腹部を撃たれたまま2日間も監禁されてるブルース(又野誠治)を救うには、その場所を知ってる指名手配犯=一ノ瀬(時本和也)を捕まえる以外に方法は無い。
もう二度と、部下の生命を奪われたくない……その一心で帰って来たボス(石原裕次郎)は、クビを覚悟で一ノ瀬の妹=僚子(桂田裕子)を取調室に連行し、令状無しの尋問を強行するのでした。
撮影当日、岡田晋吉プロデューサーに裕次郎さんから電話があり、「このシーンを俺にくれないか?」と言われたんだそうです。つまり脚本に書かれてない台詞、裕次郎さん自身の言葉で、この場面を演じたいと。
『西部警察』シリーズの最終回スペシャルでも、裕次郎さん扮する木暮課長が殉職した大門団長(渡 哲也)の遺体に語り掛けるシーンで、同じように裕次郎さんは脚本に無かったであろう台詞を言い、涙を流しておられました。
自社(石原プロ)製作の『西部警察』と違って、東宝作品である『太陽にほえろ!』は裕次郎さんにとって「出稼ぎ」の「雇われ仕事」だったワケですが、番組に懸ける情熱は同じなんですよね。それがこの取調室のシーンから伝わって来ます。
まずはトシさん(地井武男)が僚子を尋問しますが、ベテラン刑事と言えども一刻を争う状況の中、知らぬ存ぜぬを繰り返す彼女につい感情が先走り、机を叩いて激昂しちゃいます。
「トシさん」
側で見ていたボスは、席を外すようトシさんを促し、自ら僚子と向き合います。トシさんが出て行き、部屋にはボスと僚子の2人っきり。
僚子役の桂田裕子さんは過去に何度も『太陽』に出演されてる常連ゲストなんだけど、今回は天下の大スター石原裕次郎とサシの芝居、しかもリハーサル無しのぶっつけ本番によるアドリブ演技とあって、ガッチガチに緊張されてるのが画面から伝わって来ます。
裕次郎さんから岡田Pに電話があったのは撮影当日ですから、桂田さんはついさっきまで脚本通りに演技すれば良いと思ってた筈で、きっと内心「そんなの聞いてないよ!」って思いながらボスと向き合ってるワケですw
「怖い刑事だねぇ、あの人。机叩くなんて野蛮だよな」
それにしても、この場面における藤堂ボスの砕けっぷりは尋常じゃない。どう見ても素の石原裕次郎に戻ってる感じで、これがアドリブ演技である事はすぐに判りました。
「これ、今の刑事さん忘れてったの?」
トシさんが机に置いていった煙草を手に取ったボスは、1本だけ抜いてクンクン匂いを嗅ぐと、気に入らなかったのか灰皿にポイします。私は煙草を吸わないもんで、匂いで何が判別出来るのか、そもそも1本1本にどんな違いがあるのかさえ分かりません。
「いやね、俺はね……5年前にさ、心臓を切った大手術をしたんですよ。それ以来ぷっつり医者に言われてこの、大好きだった煙草をこう、禁煙してるワケ」
そう言いながらボスは、もう1本煙草を抜いて、また匂いを嗅ぎます。あんたデカワンコかw
「いま吸っちゃおっかなあ~って思ってんだけど……あ、看護婦さんだったね?」
「はい」
「良くないんだろ?」
「いけません」
「いけませんか……」
さっきまでムスッとしてた僚子も、即興芝居について行くのに必死なのでしょう、すっかり素の(素直で礼儀正しい)桂田裕子さんに戻っちゃってる感じですw
ボスは咳払いして立ち上がると、コソッと取調室の扉を開けて、周囲の様子を伺います。
「誰もいませんねえ」
何だか嬉しそうにニヤニヤ笑いながら、ボスは席に戻って来ます。こういうイタズラ少年みたいな感じって、裕次郎さんにしか出せない味ですよね。だからこそ『太陽にほえろ!』のボスは唯一無二、石原裕次郎しか有り得ないワケです。
かくして、ボスはマジで煙草に火を点けちゃいます。たぶん裕次郎さん、本当に5年間禁煙されてた筈で、これはまさに捨て身の演技ですw 案の定、最初のひと吸いでボスは激しくむせちゃいました。
「いやあ~、なんせ5年振りですからね。……いいもんだね、へへ」
今度はゆっくり深く、実に美味そうに煙草を吸うボス。そんな幸せそうな姿を今見ると、ちょっと泣けて来ちゃいます。
「ま、看護婦さんだからよく、そんな事はご存知だと思うけども……命ってやつは何にも代え難く……そしてこう、重い。大切なものだ」
ゆっくりと立ち上がったボス、今度は窓際へと移動します。この場面、ワンカットの長回しで撮影されており、編集は一切されてません。カメラマンもさぞかし緊張しながら、即興で動く裕次郎さんを追っておられた事でしょう。
「看護婦さんだからその、よーく解ると思うんだがね……そうそうそう、煙草で言うとね、そうだなぁあれは何年になるかなぁ……僕の子分で、背の高い、ちょっとキザなね、スコッチって男がいたんだよ」
まさか、ここでスコッチ(沖 雅也)の名前が飛び出すとは驚きました。11人もいる殉職刑事の中から1人だけ話題にするのって、まず脚本では有り得ないと思いますから、これも完全に裕次郎さんご自身の創作でしょう。
「お酒はスコッチ。コーヒー、日本のお茶は絶対飲まない、朝はモーニング・ティー。そして月給だって高くないのに、煙草ときたらこの細長いピュ~ッとした金色のね、洋モクって言うのかな、煙草を吸ってる男がいてねぇ……」
