遅いことは猫でもやる

まずは昔メールした内容をひっぱってきて練習...
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新選組の異端構成員

2019-11-18 02:45:30 | 


浅田次郎「壬生義士伝」上下 文春文庫 2002年刊

傑作である。というかこの作品は大傑作と言っていいと思う。南部藩の下士出身の徒士が壬生浪と呼ばれた新選組に入隊。守銭奴と呼ばれても妻子に送金を続け、飢えたものには握り飯を施す男の生き方を描く。

この男、文武両道に長け、藩校では助教、道場では師範代を務める。その生き方は万人にも愛されるが、葉隠に代表される武士の生き方とは少し違う。武士道とは、あるいは「義」とは国のため、道のために死するとは違い、家族のため、民百姓のため生きることだという。

義は貫くが、徹頭徹尾・故郷、家族を第一に生きるこの男、家族は見事な生き方をする。「武士道とは死ぬことと見つけたり」というような思考停止に陥ることなく、義を追求した作者の表現力に拍手を贈りたい。

新選組の諸構成者の視点からこの男の所業を解き明かしてゆく手法も興味深く、新選組内部の事情も説得力がある。近藤勇、土方歳三、沖田総司などの性格描写もそうだと思わせる説得力がある。

ストーリー構成も相まって、是非お勧めしたい一冊である。

もう一歩踏み込め

2019-10-30 03:32:22 | 


ケント・ギルバート「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」講談社文庫2017年刊

義兄が見繕ってくれた本で、手軽に読めそうな題名なので、手にとって読んでみて、ちょっと驚いた。
人口に膾炙している俗説をなぞらえ、日本人に迎合したような本である。学問的にどうこうというものではなく、中国人は儒教をもとに自己中心的な性格を強めている。韓国人は日本人を弟分として一段低く見ている。というのが論議の出発点である。

欧米人特有の分かりやすい論拠ではあるが説得力、根拠には乏しい。しかし主張は明確で紛れがないので、情感にはストレートに入ってくる。嫌韓・嫌中のムード醸成には有効だろうが、「だからどうしてこの困った友人たちとの状態を改善するのだ」という回答はない。ちょっと危険な感じがする本である。

日本人に「自信と誇りを持て」と言われても。根拠のないそれほど危ういものはないと思う。この本が発売以来15版も発行を続けているのが何やら不気味ではある。

池井戸ワールド

2019-10-28 02:39:30 | 

池井戸潤「7つの会議」集英社文庫2012年刊

お馴染み池井戸潤の企業内事件小説だ。「下町ロケット」「陸王」「ノーサイドゲーム」などで企業内外の人間模様を描き、その機微に触れ読者を飽きさせない力量は流石である。

本書はは少し趣向を凝らし、8篇の短編からなるが、それぞれは同じ企業内のエピソードを語り、底辺に流れるテーマと微妙に絡んでゆく。それだけではなく、初めの方にそれとなく出てくる登場人物が、実は全体を左右する重要なキーマンだと。最後の8篇目で解き明かされる。

銀行員やサラリーマンを描かせたら天下一品の著者がここでも力量を発揮して、読むものを引きつける。お得意の世界にグイグイと引っ張ってゆく。サラリーマンの野心、意気込み、悲哀などが多方面から描かれる。

エンターテイメントとして、また病院の備え付け文庫として最適な読み物のような気がする。

おおらかなアメリカ

2019-10-18 03:59:03 | 


原宏一「ダイナマイトツアーズ」祥伝社文庫 H20年刊

たしかこの作家の作品だと思うが、築地の魚河岸を舞台に情報屋が主人公の「やっさん」という著作があったような気がする。この作家の一つの特徴として、ありえない仕事を職業として成り立たせる構成力がある。

この小説もその類で、ぐうたらな生活を送っていた若者二人が、義父の死をきっかけに自立を迫られ、アメリカに逃げて、ビル爆破作業に従事するというのがメイン。最後の日本に舞い戻ってきて、昔いた商店街の爆破を手掛ける云々は、取ってつけたようなもので、それほど説得力はない。

アメリカでの修行生活は、拾ってくれた黒人や大雑把な生活など如何にもありそうである。おおらかなアメリカの国民性が出ているようだ。エンターテイメントとしては、前半から中盤にかけてが面白く、わくわくさせる。

