唐松林の中に小屋を建て、晴れた日には畑を耕し雨の日にはセロを弾いて暮したい、そんな郷秋<Gauche>の気ままな独り言。
郷秋<Gauche>の独り言
アコースティック・フォト(その3・最終回)
「大人のための写真教室 Acoustic Photo」への参加を機に書いた、フィルムで撮る写真について考える連載記事も今日が最終回です。フィルムで撮る写真とデジタル方式の写真、いったい何が違うのか。そしていったいどちらが優れているのか。
つい3、4年前のこと、デジタル写真がフィルムに追いつくのにはあと10年はかかるといわれていましたが、ライカ版(35mm、撮像体がAPS-Cサイズのものもここに含めて考える)今ではほぼ同等といわれるまでにデジタル写真の技術が急速に進歩し、同時に価格もほぼ35mmフィルム用のSLRと同等になりました。
まず画素数が増え、中・上級クラスのDSLRでは1000万画素以上が標準になったことで、半切程度に引き伸ばしてもビクリともしないまでになりました。最近主流になっているマルチスキャン露光方式のプリンター(現像機)を利用した場合にはオリジナルがポジでもネガでも、原版を電気的にスキャニングし印画紙に露光しますので、少なくともプリントに関してはフィルムでもデジタルでも同じということになっています。
それでは、彩度、階調と言った色の再現性はどうか。これについてはいまだにフィルムに一日の長(正確には百年の長)があるといわれています。確かに特定の色が強調される、白飛び・黒潰れが起こりやすいなどの問題が指摘されますが、これも早晩解決されることでしょう。つまり、程なく、具体的にはあと5年もすれば「技術的には」デジタルはフィルムに完全に追いつき、追い越していることでしょう。
そんないま、なぜフィルムとマニュアルフォーカスにこだわる人がいるのでしょう。デジタル方式の写真がフィルム方式の写真の美しさに敵わないから、「写真はフィルム」なのだとおっしゃる方がいます。それではデジタルの技術が更に進んでフィルムを凌駕したときに、彼はなんと言うのでしょうか。
電子燃料噴射装置と自動変速機、オートエアコンとカーナビゲーションがついたクルマが当たり前の今、キャブレターを自分で調整し、5速のギアを駆使し、クーラーもステレオもないクルマを愛し、乗ることを楽しむ人がいます。でも、そんな彼らも通勤や買い物にそのクルマを使うわけではなく、そんな時にはきっともう1台の、最新の快適なクルマを使うのでしょう。つまり、実用のためには最新の便利で快適なクルマを、そして運転する喜びを味わい楽しみたいときには、オリジナルミニであったり、あるいはS800であったりといった1950-60年代の、今となっては実用的ではないけれど、自分が操っていることを実感させてくれる、運転すること自体が楽しみとなるようなクルマに乗るのです。
同じことが写真にも言えるのではないでしょうか。最新のDSRLでは文字通り猿でも写真が撮れます。カメラをワイヤレスでコントロールしたり、PCとUSBで接続してPC側からカメラを操作することも出来るようになっている今日です。こうなると自分が写真を撮っているのか、カメラが撮っているのか、その区別がつかなくなってきます。カメラのロボット化ですね。
事実を記録するだけならそれでよいわけですが、どうしても「自分が撮る」ことを実感することを求めたい人たちも、当然いるわけです。エンジンの調子を気遣いながら、汗をかきながら5速のギアボックスを操ることを楽しみとする人がいるように。
古いもの全てが人間的であり、新しいもの全てが非人間的なのかどうかはわかりません。でも、自分の目で確かめ、指で操作し、時に身体全体で見えない情報を受け止め、これまでの経験に瞬時に照らしながら最良方法を判断し操るカメラやクルマは、確かに人間的なものに思えます。機械であって機械ではない。その存在は人にとっての犬や猫、樹木や草花のように人と心を通わせ、人を癒してくれる何かを持っているように思えてならないのです。
例えば、通勤の電車の中ではiPodで音楽を聴き、休日の午後にはLPの上に針を降ろす人がいるように、古いロータスと最新のBMWを楽しむ人がいるように、私はデジタルの一眼レフと古いF3やFM3Aを時に使い分けながら写真を楽しみたいと思っています。
今日の1枚は、郷秋<Gauche>が撮った「銀座」の3枚目。銀座は古い街ですが、決して過去の街であったり成長が止まってしまった街ではありません。今も街のどこかが新しく生まれ変わりつつある、生きた街なのです。そんな銀座を、銀座の歴史を紹介する写真が張られたフェンスで囲まれた工事現場、その前を歩く人で表現してみました。
内田ユキオさんからは「シンメトリに捕らえた構図、歩道の見切りも的確で、素晴らしい画面構成ですと、お褒めの言葉をいただきました。「右端の赤いコーンは意識した?」と聞かれましたが、残念ながら撮っている時にはその存在にまったく気がつきませんでした。入れたのが良かったのか、入れない方が良かったのか、聞きそびれました。それにしても古いレンズだからでしょうか、歪曲収差が随分と大きいですね。<おわり>
