がんぼのぶらり紀行

北海道オホーツク遠軽で、昭和時代のお茶の間みたいな食堂 やってる おばちゃんです。

自分の存在意識を失うとき

2009年10月07日 17時34分55秒 | 徒然
突然、自分の存在を疑問に思うことがある。
きっかけは単純。



自分はここに必要ないのでは?

自分がいなくとも、ここはもう充分に事足りているのでは?

むしょうに寂しく、哀しくなる。

いなくてもいいんだ。きっと。  必要はないんだ。きっと。




嫉妬。

空回り。

一人歩き。



家族に、友だちに、仕事に。
少し離れて自分を思う。







突然、立ち直る。
これも、きっかけは単純。


日々の小さな作業でも、立て続けに仕事が入ってくると
そんなことをクヨクヨ考えている暇がないほど忙しくなる。
いつの間にかそんな事など忘れてしまうのだ。





自分の存在を疑問に思う今。

・・・ 精神的に暇だということだ。

するべき仕事はあるのだが、どうもやる気が起きない。




いつでも、どんなことでも相談し、一緒に仕事をし、行動してきた同僚が突然入院し、もうすぐ1ヶ月半。

留守を守らなければと焦る思いと、
サーバー管理やサイト管理・プログラムメンテナンスなど重過ぎる荷。
顧客様からのハード部門のトラブルなど
何かあったら一人では対応できないという不安感にずっと押しつぶされそうだった。


実際、この1ヶ月半の間に、問題があったことが数回。
顧客様に呼ばれて、作業をしてきたことが数回。
日々の作業は相変わらず途切れることなく毎日続く。

大きなトラブルには至らず、一人で何とかこなしてこれた事は幸運だったと思う。


呼びにいっても、電話をかけても、メールを入れても
何をしても一緒に動く事はできない、入院療養中の同僚。

自分一人では何も出来ないことをあらためて痛切に実感した。
どれだけ、同僚を頼って仕事をしてきたかを思い知った。



同僚の入院当初は、このままもう二度と一緒に仕事は出来ないのかと思った。

今の仕事は技術的な事が多すぎ、私のつたない知識で一人で続けることは絶対に無理であり、同僚の診断結果によっては廃業せざるを得ないと覚悟した。
多くのお世話になった顧客様へのお詫びとお断りの言葉をも考えるようになっていた。

しかし、自己の努力と病院の適切な対処で、
同僚はいつ退院してもよいところにまで回復した。
あとは病院側からの退院許可を待つのみと思う。



早く退院して、また以前のように二人で仕事ができることを待ち望んでいる。

今、起きない「やる気」と、なくした「自分の存在意識」は、
きっと同僚が戻ってくることで回復するのだろう。


もう少し・・・ がんばろう。。。

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