それにしても、作家というのは因果なもので、この作品を書くのにはかなり爆薬や、爆破自体の研究をしたのだろう。お疲れさまです。




元気づけるメッセージ

2019-09-05 10:12:55 | 


杉浦貴之「命はそんなにやわじゃない」かんき出版 2011年発行

義弟が私のためにわざわざ講演会に出向き、買ってくれてきたがん闘病記である。著者は愛知県西尾市出身、闘病記というよりは、治療失敗記録というべきか。数々の食事療法、ヨーガ、気功、ヒーリング等あらゆる治療法を手掛けるもなかなか効果上がらず。

著者もがんと闘う中「こうあるべき」「こうあらねばならない」という縛りから開放され、がんと共存し、周りへの感謝に目覚めたあたりから他への依存から解き放たれる。加えて夢を持つ、実現する行動に移る、ところから回復に向かって動き出しているように見える。

まずは「大丈夫だ」「命はそんなにやわではない」と信じるところから始まる。確かに著者はスーパーマンには違いないけど、同じように煩悩に悩み、失敗し続ける生身の人間がそこにいる。

この本を買うためにきっと行列に並んでくれたのだろう。著者の私宛の署名入りサインを見ながら、ありがたさにふと感謝の念を抱く。もう一度読み直してみようかな。

エンターテイメント

2019-08-25 00:56:48 | 


道尾秀介「カラスの親指」講談社 2008年刊

残り少なくなってきた、畏友から拝借した本を久々に広げた。定評のある作家なので安心して読み進められる。おなじようなテーマ=偽札作りの物語を読んだような気がする。セリフの隅々まで神経の行き届いたやり取りがあり、謎解きというか、エピローグ的な語りの部分で読み返してみると、なるほどなあと感心してしまう。

ただ最終的には登場人物が全て善人であることがやや物足りないといえばそんなところか。しかし知的な娯楽本としては最高に楽しめる一冊である。本のタイトルもそれなりに意味のあるものだ。

沖縄の怨念

2019-08-13 11:04:02 | 


山城幸松「菊に挑んだ沖縄」ーー天皇の捨て子”沖縄”を生きる 彩流社2018年刊

私にしては珍しいジャンルの本である。実は友人から「私の知人が書いた本を読んで、是非ブログに書評を載せてほしい」という依頼があった。私ごときの書評に如何ほどの価値があるのはわからないが、そう言ってくれた心意気に感じて戴いた本に目を通した。

沖縄といえば、私が初めて訪問したとき、大田海軍中将の「沖縄県民斯ク戦ヘリ県民ニ対シ後世特別の御高配ヲ賜ランコトヲ」という電文を紹介されたとき、沖縄戦の苛烈さと、それを闘った沖縄県民の忠誠が偲ばれた記憶がある。

この本はそこではなくて、天皇が終戦間際、沖縄に最後の決戦を求め、講和条約締結の捨て石として指示を出したこと、また1947年にも沖縄に米軍の駐留を望む、というメッセージを出していることに怒りを覚えた新左翼系の学生運動家の活動系譜である。

これらの指示やメッセージが実際にあったかどうかは定かではないが、昭和天皇は沖縄訪問に特別な感情を持っていたらしく、気にしつつも生涯訪問の機会を得なかったのも確かである。沖縄出身の著者はこのコトを天皇自身の口から謝罪させることを最終目標に、次第に新左翼運動に傾斜してゆくが、ここらへんの活動記録はやはり体験だけあり面白い。

よくある新左翼経緯の文書と違うのは、いわゆる自己陶酔型ではなく、案外客観的な自己評価の視点が保たれていることである。そこから最後の坂下門外の変の目標は、マスコミに取り上げられ裁判闘争につながれば良く、決して暴力闘争に転じてはならない、という自制の効いたものであった。残念ながら裁判は意図した方向、にはならなかったがここらあたりは自他の力の差を客観的に見据えた活動方針である。

この本を読んでいて、ふと韓国のことを思い出した。あの怨念とプライドはすざましいものがある。沖縄はそれに加えて寛容さ、恕という柔らかな概念が生きている。韓国との違いである。