皆さんご存知でしょうが、沖雅也さんはスコッチ殉職編の翌年に、自殺という形で亡くなられました。ゆえに裕次郎さんが「命の尊さ」について考えられた時、沖さんの事が自然と頭に浮かんだのかも知れません。
「そいつも持病があって、犯人を追い詰めた時に、ここ一番っていう時に吐血してね……血ぃ吐いてるスキに撃たれて、もちろん犯人も仕留めたんだけど…………口の周り真っ赤にして死んでった」
この台詞には裕次郎さんの記憶違いがあります。スコッチは犯人に手錠を掛けた直後に吐血して倒れましたから、この時は撃たれてません。かつて撃たれた古傷の悪化により、スコッチは病死したのでした。
「随分、部下を亡くしましたよ……」
しみじみと呟いたボスは、再び席に戻って僚子と向き合います。
「部下の命は、俺の命……命ってのはホントに尊いもんだよね。看護婦さんとこの病院だって、新しい命が誕生して、また古い命が消えてっちゃうって事をしょっちゅう繰り返してるでしょう? ……今また1人、若い刑事の命が消えかかってるんだよ」
医者から禁止されてる煙草を吸う事で僚子=看護師の保護本能をくすぐり、実際に亡くなった部下の死にざまを聞かせた上で、今まさに死の淵にいるブルースの話を切り出す。実に理にかなった「落とし」のテクニックだと思います。
「そいつはね、ちょっとガサツな男なんだけど、今年子供が生まれて、そうだなぁあれ何ヶ月かなぁ、まだお母さんから離れない乳飲み子なんだけどね……もう1回そいつをその子供に会わせてやりたいんだ」
赤ちゃんの話はまさに駄目押し。根は優しそうな僚子が、これでもなお「知りません」とは絶対に言えないでしょう。
「もう(煙草)やめた方がいいね。じゃ、もう一服ね、へっ……いやあ勿体ねえな」
こうしてワンクッション置いた上で、いよいよボスは切り出します。
「お兄さん今、どこにいる?」
「…………横浜です」
「ありがとう」
本当に見事だと思います。裕次郎さんは卓越した才能のプロデューサーでもありますから、もし脚本家や監督をやられてもきっと優秀だった事でしょう。天は二物も三物も与えるんですw だからこそスーパースターなんですよね。
さて、この取り調べシーンに7分強を割いた為、それ以外の展開は超ハイペースですw
ドック(神田正輝)、マミー(長谷直美)、マイコン(石原良純)、DJ(西山浩司)が即座に横浜へとすっ飛び、一ノ瀬のアパートを急襲します。もう時間はありません。ブルースが被弾してから丸2日、並みの人間ならとっくに死んでます。
「動くと撃つわよ!」
「一ノ瀬! 3年前、宝石強盗のヤマ踏んだ後、どこに潜伏したんだよっ!?」
マミーが拳銃で威嚇し、DJがつかみかかりますが、一ノ瀬の返事を待たずにドックが愛銃M59のスライドを引き、銃口をこめかみに押し当てます。
「どこだっ!?」
西部警察じゃ珍しくもない光景ですがw、七曲署の刑事がここまで荒っぽく自白を強要する事は滅多にありません。それだけ必死なんです。
一ノ瀬が潜伏場所(山梨県にある別荘)をゲロし、橘警部(渡 哲也)とトシさんも現場に急行します。
「澤村っ!?」
真っ先に別荘内に乗り込んだ橘警部の眼に、血まみれで倒れて動かないブルースの姿が飛び込んで来ます。
「死んだよ」
兄の復讐を果たした津坂(遠藤憲一)が、放心状態で呟きます。橘警部は怒りに任せて津坂の顔と腹に2発ずつ団長パンチを浴びせ、一瞬で半殺しにしてからブルースを抱きかかえます。
「ブルース! ブルース!!」
橘警部は基本的に部下をニックネームで呼ばない人なんだけど、この時ばかりは違いました。
直ちにブルースは病院に運ばれ、緊急手術を受けて奇跡的に一命を取り留めます。もう絶対に部下を死なせたくない!……悲痛とも言えるボスの願いが、今回ばかりは天に通じたのでしょう。
刑事の殉職が結果的に番組名物になっちゃったけど、それもこれも全て「命の尊さ」を逆説的に描く為の作劇であり、それこそが『太陽にほえろ!』の一貫したテーマでした。
ずっとそれを追究して来たからこそ、最終回は部下の殉職を食い止めるという、ボスの悲願が達成されるハッピーエンドでなくちゃいけなかった。これはやっぱり、素晴らしい最終回です。
ところが、ホッとしたのも束の間、非情にも捜査一係の電話がまた鳴り響きます。
「はい、一係。……人質?」
この、お馴染みのボスのフレーズが聞けるのも、正真正銘これが最後です。
「あいたぁ~、今日ぐらいゆっくり寝かしてくれよ~寝てないもんな、俺ら」
「病院のブルースと替わりたいよ」
「東都銀行矢追支店、強盗だ」
「よし、行こう!」
「警部?」
「藤堂さん、このヤマだけ皆と一緒にやらせて下さい」
「頼むよ」
「はい、行って来ます!」
藤堂ボスが健在で、かつて山さん(露口 茂)がいたポジションに橘警部がいる、このメンバー構成による『太陽にほえろ!』をもっともっと観たかったですね。
でも、渡さんは裕次郎さんが復帰される迄って約束で出演を引き受けられたワケですから、もし番組が続いたとしても藤堂ボス+橘警部の共演は1回限り。そういう意味でも、やっぱりこの最終回は超スペシャルなんですね。
「14年4ヶ月……長い間のご支援ありがとうございました」
このテロップが流れて、ついに『太陽にほえろ!』は、本当に幕を閉じたのでした。