一昨日から掲載した3枚の写真は、いずれも Nikon FM3A / Series E 36-72mm F3.5 (全て36mm側で使用) / PROVIA 400X、で撮影しました。
つい3、4年前のこと、デジタル写真がフィルムに追いつくのにはあと10年はかかるといわれていましたが、ライカ版(35mm、撮像体がAPS-Cサイズのものもここに含めて考える)今ではほぼ同等といわれるまでにデジタル写真の技術が急速に進歩し、同時に価格もほぼ35mmフィルム用のSLRと同等になりました。
まず画素数が増え、中・上級クラスのDSLRでは1000万画素以上が標準になったことで、半切程度に引き伸ばしてもビクリともしないまでになりました。最近主流になっているマルチスキャン露光方式のプリンター(現像機)を利用した場合にはオリジナルがポジでもネガでも、原版を電気的にスキャニングし印画紙に露光しますので、少なくともプリントに関してはフィルムでもデジタルでも同じということになっています。
それでは、彩度、階調と言った色の再現性はどうか。これについてはいまだにフィルムに一日の長(正確には百年の長)があるといわれています。確かに特定の色が強調される、白飛び・黒潰れが起こりやすいなどの問題が指摘されますが、これも早晩解決されることでしょう。つまり、程なく、具体的にはあと5年もすれば「技術的には」デジタルはフィルムに完全に追いつき、追い越していることでしょう。
そんないま、なぜフィルムとマニュアルフォーカスにこだわる人がいるのでしょう。デジタル方式の写真がフィルム方式の写真の美しさに敵わないから、「写真はフィルム」なのだとおっしゃる方がいます。それではデジタルの技術が更に進んでフィルムを凌駕したときに、彼はなんと言うのでしょうか。
電子燃料噴射装置と自動変速機、オートエアコンとカーナビゲーションがついたクルマが当たり前の今、キャブレターを自分で調整し、5速のギアを駆使し、クーラーもステレオもないクルマを愛し、乗ることを楽しむ人がいます。でも、そんな彼らも通勤や買い物にそのクルマを使うわけではなく、そんな時にはきっともう1台の、最新の快適なクルマを使うのでしょう。つまり、実用のためには最新の便利で快適なクルマを、そして運転する喜びを味わい楽しみたいときには、オリジナルミニであったり、あるいはS800であったりといった1950-60年代の、今となっては実用的ではないけれど、自分が操っていることを実感させてくれる、運転すること自体が楽しみとなるようなクルマに乗るのです。
同じことが写真にも言えるのではないでしょうか。最新のDSRLでは文字通り猿でも写真が撮れます。カメラをワイヤレスでコントロールしたり、PCとUSBで接続してPC側からカメラを操作することも出来るようになっている今日です。こうなると自分が写真を撮っているのか、カメラが撮っているのか、その区別がつかなくなってきます。カメラのロボット化ですね。
事実を記録するだけならそれでよいわけですが、どうしても「自分が撮る」ことを実感することを求めたい人たちも、当然いるわけです。エンジンの調子を気遣いながら、汗をかきながら5速のギアボックスを操ることを楽しみとする人がいるように。
古いもの全てが人間的であり、新しいもの全てが非人間的なのかどうかはわかりません。でも、自分の目で確かめ、指で操作し、時に身体全体で見えない情報を受け止め、これまでの経験に瞬時に照らしながら最良方法を判断し操るカメラやクルマは、確かに人間的なものに思えます。機械であって機械ではない。その存在は人にとっての犬や猫、樹木や草花のように人と心を通わせ、人を癒してくれる何かを持っているように思えてならないのです。
例えば、通勤の電車の中ではiPodで音楽を聴き、休日の午後にはLPの上に針を降ろす人がいるように、古いロータスと最新のBMWを楽しむ人がいるように、私はデジタルの一眼レフと古いF3やFM3Aを時に使い分けながら写真を楽しみたいと思っています。
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今日の1枚は、郷秋<Gauche>が撮った「銀座」の3枚目。銀座は古い街ですが、決して過去の街であったり成長が止まってしまった街ではありません。今も街のどこかが新しく生まれ変わりつつある、生きた街なのです。そんな銀座を、銀座の歴史を紹介する写真が張られたフェンスで囲まれた工事現場、その前を歩く人で表現してみました。
内田ユキオさんからは「シンメトリに捕らえた構図、歩道の見切りも的確で、素晴らしい画面構成ですと、お褒めの言葉をいただきました。「右端の赤いコーンは意識した?」と聞かれましたが、残念ながら撮っている時にはその存在にまったく気がつきませんでした。入れたのが良かったのか、入れない方が良かったのか、聞きそびれました。それにしても古いレンズだからでしょうか、歪曲収差が随分と大きいですね。<おわり>
一昨日から掲載した3枚の写真は、いずれも Nikon FM3A / Series E 36-72mm F3.5 (全て36mm側で使用) / PROVIA 400X、で撮影しました。
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