夜の歩道橋で、星みたいなヘッドライトの流れを眺めながら、清坂(沢田研二)は叔母・絹子(三条泰子)と結ばれた10年前を回想します。
そう、二人は近親相姦の関係にあったんだけど、ある日を境に絹子が清坂を遠ざけるようになった。その理由を知りたくて絹子の身辺を調べた清坂は、二人の情事を目撃した当時の家政婦=きよ(千石規子)に絹子が恐喝されてることを知ってしまうのでした。
「叔母と甥との間で、あんな浅ましいことを……まるで犬畜生じゃございませんか! 思い浮かべても身の毛がよだつ。ああ恐ろしい恐ろしい」
きよが絹子に浴びせたそんな罵詈雑言がまた、清坂を犯行に駆り立てたのかも知れません。
これで我々視聴者は真相を知ったワケだけど、当人たちしか知り得ない秘密だけに刑事たちには見当もつきません。何しろふだん七曲署はセックス絡みの事件は取り扱わないもんで、ボス(石原裕次郎)や山さん(露口 茂)レベルでもそういう発想が出来ないワケです。
そうして完全に捜査が行き詰まったところで、清坂とプチ同棲中の克子(上岡紘子)からマカロニに電話が掛かって来ます。
「刑事さん、あのひと自殺するつもりよ」
深夜喫茶でマカロニと落ち合った克子は、清坂に睡眠薬を買って来るよう頼まれ、彼が死ぬつもりだと悟ってマカロニに知らせる決心をしたのでした。
「ほかに手がないでしょ? あのひとを死なせない為には……」
「大丈夫だよ。俺が絶対に死なせやしないから」
だけど、それもまた清坂の計算だったのかも知れません。克子に呼び出され、店に現れた清坂は、マカロニの姿を見るや用意してあった果物ナイフを取り出し、克子を人質に取って店から出ます。
「清坂! 女離せ!」
拳銃を抜いたマカロニが、清坂にその銃口を向けます。待機してた長さん(下川辰平)にも挟まれ、もはや袋の鼠です。
「やめろ。もう何処にも逃げられやしないんだ」
「逃げてやらあ! 俺は何処までも逃げてやらあ! 1人殺すも2人殺すもおんなじだ!」
「清坂っ!!」
「殺せないと思ってんだろ馬鹿野郎! 殺してやらあ! 見てろ! やって見せようか!」
「よせっ!」
「この裏切り女ぁ!」
「馬鹿野郎ーっ!!」
「殺してやるーっ!!」
清坂がナイフを振り上げたと同時に、銃声が深夜の路地裏に轟きます。胸から血を流し、清坂は崩れるように地面に沈みます。引金を引いたのはマカロニでした。長さんが慌てて清坂の脈を確認しますが、どうやら即死のようです。
一瞬、嘔吐しそうになったマカロニは、ゆらゆらと清坂の遺体に歩み寄り、両手でその肩を掴んで揺らします。
「俺よぅ……撃つ気なかったんだよ……眼ぇ開けてくれよ……長さん、眼ぇ開けさせて!」
ここからのマカロニの絶叫は、完全にショーケンさんのアドリブです。
「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……起きて下さい起きて下さい……お願いしますお願いします……起きて下さい! お願いしますお願いします……ちきしょおおーっ! 俺もう刑事なんか辞めたああーっ!! 辞めたああああーーっ!!」
「落ち着けマカロニ!」
「撃っちゃったぁ撃っちゃったぁ撃っちゃったぁ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……撃っちゃったよ俺! 撃っちゃったよ俺!……」
まだ少年の面影が残る当時のショーケンさん、そして興奮すると声が裏返るショーケンさんだからこそ、この絶叫は痛烈に観る者の胸を突いて来ます。文字じゃ伝えようがないんだけど、とにかく何度観てもこの演技には圧倒されるし、何度観ても泣かされます。
同じことを例えば松田優作さんがやっても、ロバート・デニーロでさえ、我々を泣かせることは出来ないだろうと思います。ましてや現在の若手俳優がやったら爆笑もんでしょう。
だから、誰もやらないですよね。『太陽にほえろ!』の作劇は後発のあらゆる番組で模倣されたけど、これと同様のシーンだけは観たことがありません。ショーケンさんご自身もここまで「泣きじゃくる」という芝居は他所じゃ見せてないんじゃないでしょうか?
