富田元治のブログ

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マンサク鑑賞登山

2021年01月23日 | 九州の山歩きと山野草
鞍岳 登山
(熊本県・九州百名山)
 
  マンサク観賞登山
標高・・1119m
  マンサクの花

【日時】2006年2月25日・単独

【コース】森林コース登山口→ 分岐→ 鞍部→ 鞍岳山頂→ 馬頭観音→

     → パノラマコース→ 登山口

【時間】登山口→鞍岳山頂:約1時間30分。

【下山】山頂→馬頭観音→パノラマコース→登山口約1時間。


 鞍岳にマンサクの花を見に登ってきました。
 リンクサイトの友人『まつやんの山歩記』に

 鞍岳のマンサクがUPされていました。
 早速登ってきました。初めてマンサクの花を見ました。
 咲いている場所もまつやんさんから教わっていました。

 森林コースの岩場の斜面に咲いています。
 登りは森林コースを、下山はパノラマコースを歩いてきました。

 森林コースの登山口に数台の駐車スペースがあります。
 人工林(杉林)の中を50分ほど登ると、自然林の登山道になります。
 自然林の急斜面を10分ほど登ると、

 馬頭観音方面と山頂鞍部方面の分岐点があります。
 この分岐点を山頂鞍部方面に登ります。

 岩場に さしかかると 前方に マンサクの黄色い花が見えてきます。
 初めて見ました。私には満開のように見えました。
 マンサクの木は高木で花は2cm前後です。
 満開になると 花の中心が赤色に なるのでしょうか?
 図鑑のマンサクは花の中心が赤くなっています。

 良く分かりません。

 しばし、マンサクを観賞し山頂をめざしました。
 マンサクが咲いている岩場を過ぎると、

 すぐ鞍岳(男岳)と女岳の鞍部に着きます。
 鞍岳の山頂は目の前に見えています。

 山頂は風が強く、寒かったです。
 山頂で食事を取ろうと思いましたが、風が強くおまけに寒くて止めました。

 下山は また マンサクが咲いている場所を通り、

 パノラマコースを下山しました。
 下山途中で雲行きが怪しくなってきました。

 とうとう小雨が降ってきました。
 急ぎ足(駆け足)で下山しました。

 馬頭観音から登山口まで30分で下りてきました。

 天気もどうにか持ちそうでした。

 ここパノラマコースの登山口で金峰山を見ながら食事です。
 コンビニ弁当を食べ駐車場まで戻りました。

 駐車場まで約500mと書いてありました。
 パノラマコースは展望は殆んどありませんが 自然林の気持ちの良い登山道です。
 登りを森林コースで 下山をパノラマコースに されると 良いと思います。
 では、鞍岳マンサク観賞登山の写真レポートです。

 
森林コースの登山口   人工林の中を50分ほど登ります。

 

 

   
登山道 登山道 登山道

 

 

 

分岐点(ここを鞍岳山頂の方へ)

マンサク
 
マンサク マンサク

 

 葉っぱの落ちてしまった枝に、黄色いリボンの花が咲いています。
 緑の葉っぱが、全くありません。
 マンサクとは『まず咲く』と言うことから、名前が付けられたと言う説もあります。
 春が近づいてくると、枯れ木に黄色いリボンの花を咲かせます。
 4枚の細い花びらがリボンそっくりです。良く見ると本当に面白い花です。

 

 

 
マンサク マンサク

大勢の登山者(下山時撮影)
 

マンサク・・

まるでリボンのようです。

花径・・

2センチ前後(小さな花です)

木は高木です。

斜面に高木があります。

頭上に咲いています。

【マンサク画像←クリック】

 

 

 
鞍部に出てきます(前方は 鞍岳山頂) 鞍岳山頂 (九重連山方面の展望)
 
山頂から女岳&鞍部を展望します ツームシ山(パノラマコースから)
 

パノラマコースの登山道

(自然林の中です)

鞍岳山頂を振り返ります

(登山道から)

 
パノラマコースの登山口 駐車場(道路の脇)

この登山口から駐車場まで

約500mです。

森林コースの登山口の

すぐそばにあります。


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マンサクの花

2021年01月23日 | 九州の山歩きと山野草

マンサクの花。

 

マンサクの語源は明らかでないが、

早春に咲くことから「まず咲く」「真っ先」が変化した説、

多数の花が豊作に通じることから

「万年豊作」に由来するなどの説がある。

 

