前回の記事で触れた“伏線”とは、「人間が90歳とか100歳まで生き延びることがそもそも不自然」っていう部分。
それともう1つの伏線として、母の容態が少し良くなったことを施設のナース長に報告したとき、「せやけどこっちに戻ってもまた食べへんかったら同じことの繰り返しやで」「そのときはアンタが治療を続けるかどうか決めるんやで」と、まるで突き放すような口調で言われた一幕がありました。
私は「胃瘻(胃に穴を開けてチューブで栄養を送る)までの延命治療はしないで下さいって、入所の段階でケアマネージャーに言いました」とハッキリ答えたのに、それでもナース長が「あれやこれやもアンタが決めるんやで」「今から考えとかなあかんで」としつこく言って来るもんだから、私はついカッとなり「だから胃瘻してまで無理やり生かせるような治療はしないで下さいって最初から言ってますっ!!💢」なんて大声を上げてしまった。
ただでさえ、母親の命に関わる選択をこれまで何度も強いられてヘトヘトなのに、なんで同僚が、しかもナース長が患者の家族に対して、さらに追い詰めるようなことをしつこく言ってくるのか、ワケが分からなかった。
このまえ母を救急搬送するかしないかの決断を迫られたとき、葛藤する私に「家族としてやれることは全部やったと満足したいなら病院やで」って、背中を押したのもそのナース長なんですよ?
けど、いま思えば、救急搬送のときナース長は「搬送してもたぶん助からない」と見立てたんだろうし、それが治療で好転したと報告する私の呑気な様を見て「喜んでる場合じゃない」「またすぐに厳しい選択を迫られる」「その覚悟があるのか?」って、アドバイスをくれたんでしょう。
そして昨日、仕事中に主治医から電話がかかって来たワケです。ウチのナース長が言った通りの内容でした。
「栄養値は良くなり、施設に戻ることも不可能じゃありません。が、食事摂取の拒否はまったく変わっておらず、点滴治療を止めればまた栄養値が下がり、同じことの繰り返しになります」
つまり、点滴治療をこのまま続けるか否かの“決断”をして欲しいと。やめれば母は再び栄養を失い、老衰が進んで遅からず死を迎えるのは目に見えてます。
胃瘻については断固反対するつもりだったけど、点滴の段階での決断は想定外で、またもや私は苦悩しました。
そこで、さらなる伏線。ウソみたいな本当の話。こないだ居間の押入れから出てきた、曽野綾子さんのエッセイ本『夫の後始末』に、こんな記述があったんです。
「まだ中年の頃、私は尊敬する老医師から、人間の最期に臨んでやってはいけないことを三つ教えられたことがあった。
◯点滴ないしは胃瘻によって延命すること。
◯気管切開すること。
◯酸素吸入。
若い人が事故で重体に陥ったような場合は、もちろんあらゆる手段を使って、生命維持を試み、それを回復に繋げるべきだが、老人がいつまでも点滴で生き続けられるものではない。また気管切開をすると最期に肉親と一言二言をするという貴重な機会まで奪うことになるから絶対に止めた方がいい、と私は教えられたのだ。」
さらに「24時間、点滴を続けているような過剰な輸液は、体の細胞を溺死体のようにする。痰は増えるし、苦しませるだけだ。」という一文に、母はボールペンで波線を打っていた!
もちろん母自身は憶えてないだろうけど、この本をついこないだ私が発見し、思わず読み耽ってしまったという事実、このタイミングに、運命を感じないワケにはいきません。
曽野さんにそういう話をされた老医師の意見が正しいか否かは別として、私の外にいる神様と、中にいる神(悪魔?)の意見が一致しました。
「点滴治療の中止に同意します。」
主治医のお話によると、それを選択する家族はかなり稀で、大抵は「1日でも長く生きて欲しいから」ってことで治療続行を望むそうです。
そんな家族の思いを否定するつもりは毛頭無いし、それはそれで勇気の要る決断だとも思う。闘いの日々がまだまだ続くことを意味するんだから。
どっちを選んだところで苦しいし、罪悪感は必ず残る。ならば私は、鬼になります。母だけじゃなく、私自身にも1人で闘うだけのスタミナが、もう尽きようとしてる。
実際、先週から立ちくらみや蕁麻疹という症状が出てきて、こないだ初めて「過労」を理由に有休をもらったけど、その日だって(自宅からだとけっこう遠い)病院まで母の着替えを届けたりして、しっかりした休養は取れてない。
私はまだしばらく、健康でいないといけない。そういう意味でも闘いの日々はもう終わらせたい。薄情と思われようが、鬼と罵られようが、迷いはありません。
罪悪感は、自分が(兄と断絶し、親戚付き合いもして来なかった自業自得も含め)死ぬまで背負います。その覚悟が無ければ、ひとりで親の介護なんて務まらない。そう思います。
神様、仏様、そしてお父さん。どうかお母さんが苦しまずに、穏やかに逝けますように、どうかどうかお願いします!