これはたぶん、GS時代からの盟友で「永遠のライバル」と云われたジュリー=沢田研二さんが今回のゲストだったから。負けてたまるか、持ってかれてたまるか、っていう強い対抗意識が生んだ一世一代の大熱演なんだろうと、市川さんもインタビューで語っておられました。
確かに、このエピソードはジュリーのゲスト回であること以上に「マカロニが初めて犯人を射殺して泣きじゃくる回」として我々の記憶に強く根深く残ってます。
じゃあ他の役者さんが清坂を演じても屈指の名作になったかと言えば、決してそうじゃない。前述のとおり相手がジュリーだからこその大熱演であり、そこにはライバル意識だけじゃなく、盟友に対するショーケンさんの熱い想いもあったかも知れません。
つまり、自分は役者じゃないから自分とかけ離れたキャラは演じられないって言ってたショーケンさんの事だから、この時も犯人じゃなく「友達のジュリーを殺しちゃった!」っていう気持ちになっておられたのかも?
なんにせよ、本当に「圧巻」としか言いようがない、優作さんの「なんじゃこりゃあ!」と並んでTVドラマ史に残る名場面だと私は思います。
「私が先に撃つべきだった……」
後日、刑事部屋で項垂れる長さんを、山さんがフォローします。
「誰が撃っても結果は同じですよ。刑事なら誰だって、いつかは体験する事なんだ」
基本タメ口の長さんに対して敬語が混ざってるのは、脚本の市川森一さんがまだ『太陽~』に不慣れなせいもあるでしょうが、番組黎明期にありがちな設定の曖昧さが原因です。階級は山さんが上だけど歳は長さんが上なんですよね。
「その話はやめましょうや。状況から見て、マカロニが取った処置には何ひとつ過失は無かった」
辛気臭い話が苦手なゴリさん(竜 雷太)はそう言って場を和ませようとしますが、優しそうに見えて実は人一倍シビアな殿下(小野寺 昭)が水を差します。
「しかし……撃ったマカロニの気持ちは、そんな事で収まるもんじゃないでしょう。正当不当で割りきれるもんじゃない……人間の心の痛みってやつは、法律じゃ治せやしませんからね」
イケメン殿下のせいですっかり重くなった空気を、本来ならボスが太陽みたいに大きな包容力で温めてくれるんだけど、なぜか其処にボスはいません。
その頃ボスは、マカロニの下宿にこっそり忍び込んでいたのでした。黄昏時、ズタボロの精神状態で自室に戻ったら、職場の上司が夕陽をバックに待ち構えてるワケです。普通なら即座に辞職を決意するとこだけどw、マカロニとボスには歳の離れた兄弟みたいな絆があり、観てる我々も何だかホッとするんですよね。
「勝手に上がらせてもらったぞ。お前に見せたいものがあってな」
ボスが持ち込んだのは、和服の女性を描いた油絵の肖像画。モデルは明らかに清坂の叔母=絹子です。
「清坂が中学のとき、初めて描いた油絵だ。裏を見てみろ」
キャンバスの裏には、清坂のサインと「恋人」というタイトルが書かれているのでした。
「恋人? この人を……自分の母親の妹を……恋人?」
「これが犯行の動機だ。とは言っても、もう加害者も被害者もこの世にいない。同時に事件そのものもこの世から消えたんだ。俺たちもこれ以上、彼の犯行の動機や理由について嗅ぎ回る必要が無くなったワケだ」
「…………」
「だからこれも、ただの勝手な憶測かも知れんが……清坂は、自分の叔母さんを愛してしまった。その秘密を隠し通すには、死ぬよりほかに道が無かったんじゃないのかな」
「…………」
「清坂は自分の死を懸けて、絹子夫人の秘密を守った。なあ早見。清坂はお前に撃たれることを望んで、それを果たしたんだ」
「それじゃあ、あいつは俺に引金を引かせる為に、わざとあんな事をしたって言うんですか? そりゃ違うよ、あいつは逃げる気でいたんです。必死で逃げようと、生きようとしてるヤツを俺は撃ったんです!」