葉は互生し、楕円形で波状の鋸歯がある。

2月~3月に葉に先駆けて花が咲く。

 

花にはがく、花弁と雄蕊(おしべ)および仮雄蕊が4個ずつあり、

雌蕊(めしべ)は2本の花柱を持つ。

がくは赤褐色または緑色で円い。

花弁は黄色で長さ1.5cmほどの細長いひも状になる。

 

果実は蒴果で、2個の大きい種子を含む。

果実はホウセンカなどとおなじく成熟後に乾燥することで皮が裂け種子が飛び散る。

 

マンサクの花

 

 

マンサクの花

 

 

マンサクの花。

 

 

 

 

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黒人差別と日本の格差社会

2021年01月23日 | #デタラメ政治

黒人差別が無くならない限り、あらゆる差別が無くならない。

黒人差別は無くならないだろうから、あらゆる差別も無くならない。

政治が作り出す自己責任社会が差別社会を拡大し、

格差社会、階級社会を作り出すのです。

 

 

今日の熊日新聞の ”論考2021” に、

人種差別を訴えるアスリートの記事が載っています。

1968年10月16日のメキシコオリンピックの表彰式での出来事です。

52年前の出来事ですが、強烈な出来事として記憶に残っています。

 

 

 

1968年10月16日、メキシコオリンピック、

陸上競技男子200mの表彰式でそれは起きました。

 

19秒83の世界新記録で優勝したトミー・スミスと3位に入ったジョン・カルロスです。

表彰台に臨む2人の米国黒人選手はシューズも履かず、黒のソックスのままでした。

金メダルのスミスは黒いスカーフを首に巻き、

銅メダルのカルロスは白人至上主義団体のリンチで亡くなった人を

追悼するロザリオを身に着けていました。

 

そしてスミスは右手、カルロスは左手に黒い手袋をしていました。

やがてメダルの授与、米国国歌が流れ、星条旗が掲げられました。

アスリートにとって至福の場面です。

 

ところが、2人は視線を足元に落とし、頭を垂れ、

そして黒い手袋の拳を高々と空に突き上げたのです。

約52年前のメキシコオリンピック表彰式での出来事です。

 

 その後この3人は陸上競技とオリンピックから永久追放されました。

 

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大学入試の為に、勉強ばかりしていた竹中平蔵は、

この出来事を知らないでしょう~!

知らないから、格差社会を作り出し、階級社会を目指すのです!

 

竹中平蔵を市中引き回しの刑に!

竹中平蔵を火あぶりの刑に!

 

 

 

 

 

 

 

 

日本を暗い国にした小泉純一郎と竹中平蔵・・二人の極悪人。

 

 

竹中平蔵は菅内閣の経済ブレーンです。

竹中平蔵は人材派遣会社パソナを経営しています。

また、低賃金の奴隷労働者を作り出し、一儲けする予定です!!

竹中平蔵を抹殺しなけば、日本は滅びます!!

 

 

 

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ふうてんの寅 山田洋二監督

2021年01月23日 | 感動した映画

男はつらいよ 寅次郎紅の花 第48作 

 

 

寅さん映画の最後の作品です。NHKBS放送で見ました。

最後の寅さん映画とあって、山田洋次監督がNHKのスタジオに来られていました。

映画の内容は、満男が泉ちゃん(後藤久美子)の花嫁行列をつぶして、

そのまま当てもなく旅に出ます。たどり着いたのは、奄美大島でした。

この奄美大島で、リリーと生活している寅さんに出会います。

そんな内容の映画です。思い出しましたか?

 

毎回、放映の後に、司会者の方が作品の感想を述べらます。

このコーナーに山田洋次監督が、ゲストとして出られていました。

寅さん映画には、日本の懐かしい風景が沢山映し出されています。

山田監督が言われていました。

 

寅さんシリーズを作っている間に、日本から、土(つち)の道が無くなりました。

他にも、目に見えてた物がどんどん無くなりました。

でも、一番無くなったのは、目に見えない【人情】です。と。

 

司会者の3人さんは、人情にあまりピンと来なかったのか?

発言が放送カットされたのか、SLも無くなりましたね。とか言われていました。

司会者の3人は、目に見えない人情の話は全くされず、

目に見える風景の話ばかりでした。

 

山田監督が言われた人情が、どんどん日本から消えていると私も思います。

おかしな日本になっています。そう思いませんか?