江戸城明け渡し異聞

2019-07-22 02:41:09 | 


浅田次郎「黒書院の六兵衛」上・下 文春文庫 2013年刊

現在私の読書源は、畏友からの貸出本、病院のボランティア貸出図書、書評での注目本を購入、それに加えて入院末期に義兄が差し入れてくれた図書、に大別される。この本は義兄の差し入れ分であるが、フォーサイスを始めとして外国人作家の著書が多い中に混じって浅田次郎の著書が入っていた。

久しぶりの浅田文学である。「オーマイガアッ」以来その筆の冴えを楽しんできた。今回もストーリーは単純なのだがその描き方が真に面白く最後まで読ませる。

ときは幕末、年号も間もなく明治に変わろうかというほど押し迫っている。勝安房守と西郷吉之助の談判成立直後、江戸城の明け渡しの受け取り先陣を命ぜられた、尾張徳川家の徒頭が主人公である。

ただお城の明け渡しに立ち会うだけでなく、そこに居座る一人の旗本を巡る顛末がテーマである。彼を立ち退かせようと、幕府留守居役、徒頭、旗本組頭、或いはその上司、あげくは勝安房守、西郷まで繰り出すが、件の旗本は頑として動かず、次第に座す場所を将軍家の御座所の方へと移動する。いろいろな人が説得するが彼は座するのを止めず、怪しげな噂も立つ。曰く将軍そのものだ、或いは朝廷の回し者だ、また外国公使が放ったスパイだなどいろいろ言われる。

西郷が力ずくで排除をしてはならぬと釘をさしているので手荒なことはできず、とうとう天頂様の御成の日を迎えるまで続いた。これ以上は種明かしをしないが、フィクションとわかっていてもなにか楽しい。一気に読んでしまった。著者は当代随一の作家と言ってよいだろう。

警察小説

2019-07-04 01:10:16 | 


今野 敏「トカゲ」特殊遊撃捜査隊 朝日文庫 2009年刊

知らなかったが、著者は現代の警察小説御三家だそうだ。後二人は佐々木譲、横山秀夫である。私は犯罪発生の社会的関連を重視する横山ファンであるが、三者とも警察内部の縦割りの勢力争いに目を向けているのは同じである。

オートバイを乗り回す格好良い覆面捜査部隊は実在する部隊だそうだが、この小説はその隊員から見た、銀行員誘拐事件がテーマである。恐ろしく頭が切れて、銀行内部の事情にも詳しい犯人が警察のプロ集団を相手に回して駆け引きを行う。

通常の暴力的な圧力を背景に交渉を行う犯人と違い、極力その圧力は使わず、知的な取引によって身代金を奪おうとする。その駆け引きが見どころなのだが、トカゲの活躍は最後の最後、ワンシーンのみと言っていいほどだ。

やたら格闘場面が続くハードボイルドバイオレンスよりこうした知的なやり取りでの緊張感を維持するのは難しいけど面白い。

ちなみにこの本は病院のボランティア図書に寄贈されてものである。十分楽しませていただいた。

紅けむり

2019-06-24 11:44:44 | 

山本一力「紅けむり」双葉文庫 2014年刊

伊万里焼の産地、佐賀鍋島藩をめぐる騒動。江戸の伊万里焼取扱商人、薪炭問屋、やくざ者、公儀隠密が絡み、不穏な情勢となる。

元はといえば、東インド会社の衰退で、伊万里焼の取扱が縮小したことから、大きな取引先を失った伊万里焼の窯元、販売先が新しい販路を求めて動き出すのが発端だが、佐賀藩の存亡を掛けるその行方に色々動き出す輩がいる。

この騒ぎに乗じて、b級品の販売に手を出したり、有ろう事か禁制の黒色火薬の輸送に手を伸ばす犯罪者集団も登場する。

薪炭屋の若主人は腹を決め、公儀隠密と手を組みこの一味と戦うことを決意する。このあたりの描写は手慣れたものである。やくざ者と公儀隠密ではもとより勝負にならない。無事一味は摘発されることになるが、判官びいきというかどこかに、公儀にも失敗せぬかと願う気持ちがでてくるのは、天の邪鬼な私の性格だろう。

しかし、特産品としての伊万里焼の比重の大きさは、莫大なもので、豊田市のトヨタに匹敵する影響力ではないか。

まあ小説としては無難な一冊というべき。入院中はこれに限らず本はたくさん読めた。時間があるから当たり前だが、本も気力がないと読み進められない。