「早見。お前、清坂が背負ってたものの重さが解らないのか?」
「ヤツが何を背負ってたって言うんですか!」
「…………愛だ」
「…………愛? こんな愛なんてあるもんか……ヤツが人殺ししたのはこの女のため? 俺に引金を引かせたのもこの女の為だって言うんですか? じゃあ苦しんだのはアイツだけじゃないですかっ!」
清坂との関わりを涼しい顔で否定してた絹子の顔を思い出したのか、マカロニは怒りに駈られてキャンバスを引き裂き、床に叩きつけます。
それを拾い上げたボスは、静かな口調で言います。
「苦しんだのは清坂だけじゃない。今朝、彼女は死んだよ」
「!!」
死因には言及されないけど、絹子が自殺したであろうことは聞かずとも明白です。
「なあ、マカロニ……愛情ってのは、残酷なもんだな」
「…………」
こんな台詞、私には逆立ちしたって一生書けやしません。当時の市川さんが、まだほとんど子供向け番組しか書いてない「新人」のライターさんだったことを思うと、驚愕すると同時に納得しちゃいます。やっぱ凄い人は最初から凄いんだなと。
でも、これはその台詞を言うのが石原裕次郎だからこそサマになる、っていう側面もあるかも知れません。他の役者さんがボスだったら、市川さんもここまで「愛」って言葉をストレートに使えなかったかも?
石原裕次郎の台詞を書けること、自分の書いた台詞を石原裕次郎が口にすることが、いかに凄くて喜ばしいことか、市川さんも鎌田敏夫さんも異口同音にインタビューで語っておられました。それは「あの憧れの大スターが!」っていう意味も勿論ありつつ、裕次郎さんでなきゃサマにならないスペシャルな台詞が書ける嬉しさも、同時にあったんじゃないでしょうか。
さて、エピローグ。七曲署一係のボスのデスクに、甲州巡りに出掛けた筈のマカロニから電話が掛かって来ます。新宿駅で例の指名手配犯=桑田を発見したから追跡中とのこと。ゴリさんと殿下が嬉しそうに刑事部屋から飛び出して行きます。
「イヤな思い出は旅の空に捨てて来いって、無理やり追い立てたんだがね」
残った山さんと長さんが苦笑し、ボスが最後の台詞を決めます。
「次の思い出が忘れさせてくれるさ」
ラストショットは、桑田を追ってがむしゃらに走るマカロニの元気な姿。どうやら心配はいらなそうです。(おわり)
このエピソードが番組屈指の名作であると同時に「最大の問題作」と云われたのは、『太陽にほえろ!』ではタブーとされた「セックス絡みの犯罪」、それも禁断の「近親相姦」をネタにしちゃったから。
別にそれで視聴者からクレームが殺到したワケじゃなくて、青春ドラマで名を上げたチーフプロデューサー・岡田晋吉さんが、ドラマで性犯罪を扱うのを極端に嫌われてたんですよね。
それはエロが駄目というよりも、性犯罪は誰でも容易に真似出来ちゃうからというポリシーから。そういう意味じゃ、非力なお婆さんを背後から絞め殺しちゃう犯人の卑劣さも許し難かった事でしょう。
だからこの第20話は「絶対にこんな脚本だけは書いちゃダメ」っていう、各ライターさんに釘を刺すための見本にされちゃったんだそうです。
マカロニが最後に犯人を殺しちゃってるのも、岡田さんは気に入らなかったかも知れません。本作で解禁されて、このあとマカロニはタガが外れたように殺しまくりますからねw 新米刑事の試練としていずれは描くつもりだったにせよ、岡田さん的にはちょっと早すぎたのかも知れません。
だけど封印されちゃったワケじゃなく、今もこうやって語り継がれてるワケですから、問題作だけど屈指の名作でもあることを、岡田さんもきっと認めておられてる筈。
市川さんの素晴らしい脚本と、ジュリー出演によって誘発されたショーケンさんの大熱演。TVドラマ史に燦然と輝く名作です。