 

日本人に愛される寅さん映画は、日本人がここ数年で失っている何かを、

教えてくれると一人で思っています。

みなさん、寅さんのビデオを時間を作って見ましょう!

心が豊かになって、活力が出てきますよ。

 

以上、gangeeの九州山歩きのホームページから ←クリック。

 

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トップが代わると、企業も国も変わってしまいます。

人間の血の通わない人物がトップになると、

トップに忖度し、トップと同じ冷血人間になります。

人情が消えてしまいます。

小泉純一郎と竹中平蔵が日本人の心を変えてしまいました。

自分さえ良ければいい、自己責任社会が出来上がりました!!

小泉純一郎と竹中平蔵に違和感を感じない冷血人間の日本国です。

 

日本を暗い国にした小泉純一郎

 

 

菅政権のブレーン・竹中平蔵を火あぶりの刑に!!

 

 

 

     

 

労働法を改正し、手配師(人材派遣会社)を合法化し、

自ら人材派遣会社・パソナを経営する竹中平蔵です!!

 

竹中平蔵を市中引き回しの刑に!

 

 

 

竹中平蔵を火あぶりの刑に!!

 

 

 

 

 

 

 

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いじめを防ぐために、自死した「江川つなぐ」いじめ事件

2021年01月23日 | いじめ自殺事件

いじめを防ぐために、自死した「江川つなぐ」いじめ事件。

再調査のために署名を!

 町民と同じ数 15,000人分を集めたい! ←クリック。


 
発信者:江川 和弥 宛先:会津坂下町長 、


江川つなぐは、2002年、私の長男に生まれました。

中学1年生の時、2014年5月にいじめに遭いました。

初めは筆箱を隠されただけのいじめでした。

ところが、教師は、犯人探しをはじめます。

家族も本人も「犯人を探して欲しい」とは言っていないにもかかわらずに、

教師の判断で行われました。長男つなぐは、本来はいじめ被害者です。

しかし、誰にも守ってもらえずに、周りの生徒からは、

先生に「チクった」人間として特別視され、孤立してゆきます。

教師は、筆箱を隠した犯人探しをはじめます。

誰も名乗り出ないと、学年の生徒全体にトイレ以外、

クラスを出てはいけないという「禁足」という罰を下します。

不満に思った生徒がトイレ等、教師の目につかない場所で、

「つなぐ」への不特定多数が悪口を言ったり、問い詰めたり、

無視したり、本人を追い詰めました。

先生たちは、ただ一生懸命に犯人探しをするだけです。

彼はめったに愚痴を言いませんでしたが、

この時は「嫌なことがある」「つらい」という事を口にしました

やがて本人は、学校に通えなくなります。

学校にゆかなくなった後も、お祭りなどで、町に出ると神社の境内に連れ込まれ、

どうして学校に来ないのか?などと他の生徒に詰め寄られます。

「お前はずるい」「学校に来い」と暴力的な罵声を浴びせられます。

本人は、どんどん追い詰められてゆきます。

10月ごろからは、自分であることがわからないように、

マスクをして行動するようになりました。

自死するまで、知らない人の前でマスクを外すことはできませんでした。

夜中に飛び起きたり、叫んだりすることもありました。

理由がわからない人は、

あからさまにマスクをする「つなぐ」を「病的」と言いました。

彼は、自分を守るために顔を隠していただけです。

好奇の目にさらされるうちに、知らず知らずに、

自分を大事にできなくなってゆきました。

事件直後から、保護者は学校の対応に強い不信感を持ちながらも、

いじめへの対応を求めてゆきました。

本人の権利侵害についても、正面から答えるように学校に求めてゆきました。

当時の学校長の言葉は、「受験に不利にならないようにしますから」と、

我々の意図と全く筋違いな返事をもらった事を今でも忘れません。

保護者は、高校受験のために騒いでいると思ったのでしょう。

 学校を設置する会津坂下町教育委員会、

会津坂下町も教師が本来守るべき被害者「つなぐ」を守らず、

いじめを引き起こし、

広げ、加速させたという事実に対して正面から事実を検証しようとしません。

「つなぐ」のいじめのアンケートさえも十分に取られません。

今回の事件で教師が生徒にどのような影響力があり、

被害生徒が受けた苦しみ、精神的なダメージについては明確にしようとはしません。

彼が中学3年生の秋に、

ようやく会津坂下町教育委員会がいじめの重大事案として認めて、

「第三者委員会」を設置しました。

中学3年も終わり、ようやくでた調査報告書は、

行政からの一方的な調査の後の結論は、

本人は中学を終えているので改善する余地はないというあっさりとしたものでした。

本人の精神的なダメージや、いじめの構造には何ら言及されていません。

 

