田部井淳子著「それでも私は山に登る」文藝春秋社刊 2013年9月刊
女性で初めてエベレストに登頂した登山家が、土壇場でどう対処したかを数々の登山経験と、がん告知を受けてから寛解(完全にガンが消滅した状態)するまでの行動を綴った本である。自分だけでなく、人のために生きることが、結果的には自分を救う実例でもある。
冷静な分析とそれに基づいた判断、一方で人間の感情をわかり、その中で前向きに行動してゆく力を示す。その基本には「山が好きだ」という、ぬきがたい原点があり、山に向かう或いはチャレンジする喜びを常に求めている。前半は登山経験の中での分析、後半はガン闘病と東北震災支援プロジェクトが中心の記述である。
癌で余命3ヶ月と診断された時も深く絶望することなく、やるべきことに真正面から立ち向かった。ヒマラヤで雪崩に襲われた時、迷いもなく装備のテントをナイフで切り裂いて、「後のことはこの状況が落ち着いた時考えよう」と割り切るのと同じ発想だ。先を考えながらもその場その場での展開に全力を尽くすのが小気味よい。
ガンとの戦いも壮絶であるが、それが全部ではない。やるべき任務(東北震災支援プロジェクト)と並行して立ち向かっている。
語り口は気負ってもおらず、冷淡でもなく、等身大の著者がそこにいる。彼女の周りには田部井ファンが沢山居るというのがよく分かる。華やかではないが信頼感が湧く。
久しぶりに小説ではない本を読んだが、静かなファイト(元気)が湧いてくる本だった。お薦めできる。