い込まれ、流しで探すが、時間ばかりが経過し、見つからない。
唯一つ、名を告げられ覚えのあった、温浴施設「ほのか」を見付け、ホッとするに至った事が、物語である。
チェックインに当たって、もう一つ解決しなければ成らない事がある。
それは、履けなくなった”靴”を解決しなければならない事である。
チャックイン・カンターで商業施設を聞くと「JR手稲駅に西友があります」と、教えられバイクを走らす。
看板を確認し、所在は判った。
しかし、土地勘もなく(線路や通行規制)照明が頼りで・視界も狭く、駐車場にどう行けば良いのか判らない。
巨大な総合的商業施設で、バイクを留めた場所から延々と歩く羽目になったが、靴(ズック靴)を購入する事は出来た。
そして、今日の宿泊場所と決めた、温浴施設「ほのか」にチェックインを果たす事が出来た。
早々に入浴を済ませ、食堂(レストラン)で、今日の無事の自分に乾杯をし、夕食を頂く。
パソコンが使える部屋が有ったので、北見・網走・根室・釧路付近のビジネス・ホテルをリストアップし、手持ちリストの補完をした。
本日の走行距離は312Km・・但し、石狩市役所付近まで往復の”無駄な距離”も含む。
今日の絵日記の絵(写真)は、3枚である。
写真・左:「女人禁制」の表示が今も残る”関所”付近から、神威岬灯台を望む。
写真・中:積丹ブルーに輝く海面と神威岩。神威岩は、義経伝説に係わる云う。また、女人禁制も義経伝説の様だ。
写真・右:ニッカ工場見学の試飲コーナー・・ 黙って通過しました。 機会が有れば・・・とも願う。