今回のいじめの原因は、いじめた生徒の側にあり、

その深刻ないじめを引き起こした要因は、教師の側にあります。

 長男つなぐは2019年1月9日に自死をしました。

本人から残された言葉は自分自身が「生きるのが向いていない」という言葉でした。

その後、出てきた2回目の調査報告書は、

本人の精神的なダメージに言及するどころか、

本人がいじめに抗議する力がなかったことが、「問題」という結論が出され、

幼稚園の時におもらしをしたという生育歴を出しています。

「本人には嫌なことに反論する力がなかった」と結論づけたのです。

まるで、いじめられた側にも責任があるというような言い方です。

この的外れな報告書を持って、調査が終わりにされています。

事実関係も教育委員会や学校の責任を曖昧にしています。

現在、このいじめは、子どもにとっても教師にとっても何の教訓も学びもない、

学ばれない死として放置されています。

保護者は、長男を大切に慈しんで育ててきただけに、本当にやるせない思いです。

親からすれば、なんとか再発を防止して欲しい。

我が子の死からたくさんのことを学んで欲しいという気持ちでいっぱいです。

いじめにはそれぞれに、当事者本人を追い詰めてゆくメカニズムがあります。

学校での生徒のストレスの高まりは、何によっては増幅するのか?

その時、教師は何を大事に対応しなければならないのか?

いじめ被害生徒の保護をどのように丁寧に行う必要性があるのか?

犯人探しよりも大事な生徒の保護が、なぜ、なおざりにされたのか?

このいじめ対応には、多くの学びのポイントが隠されています。

自分が辛い思いをしているときに、何も行動しないで無視したり、

傍観する生徒の存在が、どれだけ人を傷つけるのか?

学年主任が方針を決めると、

なぜ他の先生は違和感を感じてもそれについてゆくのか?

行動が修正されないのか?教師の行動からも、学ぶことがあります。

そこを明確にした原因の究明を保護者は望んでいます。

2019年1月9日に本人は自死をします。

いじめは、直接いじめられているときが一番辛い、

死を選ぶ時はその時だと多くの人は思っています。

綱弘がいじめられてから、5年あまり経ってからの自死です。

直接いじめられた渦中にいたわけではありません。

しかし、マスクが手離せなかったように、

彼の中には何らかの精神的なダメージや辛さや、

心的な外傷があったと私たちは思っています。

今回再調査では、いじめと自死の関係も、

長期的な視点で解明してほしいと考えています。

また、あらためて、

いじめの起こす根深い問題と社会がしっかりと向き合ってゆかないと、

同じように自死をする子どもは後を絶ちません。

 

会津坂下町が本当に再発防止をしたいのであれば、

もう一度、事実に即して被害者の立場でいじめ調査を再び行うことが必要です。

学んでいただければと思います。おきている事実が衝撃的なので、

「できるだけ触れないことが家族のためだ」という思い込みや、

時間がもう何年も経っているのに、いつまで同じ事を言っているんだ。」

という遺族に寄り添わない声が、

事実を究明せずに迷宮入りさせる要因になっています。

保護者の願いは、多くの子どもたちが、悲惨な現実からこそ、

たくさんのことを学んでほしいと願っています。

 

= キャンペーンの進捗 =

2021年1月21日 

みなさん1月9日の綱弘の命日から集めだした、

「江川つなぐ」いじめ事件再調査を求める署名が

本日(1月21日)目標の15,000名を突破いたしました。

みなさんの応援心より感謝申し上げます。

できるだけ早くみなさんの声を、会津坂下町町長に届けます。

一人の子どものいじめですが、我が事としてとらえていただいた、

この思いを大事に次のステップに進みます。

まずは、心より感謝いたします。

江川 和弥

 

「江川つなぐ」さん。

 

 学年主任が方針を決めると、

なぜ他の先生は違和感を感じてもそれについてゆくのか?

答え・・小泉純一郎が選挙区に刺客を送り込み、

有権者がその刺客を国会に送り込んだことが全てです。

日本国民を権力者に尻尾を振りまくポチにしてしまいました。

 

日本を不幸にした人物は小泉純一郎と竹中平蔵です。

 

 

 

 

 

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